第38話 薔薇子と桜子

 ガラッとドアが開き、尊が入ってきた。

「失礼します」

 その後に続いてきたのはふりふりのフランス人形のような薔薇子だったので、桜子が「薔薇子さん」と言った。

 桜子が本家に住んでいた頃、薔薇子もまた本家で修行中の身だった。

 幼い頃から先見の能力に長けていた薔薇子は人気者で、老若男女関係なくいつも話題の中心にいた。そういえば、と桜子はある事を思い出した。

「あなたの人生、あまり良い事もありませんわ。霊能力もなく貧乏で冴えない人生ですけど、それがあなたの持って生まれた運ですから仕方ないですわね」

 と言われた事がある。桜子の霊能力が開花した時点で薔薇子の先見は外れていたという事になるのだが、薔薇子のあの一言から本家での暮らしがいっそう辛くなったのは事実だった。

「お邪魔しますわ。皆様、ここにおいでるって事はやはり紫亀先生も式神でしたのね? 六の位の紫亀とは先生の事でしたのね?」

 と薔薇子が言った。

「まあそういうこっちゃやけど、内密に頼むでぇ。今更、誰かに憑く気はないからなぁ。で? 次代の説得はうまくいったか?」

 尊は唇を噛みしめ、

「いえ、すみません。如月様はどうしても鬼を召喚するそうです」

「マジかーほんま、鬼に殺されるで。やめといた方がええと思うけどな」

 と言った。

「すみません、如月様の怒りをかって俺は四天王をクビになってしまいました。もうどうにも出来ません」

「反対する者は処分ってか」

 紫亀は腕組みをしてはあと深いため息をついた。

「あら、ご本人がやりたいのですから好きなようにさせればいいですわ」

 と薔薇子が言い、皆が一斉に彼女を見た。

「薔薇子さん、そんな暢気な。如月様、殺されてしまいますよ」

 と桜子が言ったが、薔薇子は首を傾げて、

「でもそれで命を落としたとしても如月様は本望じゃないかしら?」

 と言った。

「で、でも次代様ですよ? それに薔薇子さんも四天王の一員でしょう?」

「私は四天王とかどうでもいいですの。尊先輩もクビになりましたし、私も離れようと思います。これでもいろいろと忙しい身ですから。それより、桜子さん、あなた再生の見鬼でしたのね? どうして黙ってましたの? ねえ、今度うちの会に遊びにいらっしゃいな」

「え?」

「癒やしの気だなんて素晴らしい能力が開いて良かったですわね」

 薔薇子はにこにこと笑った。

「魂抜かれるぞ」

 と赤狼が言った。

「あら、そんな事しませんわ」

「どうだかね。千個もの魂を無事に集め終わったそうだな。如月が鬼を呼び戻すなんて愚行に走るのも、お前ら二人の責任だ。禁じられた術を復元して、さらに魂抜きを実践するとはな」

「だって、如月様が鬼を使役出来るみたいにおっしゃるからぁ。そんな危険な鬼だなんて知らなかったですわ」

 薔薇子は唇を尖らせて文句を言ったがすぐに興味ありそうな顔で赤狼をじっと見た。

「あなたが赤狼なの? 三の位の?」

「ああ」

「美しいのね。私、美しい者が好きだわ。私の式神になってくださらない?」

 と単刀直入に赤狼に言った。

「薔薇子、無茶言うな。相手は三の位だぞ?」

 と尊が言ったが、

「あら、頼んでみなければ分かりませんわよ? 私の能力だって土御門では誰にも引けを取りませんわ」

 と薔薇子は自信満々に答えた。

「あ、赤狼君は私の式神だし」

 と桜子が少し小声で反対の意を表明した。

「あら、式神の誓いをなさいましたの? でも途中で主人を変えるのもありですのよ。過去にそういう事例もありますわ。それを裏切りととるかどうかは桜子さんの器ですわね」

 な、何だそれ、と桜子は思った。

 ここで赤狼を譲らないと桜子の器が小さいように思われるのだろうか。

「あ、赤狼君がなりたいと思う人の式神になればいいと思います」

 と桜子は言った。

「あら、では赤狼が私の式神になってもいいと言えば桜子さんは赤狼を手放すのですね?」

 そこで、いーや、赤狼は私だけの式神だ、と堂々と主張出来るほど桜子はまだ年齢が熟していなかった。相手は海千山千の全国に薔薇子信者がいる強者だ。先見の才能はたしかに本物だろうが、それを上手に相手に伝えて幾らの商売でもある。口先だけではとても適うはずがない。

 桜子は真っ赤になってもごもごと口ごもるしか出来なかった。

「そ、それは」

 式神達は面白そうに事の成り行きを眺めている。

 人間同士の争いには口を出さないのが共通した項目だ。

 当の赤狼も腕組みをしてニヤニヤしている。

 桜子は涙目になって立ち上がった。

 何かを言おうとして口が開きかけて、そして諦めたように閉じた。

 そして社会科準備室から飛び出して行ってしまった。

「あら……案外意気地がないんですのね、桜子さんって」

 薔薇子はきょとんとして、赤狼の方へ振り返ったがすでに赤狼の姿はなかった。

「そんなに桜子ちゃんをいじめておくれでないよ」

 と銀猫が言った。

「あの子はまだ子供で、あんたみたいな口先で商売する人間じゃないんだ。小さい頃から本家でも肩身の狭い思いをしてきたの知ってるだろう?」

「あらぁ。そんなの私も同様ですわ。私だって這い上がるために一生懸命修行しましたのよ。自分の能力を伸ばすためにそれこそ必死でしたわ。どこかの姫様の生まれ変わりなだけでいきなり位一桁の式神にちやほやされて、慰めてもらっていいご身分じゃありませんか」

 と薔薇子が言った。

「人間て面倒くさいにょん……でも桜子を泣かすのは許さないにょん。あの子はいい子だにょん」

 と水蛇が言った。

「はいはい、分かりましたわよ」

 と薔薇子はふてくされたように言った。

「まあ、桜子ちゃんの事は赤狼に任せといて」

 と紫亀は机の引き出しを開けた。 

 ハンカチに包んだ白い丸い球を取り出して机の上に置いた。

「薔薇子、川姫が落として行った人間の魂や」

 薔薇子はそれを取り上げて匂いを嗅ぐような素振りをした。

「これ佐山先生の魂ね」

「戻せるか? 魂を抜かれて意識不明のままや」

「それはまあ、できますけど」

「それに……考えたんやけど、今のうちに魂を人間に戻してやればええんでないか? 千個の魂が無くなったら次代も諦めるんやないか?」

「結構苦労しましたのよ! 如月様も手伝うなんて言ってほんの数人しかし魂抜きしなかったし、ほとんど私がやりましたのよ?」

 また唇を尖らせて薔薇子は気分を害したように顔をしかめた。

「それにもう如月様の所へ千人分の魂は運び込まれてますわ。如月様の事ですから、今夜にでも召喚の儀式を行うでしょうね」

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