ハル・シオンと強霜の森 -17

 手袋をはめて、テトの方に歩く。テトの茶色の髪がふわふわしている。小さな頭を撫でた。


「わかったわ。休む準備もできているなら、もう休んでいいわ。湯冷めしないように、風邪ひかないようにあったかくしてね」

「はい」

「そうだ、ちょっと待ってね」


 机の上に置いた包みを開く。ヤナが帰る直前に持たせてくれたものだ。想像通り、中には油紙に包んだ小さなお菓子がある。ヤナお得意のキャラメルだ。会うたびに、あなたの弟妹にと渡してくれる。自分が食べるために数個外に出して、包装紙ごと手に取る。


「姉さんの友達からもらったから、あげるわ。こっそり二人で食べちゃいなさいね。そんなにたくさんあるわけじゃないから」

「いいんですか?」

「たまにはいいのよ。大部屋は、いま二人きりでしょ。部屋で食べたらバレやしないわ。わたしの弟と妹にって言われて、わたしがもらったんだから、テトとレトが食べればいいのよ」


 レトとテトと同じ年ごろの子供たちは、みんな親兄弟と一緒に旅をしているので、こういう小さなお土産をいつももらっているだろうけど、この子たちはそういうことは少ないだろうから。たまにはいいのだ。

 わたしは母にほとんど構ってもらえず育ったので、周りの子たちが何気なく食べているお菓子やちょっとしたアクセサリーが羨ましくて仕方なかった時期があった。ねだったところでものをねだるなんてことはするなと叱られるのは目に見えていたので、口に出したことはないけど。レトとテトには、あの胸に針が差し込まれたような寂しさを知らないでほしかった。

 昔のことを思い出したって仕方ないけど。テトの頭をくしゃくしゃに撫でる。わたしが親になれるとは思えないけど、姉としてはなんとかしてあげたかった。


「まあ、ふたりの自由にしたらいいけどね。全員分はないから」

「わかりました。ありがとうございます、だいじに食べますね」

「うん。なにかあったら、姉さんのところにおいで。おやすみ」

「はい、おやすみなさい!」


 勢いよく頭を下げて、テトが廊下を走り去っていく。急に空腹がおそいかかってきた。携帯食を食べるにしても、少しはあたためたり、おいしい飲み物と一緒に食べたい。なにか余っていたら、もらってしまおう。

 あちこちの部屋で暖炉を使っていて、その空気は家じゅうに循環させているので、廊下は案外あたたかい。突っかけただけの室内履きをきちんと履き直して、食堂に向かって歩き出す。食事がどうにかなったら、服を着替えよう。

 食堂の扉は開きっぱなしだった。お茶を飲んでいる人が数人いるばかりなので、やはり食事はもう残っていないだろう。軽く挨拶をして、机と椅子のあいだを抜けて、炊事場を覗く。細長い背中が、作業台の前に立っていた。


「ロジン?」

「ハル」


 蜜色の瞳が穏やかに笑った。なにかしているらしいので、そっと近づく。


「よかった、いま行こうと思ってたんだよ。君、夕飯食べてないだろう」

「ええ」

「スープしかないけど。缶詰のパンとか、持ってる? おれもまだ食事してないから、一緒に食べよう。部屋でいい?」

「散らかしたままだわ、わたし」

「じゃあおれの部屋においでよ。先に持って行っててくれる」

「うん」


 木の器に野菜がたくさんのスープがなみなみと入っている。お盆に乗せて、自室の方に歩き出す。食器洗いは、わたしができないことのひとつだった。素手でみんなが使う食器に触ってしまったら、わたしの毒がどう広がるかわからないので。どうやらわたしの毒は水溶性なので、自分の食器以外の調理道具だのの食器洗いは誰かに頼むしかない。共有の水場を使うときも、長時間の使用は極力控えている。

 ロジンの部屋に入る。わたしの部屋より一回り小さいのは、暖炉がないせいだろうか。ベッドと机だけのシンプルな内装だ。机の上にお盆を置く。ランプのあかりを少し絞る。夕方以降に明るい灯りの下にいると頭痛がするのは、わたしの変えられない体質のひとつだ。

 髪の毛から一本一本ピンを抜いて、リボンをほどく。小さなゴムも取って、髪の毛を完全におろす。顔の周りを覆う髪がうっとおしいので、後ろでひとつにまとめておく。

 自室に戻って、カバンを漁る。今朝食べたのと同じパンの缶詰を出す。急げば服を着替えても大丈夫そうなので、さっさと制服をベッドに脱ぎ捨てる。厚手の布で出来ているワンピースを頭からかぶって、上着を一枚羽織る。ポケットにキャラメルを突っ込む。部屋から出たところで、ちょうどロジンと出会った。コップを二つ持っている。


「お待たせ」

「ううん、ぜんぜん待ってない。準備してくれてありがとう」


 ロジンの部屋の扉を開いて、また中に入る。机の上に缶詰を置く。量だけはたくさん入っているので、これだけで充分だろう。最悪他の缶詰を開けてもいい。ロジンの真向いに座って、祈りの言葉をつぶやく。

 わたしたちと同じく、ロジンも旅慣れているので、簡単な料理を適当にすぐ作ることは得意だった。スプーンで柔らかく煮込まれている野菜をすくう。野菜の甘みが塩と胡椒に引き立てられている。パンを浸して口に放り込む。


「おいし……」

「よかった。ハル、君、顔色がずいぶん悪いよ。疲れてるんだろう」

「ええ、そうね。疲れたわ」


 そういえばロジンしかいないのだから、手袋は外してもいいのだ。薄い青色の手袋を外して、机の上に置く。できるのなら、この手袋は外して暮らしていたい。

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