ハル・シオンと岩根の脈 -15

 さっきの、若い男に視線をやる。なにかあるのなら、言ってほしい。ためらいがちに、男が手をあげる。


「さっき、言いかけたことだが。……誰かに、騙されたとか、脅されているとか、そういうことはないのだろうか」

「ない、とは、思います。罪の御柱様に会っています。決して、脅迫はされてはいません」

「だが、十歳にもならない子どもだろう?」


 男の声は震えていた。


「子どもに、お柱様の言葉に逆らえなんて、無理な話しだ。そんな、あんな小さな子供にそんなことできるわけない」


 息を吸う。魔女の言葉が必要だった。

 それがなによりの説得力になる。


「できるから、彼が選ばれたんです」

「……嘘だろう」

「まさか、虚言ではありません。残念なことではありますが。ほかに、質問は?」

「総領娘」

「はい」


 母と同じくらいの年齢の女性がわたしを呼ぶ。


「街の人は、なんと言っているのか、いまわかる限りでも教えてくれないか。レットは罪人として扱われているのか」

「まだ、あちらで決定していませんが、ふつうの罪人として扱えないと警衛団の団長からは言われています。ティトラ・レットは、あくまでお役目を果たしただけなので、罪に問うことはできない」

「……旅団の子が、犯人だと、街の人は知っているの」

「まだ発表はされていません。発表の内容は、今日の朝の会議で決めると長様から伺っています」

「ならあたしたちからはなにも言わない方がいいってことだね」

「そうですね。もし旅団に問い合わせがあったなら、わたしか、長か、ロジンが答えるようにしようと思っています。ややこしいことなので、回答を統一しなければなりません」

「それはそうかもしれない。入院患者も、通院患者も、いまは人数は少ないけど、下手なことは言うなってことだね」


 はいとうなずく。対処療法だ。そのばしのぎ。今、目の前のことだけ。両手をこっそり握り合わせる。いまみんなが考えていることはわからなかった。わたしの伏せた情報は、伏せきれているのか。この場が終わったとして、冷静になったみんながどう考えるのだろう。

 質問を促しても、みんな静かに視線を落とすだけになってしまった。いまは混乱していて、あまり質問が出てこないところだろう。とりあえず伝達しなければならないところは終えただろうか。母たちの顔を盗み見る。いつも通りの顔をしている。


「……質問がないなら、これで終わろうと思います。先ほど言った現場の状況は、決して部外者には言わないでください。また、旅団以外の人からなにか言われても知らないと答えてください。街の長様から発表が終了したのちは、わたし、長、ロジンの三人に問い合わせの答えを出しますので、みなさんからは、なにも言わないでください」

「ハルおねえちゃん」


 まだ声変わりの前の、少年の声が小さく響く。いつもは元気がすぎるリュウアトの、泣きそうな声を久しぶりに聞いた。


「レットは、もう帰ってこない?」

「ええ」


 視界がぼやけると思ったら、左目から一滴だけ涙が落ちたところだった。気付かれなければいいけど。


「レトはもう、ここには帰ってこないわ」



          *



 吹雪の中に閉じ込められて、思いのほかわたしたちは穏やかに日々を過ごした。

 街の長様は、少年の身の上を隠して、罪のお柱様の手足が犯罪者を殺したことを発表した。旅団にはなにか質問がくるわけでもなく、水面下でほんの些細ないざこざはあったが、表面上は穏やかに、普段通りに生活した。屋根から雪をおろし、勉学に励み、時折やってくる急患に対応し、暖炉の火を眺めた。

 一度だけ、ヤナがやってきた。自らが織ったという美しいタペストリーを抱えて、よそ行きの顔で。わたしたちにはわからなかったけど、街の人たちは待合室に掲げたそのタペストリーを見て、ヤナの名前を挙げた。

 街の長様は、この旅団を敵対する気はない、ということなのだろう。膝の診察に来た媼を待合室まで手を引きながら、視界の端の薄い青を認める。革張りのソファにゆっくり媼を座らせる。

 下肢を少し動かして、膝の水を抜いて、あとはいつもの湿布を渡すだけだ。待合室で湿布を受けとった、媼の孫娘がこちらに歩いてくる。この街の人らしい、しっかりした骨格を持つ人だった。


「ありがとうございます。おばあちゃん、帰りましょ」

「少し待っていただけたら、馬車が出ますけど、どうしますか?」


 歩いてきたから膝が、と診察室で媼がこぼしていたのを思い出して、口を出す。


「午後からは街に訪問診療に行くので、馬車を出すんです。市場の近くまでは行くので、それでも良ければ」

「ご迷惑じゃないかしら」

「ぜんぜん大丈夫です。あんまり豪華な馬車じゃないですけどね。今日は晴れてて、雪が凍ってしまったから、大変でしょう。三十分くらいお待ちいただけるなら」

「じゃあお言葉に甘えて。いつもすみません」

「いえ。少し待っててください」


 待合室から出て、詰め所の方に向かう。昼食前なので、食事と薬の準備が始まっている。大きなかばんに診察のための道具を詰めている医師に話しかける。


「すみません、クレタさんなんですけど。回診の馬車に乗せてもらってもいいですか?」

「ああ、はい、わかりました。家は市場の端でしたっけ」

「市場までとは伝えてます。端まで行ったら時間が合わなくなりますよね」

「出発時間早めましょうか。せっかくよくなってきたのに、今日転んだら全部台無しですから」

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