ハル・シオンと岩根の脈 -14

 だって、と同時に声が出た。だって、の続きが出なくて、黙り込む。ロジンがまたため息をつく。


「だいたい予想がつくよ。あのね、テトはここにいてもいいよ。いた方がおれたちも安心できるって話しでね、こんな急に家族がいなくなった、小さな女の子を他所にやるなんて、嫌だよ。おれたちは、テトが安全に暮らしてないと本当に嫌なんだからね」

「でも、わたしがいたら、めいわくだから」

「まだなにも起きてないでしょ。そんなの迷惑かけてから考えたらいいんだよ。ねえハル」


 うん、とうなずく。姉であるはずのわたしすら、聞き分けのない小さな子どもみたいだと思う。ロジンが柔らかく笑った。


「テトもハルも、お互いに迷惑にならないようにって遠慮したらダメだよ。君たちそういうところそっくりなんだから、先に進めなくなるでしょ。ねえ、テトは、もうここにいたくない?」

「そういうわけじゃ、ないの……」

「じゃあ、ここにいたらいいよ。長様もいいって言ったろ、ハルとおれもここにいてほしいって思ってるだろ、リーダイもチオラも、あの話し合いにテトが同席するのは反対しなかったろ。もう5人はここにいてほしいって思ってるんだから」


 黙って泣き出したテトの顔をロジンが拭う。そう言ってあげたらよかったのか、とため息が出そうになった。己のふがいなさに口の中が苦くなる。胡椒の効いたスープをすする。わたしが言うべきことは、もうわからなくなってしまった。

 自分の手元だけ見て食事をしてたら、こつんと頭を叩かれた。叩かれた場所を軽く押さえながら視線をあげる。


「なに、そんな顔して。おいしいだろ」

「うん……」

「さっき食べたパンもおいしかったね。パンは、テトが昨日仕込んだやつじゃなかった?」

「ええ、はい」

「テトはパンを焼くのが上手いからね」


 自分の顔が、笑みを取り繕うとして、失敗した。


「あなたは、こんなところにいなくたって、本当に生きていけるのよ」 


          *


 薄青の手袋の中で、指先が冷えている、と思いながら右手で左手首をつかむ。詰め所の中には人がぎゅうぎゅう詰めで、少し暑いくらいなのに。昨夜の申し送りをしている人ですら、わたしのことをちらちらとうかがっているのがわかった。

 この診療所に入院している人は、両手の指に収まる程度だ。ものの数分で申し送りは終わる。最後に今日の予定が簡単に達されて、なにかお知らせがある人はと問われて、おしまい。顔をあげて、顔の横に垂れていた帽子の布を軽く払う。

 必要以上に正しい服装を選んだ。一切の装飾のないシニヨン、背の高い帽子、白いシャツの上に、白いジャンパースカート。三つ折りのソックス。スクエアトゥのストラップパンプス。旅を選んだわたしたちには不釣り合いな、真っ白な衣服と靴。

 ざっと視線が集まる。後ろの方にテトとロジンが並んでいて、右の壁際に母とリーダイたちが立っている。母は、いつも通りに見えた。ほかの人たちの不安そうな顔を見れば、少し笑いそうになりそうなくらいだ。短く息を吐いて、背筋を伸ばす。


「おはようございます。忙しい時間に集まっていただいて、ありがとうごさいます」


 明瞭な声を心がける。表情は普段通り、手足に余計な力を入れないようにゆっくり呼吸をする。


「昨夜、この街で殺人が行われました。五人の人間が殺され、死亡が確認されました。発見者はわたしと院長、すでに街に知らせています。警衛団と現場の検分を終え、今は殺された人と同行していた旅芸人の人たちが、警衛団の人たちに聞き取り調査を受けています」


 ざわ……と人の動く音がした。話し声はしない。ただ、隣の人の顔を見たり、顎に手を添えたり、そういう小さな動きが重なって、一つの音になった。

 人殺しは、禁忌だ。だれもそれを行うことはならない。


「誰が、そんなことを、したか、が、問題ですが、それは解決しています。……ティトラ・レットが」


 わたしの弟が。


「行いました。本人の口からも聞いています。状況から見ても、ティトラ・レットがしたことだと、警衛団も判断しています」

「それは」


 若い男の声だ。どう答えるかは、あらかじめ決めている。


「申し訳ありませんが、質問は後でお願いします。……ティトラ・レットは、今どこにいるかはわかっていません。彼は、罪の御柱さまの手足となり、昨夜、八人の人間を殺しました」


 大きな鎌をレトが持っていたこと。ご遺体には首に深い切傷があり、それが致命傷になっていたこと。旅団で使われている、眠りの魔法の残滓が残されていたこと。簡単に、過不足はないように。感情はこめないように。

 軽く息をついて、人々を見渡す。微動だにしない、白い布たち。朝焼けに似た髪。いろんな目の色。


「説明は以上です。ご質問をどうぞ、お願いします」

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