ハル・シオンと凍り野の底 -7

 分厚い毛織のケープの下にバスケットはしまい込んで、布も極力濡れないようにして歩き出す。今日はさすがにあの邪魔な帽子は置いてきている。あまり濡れると髪が乱れそうで嫌だけど。

 斜め後ろからロジンが大きく一歩踏み出して、横に並ぶ。診療所が見えなくなるくらいまで歩いて、ロジンが口を開いた。


「さっきの人、知っている人なの」

「さっきの人……? ああ、詰め所の人?」

「うん」


 ふっと息を吐く。今日も真っ白だ。


「このあいだ……ここに到着した日の夜に会って、少し話しただけよ」

「ふうん……」

「夜中に、湯たんぽをあなたの部屋の前に置いていったでしょ。そのときに会ったのよ」


 その日以来、タイミングが合わなくて会うことはなかった。結局あの人の記録がどうなったのかとか、わからないままだ。べつにわたしが知るべきことではないのだけど。

 毛織のケープをかきあわせる。ケープやポンチョは身長をあまり考えなくても着用できる衣服なので重宝する。あまりわたしの服を他の人に貸すことはしないけど、小さな子どもにも、大人にも老人にも着せてあげられる。へたに丈が長いコートを着るとホウキに乗るときに邪魔になるし。


「わたしたちと同じ年らしいわよ。去年旅団に入ったんですって。いま、初めての現場だろうから、きっと大変ね……」

「名前は?」

「パウル」

「けっこう詳しいね」


 隣の顔を見上げる。ロジンが小さく肩をはねあげる。彼の、不満なことがあるときの癖。


「一緒にいたひとから、紹介を受けたからね。記録が大変だって悩んでて、その相談を受けたの」

「初対面なのに?」

「目が青いからね。ここに住んでいる人なら、直系は珍しいでしょう。直系ならなんでも知ってるって思われているものだから」


 それだけよ、と言葉を重ねる。こんなことを問い詰められることはあまりなかったので、不思議な気持ちになる。両手で抱えていたバスケットから片手を離して、ロジンの腕をそっと叩く。鼻の中が寒さでつんとしている。


「寒いわね。長のお屋敷はうちより数段あたたかいから、楽しみにした方がいいわよ」

「ん……」

「お土産、喜んでくれるといいけど。あそこの家は、案外いろんなものがそろってるから、かぶったりするのよね」


 バスケットの中にはワインと少しの香料、はちみつと干した果物をそろえている。ホットワインならあの厳格な家でも、わたしたち子どもも飲むことが許されるだろう。ダメでも保存の効くものしか持ってきてないので、奥様に飲んでもらえばいい。しっかりアルコールを飛ばせば、産後のお姉様も飲めるだろう。なにかタイミングが合えば持って行ってもらってもいい。

 先日は、形に残るようなものを持って行ったので、今回は消え物がいいだろうということでロジンと選んだ。わたしがもらったお菓子のお礼も兼ねている。ロジンとヤナは初対面の人と話すのだから、なにかしら食べ物や飲み物があった方がいいだろうし。


「ロジンも、昔はあなたのお母さまについて挨拶とか回ったりしなかったの?」

「昔はしてたよ。あまり覚えていないけど。まだ連れ歩かれるような年じゃなかったから」

「あら、そうなの」


 そのわりには、大勢の人や、大人を前にしたときの態度は堂々としているものだと思ったものだけど。母も言っていた通り、彼は言葉遣いも気遣いも過不足ないので、こっそりお手本にすることもある。


「まあ、そりゃあ、挨拶に行かないといけないこともあったけど……どちらかというと、店で留守番していることの方が多かったかな。おれも、店番したり、品物を仕入れたり、どこに売るか決める方が好きだったし。少し人見知りだし……」

「あなたが? あまり人見知りだなんて、思ったことないけど」

「いや、人見知りだよ。知らない人と会うと、けっこうぐったりする」

「そうなの? じゃあ、今日、嫌だったんじゃないの……」


 まっすぐ前を見つめて歩くロジンの顔を見上げる。そんなことは一度も聞いたことなかったし、今まで知らなかった。うろたえていたら、小さな笑い声が降ってきた。


「いや、そんなことないけど。ハルと一緒だし。ハルの友達なんだろう」

「ええ……」

「じゃあきっといい人だと思うよ」


 お屋敷が見えてきた。フードを取って、門兵に挨拶をする。朝一で雪を払ったと思しき石畳の道を歩いて、二人で重たい扉を開く。上着を脱いで、雪を落とす。籠を覆っていた布は濡れていない。中身を一応確認して、家の中に入る。

 このあいだと同じ媼が、小さな椅子に座っていた。わたしが口を開く前に、ぱっと立ち上がってこちらにやってくる。顔が強張っている。


「こんにちは。あの……」

「奥へ案内しますね。すみませんが、少し立て込んでいて」


 ちらっとロジンを見上げたら、ロジンもこちらを見ていた。足早に先を行くラウラさんの後をついて行く。廊下を抜けて、まっすぐヤナの部屋があるお屋敷の奥の方まで。

 普段はほとんと見かけない使用人たちがバタバタと廊下を行きかっている。わたしたちを見たらすっと隅に寄って頭を下げてくれるけど、はやく自分の仕事を済ませたくてじれったそうにしているのがわかった。

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