第37話 式神達のお茶会
「そうかぁ、次代は鬼を諦めると思うか?」
桜子の話を聞いて紫亀が首をひねった。
放課後の社会科準備室だ。ドーナツ三個とコーヒーを三つ買って来たのだが、準備室に顔を出すとすでに水蛇と緑鼬と銀猫が紫亀と話をしていた。
ドーナツどうしよう……と桜子は内心で思った。
赤狼と水蛇が当然のようにドーナツに手を出したので、紫亀と桜子はアイスコーヒーを飲んだ。銀猫と緑鼬が最後のドーナツとコーヒーを譲り合い、結局仲良く半分こしたのでそれが正解だったかもしれないと桜子は思った。
「諦めないと思うにょん。そういうタマじゃないにょん」
と水蛇が言い、ドーナツをほおばった緑鼬が、
「諦めなかったら闘鬼さんに喰われるだけっしょ」
と答えた。
「ねえ、闘鬼さんって、そんなに恐ろしい鬼なの?」
と桜子が赤狼に聞いた。
「我が儘で自分勝手で間抜けな鬼だ」
と赤狼が答えた。
「昔の仲間にはそんな無体な事はしないけどねぇ。元々人間嫌いだからね、次代のような傲慢な人間は嫌うだろうね。寝起きの悪さは世界一さ」
と銀猫がにゃーんと鳴いた。
「いくら何でも食べられちゃうのは気の毒だわ。闘鬼さんを止められる?」
「放っておけばいいにょん」
「でも如月様が食べられてしまったら左京様がきっとお怒りになって闘鬼さんを討伐すると言うでしょう? でもそんなに強いなら土御門にも大きな被害が出るんじゃない?」
「それはしょうがないにょん」
「しょうがないの? 止められないの?」
「止めるのは闘鬼じゃなくて次代の方だにょん。そっちのが簡単」
もぐもぐとドーナツをほおばりながら水蛇は事も無げに言う。
桜子は自分が知っている如月を思い浮かべてそれも難しいな、と思った。
幼少の頃からちやほやされて育った如月は我慢を知らない子供だったので、全てが自分の思い通りにならなければ癇癪を起こす。その上、他人の傷には何の感傷も持たない人間で自分以外の者に対して思いやるという感情が欠けていた。
多分、自分のせいで鬼が土御門の人間を食べたとしても何の後悔もないだろう。
桜子は腕組みをして考え込んだ。
式神達はドーナツを食べたりコーヒーを飲んだりしている。
如月と金の鬼の事は格別興味もないようだ。
桜子の身体がにふわっと緑色の光が差し始めた。
あまりに考えに集中したので体内で生成された癒やしの気が漏れ出しているようだ。
能力者として使われていない再生の気は桜子の内で余っている。
「あ、美味そうだにょん!」
それに気がついた水蛇が桜子の身体に手伸ばした。
桜子を包む緑色の気を手ですくうように取って、それを自分の口に運んだ。
「美味い! 二百年ぶりの桜子の気だにょん! あー元気出るにょん!」
と嬉しそうに水蛇が言ったので、緑鼬も銀猫も紫亀までもが手を伸ばした。
その手を赤狼が叩いた。
「気安く桜子に触るな」
「何や、桜子ちゃんに怒られるならまだしも、赤狼にとやかく言われる筋合いはないで、なあ桜子ちゃん」
「俺は桜子の式神だぞ? 守護するのは当たり前だ」
と言う赤狼に桜子はふふっと笑った。
「前世で桜姫の式神だったからって、転生した今世でも式神にならなくてもいいんじゃないの? 霊能力が発生したからって私は土御門で働くつもりはないんだし。赤狼君て義理堅いのね」
「……そっか、前世の事は全然覚えていないんだね」
と銀猫が言った。紫亀の机の上で香箱座りをしている。
「土御門は関係ない。俺が好きでやってるだけだ」
「式神、言うたらまだ格好ええけど、前世からずっと桜姫の追いかけてるただのキモいストーカーやんか。転生しても追いかけられるって、何の罰ゲームやねんて」
手を叩かれた報復に紫亀がぼそっと呟いた。
「今、なんつった、泥臭い鈍亀が」
「はあ? なんやて? 野良狼がずいぶんと偉そうやんけ」
赤狼と紫亀が同時に立ち上がり、桜子を挟んで睨み合う。
「ちょっと、喧嘩はやめて! 何なんですか、二人とも」
赤狼は桜子の肩を引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめた。
「桜子は他の化け物どもなんか癒やさなくていい。俺だけ癒やしてればいいんだ」
「え、ちょ」
臆面もなく堂々とした発言に桜子は真っ赤になったが、式神達はケッという呆れたような顔をしただけだった。
「化け物ってなんやねん。自分こそ化け物集団の筆頭やんけ」
と紫亀がまだぶつぶつと文句を言っていると、いち早く気配を察知した緑鼬が、
「お客さんすよ」
と言った。
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