ハル・シオンと凍り野の底 -22

 ランプとレトの外套を手に持って、廊下に戻る。テトがぎゅっとわたしの首に抱き着いた。母の部屋のある方につま先を向けて歩き出す。すぐに母とロジンと出会った。

 母がわたしたちと、わたしが持っている外套を持って眉を寄せた。自分の声が低く響いた。


「母さんの部屋に行かせて」

「ええ、いいけれど」


 母の声を遮るようにさっさと足を進める。少し冷静になってきたような気がする。レトのことを話すことも大事だけど、大急ぎで、その旅芸人がいる場所に行かなければならない。

 母の部屋で、テトをソファにおろす。ランプを机に置く。母の顔を見上げる。


「レトが人を殺したわ」


 大きく息を吸う。


「あの子は、もうわたしの弟じゃない。罪を司る御柱様の手足として、わたしの手元から離れた」

「……そうなったの」

「いいえ、そうなっていた」


 テトがわたしの服のすそを握る。手をつないであげたかったけど、手袋を忘れたわたしにはできない芸当だった。


「急いでわたし行かないといけない。この街で、あの子、旅芸人を殺したって言ってたわ。でも、もしかしたら、今から行けば、誰かを助けられるかもしれない」

「ハル」

「母さんは、ここにいて。わたしが行ってくる。あの子の事情は、まだあまり大っぴらに言うべきじゃないでしょう? この街の長様に内々に話して、それから考える。ロジン、悪いけど、準備を手伝って。テトも、ここにいてくれる? ごめんね。絶対に帰ってくるから」


 母が強く顔をしかめた。そんな顔されても、助けられる命があるなら、一刻もはやく行かないといけない。部屋を出て行こうと思ったら、母がわたしの手首を握って止めた。


「だめよ、あなた一人だと。もしかしたら、検分になるかもしれないから……診療所の院長に連絡を入れるから、準備して、表口で待ってなさい」

「……わかったわ」


 急いで部屋から出る。自室に戻りながら、ロジンに持ってきてほしい道具をいくつか挙げる。おそらく外傷を負っている人ばかりだろうから、包帯を多めに。止血剤と消毒液、縫合のための針と糸。外傷のための道具なら、詰め所にひとつのカバンにまとめて置いてあるはずだ。ロジンが走っていく。

 わたしも自室まで大急ぎで向かって、取り急ぎ寝巻を脱ぎ捨てる。シャツとジャンパースカートのボタンを留めて、ベルトにウェストポーチをふたつ通す。中にはちゃんと乾いたエニシダを詰めている。分厚いタイツとペチコートを履く。帽子はいらない。ホウキをつかんで、ラジオにランプ。ケープを羽織る。

 灯りのほとんどを落とした診療所の待合室に入る。こちら側なら、入院している患者にも、居住区で休んでいる旅団の人たちにもあまり声は聞こえない。もうロジンが大きなカバンを持ってきて待っていた。


「中、確認して」

「うん」


 カバンを大きく広げて、中身を確認する。必要な道具は表にまとめてあるので、それに鉛筆でチェックを入れながら、数と使用期限が切れていないかの確認をする。この確認は二人以上でしないといけないので、もうひとり分はロジンが済ませてくれていた。

 黙ってロジンがわたしの髪をまとめ始める。一番簡単に、強固にできるお団子だろう。顔の横の髪をうっとおしがるわたしのために、いくつものピンで留めてくれた。カバンの中身を整頓してしまって、今度はホウキの準備に取り掛かる。きっと、院長とふたりでホウキで飛んでいくことになる。今は夜だし、吹雪だしで視界は悪い。はぐれたりしないように、ホウキの穂先をロープでつないで飛んでいくことになるだろう。

 円形の金具のついた伸縮性の高いロープを棚から出す。ホウキの柄に金具を通す。もう片方を院長のホウキに通せば、とりあえずはぐれることはなくなる。ロジンが赤い布を持ってくる。特殊な染料で染めた糸で刺繍がしてあって、暗いところで光をあてると発光する。ケープの肩口にピンで留めてもらう。

 ホウキにカバンの取っ手を通して、更に金属のチェーンで固定する。ラジオは電源をつけて、同じくホウキに。じれったくなる気持ちを落ち着かせるために深呼吸を何度もする。院長はまだだろうか。診療所のすぐそこに院長は済んでいるはずなので、もうそろそろ来てくれてもおかしくないだろうに。窓の外をずっと見つめていたら、ロジンが声をあげた。


「ハル、手袋は?」

「あ……」


 そうだった、と一気に気持ちが焦る。手術や処置で使うゴム手袋ではなく、わたしがいつも着けている布の手袋を忘れていた。ロジンが自分の手袋を外す。


「おれのを着けて行けばいい。大きいかな。でもどうせ着いたらゴム手袋に替えるだろう」

「ええ」


 薄茶色の手袋を借りて、はめる。指先がだいぶ余っているけど、移動する間だけならたぶん大丈夫だ。手首のベルトをきつめに調整しようとして、なかなかベルトが留められなくなった。指先が、今更震えている。舌打ちをしそうになる。

 ロジンがわたしの両手首をつかむ。


「落ち着いて。おれがやる」


 ぐっとベルトを引いて、一番細くなるところでボタンを留める。ロジンがわたしの額を撫でた。

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