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ケンカをした。
つい数時間前、今朝のこと。
一般的な会社に勤めている僕。サービス業のキミ。
ふたりの休みはなかなか合わなくて。
でも今日は久しぶりにふたり揃っての休日だった。
キミが一週間以上も前から、今日の日を楽しみにしていたことは知っていた。
『映画を観て、ランチをして、ショッピングをして…』
そうして、楽しそうに笑っていたキミ。
約束を破ったのは僕。だから、完全に僕が悪い。
しばらく残業が続いていたせいで疲れていた、なんて、いいわけにもならないけれど。つい、言ってしまった。朝から時間をかけておしゃれをして、僕が起きてくるのを待っていてくれたキミに。
ボサボサの頭で。くたびれたスウェット姿で。お腹をかいたあげく欠伸までしながら。
「面倒だし、今日はだらだらしたいからいいや。ひとりで行ってきてよ」
これが、どんなに酷い言葉なのか、考えることもせずに。
楽しそうだった笑顔がみるみるうちに暗く、悲しいものになっていくのがわかった。
「覚えてないんだね、約束」
ぽつりとキミは言った。
「いや、覚えてたけどさ。見てわかるだろ? 疲れてるんだよ」
大袈裟に疲れているアピールをしてため息を吐く。そんな僕を、キミはじっと見ていた。その目は濡れているようにも見える。射抜くようなその眼差しを直視できなくなった僕は、目を逸らしながら続けた。
「休みの日くらい、ゆっくりしたいんだよ。映画も買い物も、いつだってできるし、また今度でもいいじゃん」
つい強くなってしまった口調。疲れていたこともあってなのか、イラッとしてしまったからだった。
「…やっぱり、覚えてないじゃん」
悲しそうに、そして少しの怒りを含んだ声でキミは言って、僕に背を向けた。
「いいよ、もう」
朝から時間をかけて巻いたであろう、キミの背中まで伸びたアッシュグレーの髪が揺れて離れていった。
玄関の扉が閉まる音が、やけに響いた。
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