第19話 土御門如月
皇城大学二年生 学生自治会会長 土御門如月は土御門本家嫡男である。
生まれながらにして濃厚な霊能力を保持し、五歳ですでに次代と認定されていた。
権力のある家に生まれ、何一つ不自由なく育ち、周囲の人間は全て自分に付き従うのが絶対だと信じている。
そのようになったのは如月のせいでなく、育てられるべくして育ってしまった結果だった。如月には自分を褒めたたえる存在だけが必要でそれ以外の助言やお小言は道ばたの石ころも同然だった。
幼稚舎から皇城学園で王様として君臨してきた如月は二十歳になってもやはり王様だった。欲しいものは簡単に手に入り、どんな無理難題でも誰かがなんとかしてくれる。それが当たり前の生活だったので、如月は我慢というものが出来なかった。
こうなると我儘放題の馬鹿息子にしか見えないが、如月にも長所はあった。
美貌とカリスマ性だ。
百九十近い身長にすらっとした手足、モデルのような整った顔、そして口がうまかった。
幼稚舎から非常にモテ、小中高、そして大学生の現在でも取り巻きのいない瞬間がない。
成績も常に優秀で大学一年生の入学とともに皇城大学学友会会長、そして皇城学園総代表に就任した。
土御門の陰陽師としても優秀で、学生でありながら祈祷や占術などもこなしている。生まれ持ったカリスマ性で全国でセミナーも行い、土御門神道の信者や能力者の開発にも積極的である。我儘なセレブのお坊ちゃまである一面、陰陽師という職には天性を感じる男だった。
その如月がイライラしてるので周囲の者達はいつ爆弾が破裂するかどきどきしていた。
「それで?」
と如月が言った。
皇城大学の学生自治会室だ。
土御門に物を言わせ最近リフォームしたばかりの新品の部屋だ。
たかだが学生の自治会議室に高級家具のテーブルソファー、ドレッサーやカップボードラグ、キャビネットまでブランド品である。洗練されたセンスではあるがこの部屋に呼ばれた者でソファに腰をかけた者はいない。
すべてが如月の為の舞台装置のような物だ。
アームのクッションには羽毛が使用された革張りのソファで如月は優雅に午後のお茶を楽しんでいた。
「も、申し訳ございません。赤狼という転校生は本日は欠席しておりまして」
と高等部総括の土御門修司が汗をかきながら答えた。
大きな男で体力には自信があるが霊能力においては今ひとつだが、大きな声と腕力は他の生徒を恫喝する為に都合がいい。その為に高等部の総括を任されている。
「何故だ?」
「そ、そこまでは。無断欠席のようで、学園には届け出がありませんでした」
「違う、僕が聞いてるのは何故、家まで行って引き摺ってでも連れてこないんだ? という意味なんだけどなぁ。君たちがそんなに無能だったとは知らなかったよ」
如月はゆっくりとそう言った。
「申し訳ございません。住所は現在調査中です。学園に届けている住所はこちらへ来るまでの県外の住所でして……」
カチャン!と音がして、修司が肩をすくめた。如月がコーヒーカップを受け皿に置いた音だったが、かなり苛立っているような乱暴な置き方だった。
「中等部の連中では手に負えないようで、昨日、中学総括の愛美が転校生の能力で指一本も動かせずに終わったそうでして、高等部の我々が必ずや明日には如月様の元へ連れてまいります」
「確かに、赤狼という生徒が学園敷地に入っただけで、僕の川姫がけたたましく騒いだからなぁ」
と如月は何やら考え込むように言葉を切った。
「如月様ぁ、そいつは学園内におりますよぅ」
と如月の耳元で声がした。
「何だって?」
と如月が振り返った。
如月の右肩に着物姿の女がまとわりつくように寄りかかっていた。
彼女は人間ではなく、式神の「川姫」だった。
派手な原色の着物を着ているが胸元は大きく開き、髪の毛もだらしくなく乱れている。なまめかしい白い足の太ももまで着物の裾がめくれていても気にする様子はない。
「はっきりはしないんですけどねぇ。昨日からこの学園からは出ていませんよぅ」
「へえ?」
如月はぺろっと舌で口の端を舐めた。
「ええ、それにもう一つかなり強力な奴が……こいつは前々からいてぇ怪しいと思ってたんですけどぉ。この二体は近くにいるようですよぅ。どっちも人間じゃありませんねぇ」
「人間じゃない?」
「ええ、あたしなんかじゃぁ、はっきりは分からないんですけどぉ……でもぉ赤狼って名前がなんかぁ聞き覚えがあるんですけどぉ。思い出せなくてぇ。どこで聞いたのかしらぁ」
「面白い!!!! 土御門が支配している学園に人外の者が二体もいるというのか……素晴らしい!! 人外の者が人間を装って転校してきたのか? 目的は? 何だ? この学園の生徒を喰らいに来たのか!? 面白い!!」
如月は立ち上がって大きな声で笑った。
だが先ほどから如月の指示待ちをしている高等部の数人には霊能力の差で川姫が視えている者とそうでない者がいた。
この事は若い陰陽師達を奮い立たせる。
式神を使役するというのは陰陽師には憧れである。
力があり、能力がある者だけが式神を手に入れられる。
そうする力を手に入れる事でよりいっそう土御門一族の中枢へと近づいていけるのだ。
「どの辺りにいるのか検討くらいつかないのか?」
と問う如月に川姫はだらしなく如月の首にしなだれかかりながら、
「えっとぉ、多分だと思うんですけどねぇ。学園の敷地のちょうど真ん中くらいかなぁ」
と返事をした。
「聞いたな? 修司、行け。今度こそ、僕をがっかりさせないでくれ」
「はっ」
と修司を始めその場にいた高等部の生徒達がいっせいに返事をして、我先に自治会室から出て行った。
高等部の生徒が部屋を出て行くのを眺めていた川姫は手に持っていた二つの白い球を投げてはキャッチして遊んでいたが、
「如月様ぁ。この二つの魂、どうするんですかぁ? 喰らってしまってもよござんすかぁ」
と言いながら真っ赤な紅を引いた唇を大きく開けた。一口で飲み込んでしまいそうなほどの大きな口だ。
「駄目だ、駄目だ。それは貢ぎ物だからな」
「貢ぎ物?」
「そうだ」
「何の手土産ですかぁ?」
「金の鬼を呼び出す時のな」
「金の鬼ぃ? 如月様ぁ、それってまさか」
川姫は着物の袂を口にあてて非常に恐ろしそうな表情を浮かべた。
「そうだ、土御門十二神筆頭一の位、金の闘鬼を呼び出す」
「如月様ぁ、金の鬼なんて呼び出さなくてもあたしがお側にいるじゃありませんかぁ」
川姫は如月に甘えるようにしなだれかかった。
「あのねえ、川姫。お前程度の式神を使役したところで何の自慢にもならないんだよ? うらやましがるのは能力のないおろかな者だけさ。僕は金の闘鬼を使役してみせる。金の闘鬼はずいぶんと気性も荒いがプライドも高い、手土産に人間の魂くらい積んで見せないとな」
如月の冷たい言葉に川姫はふんと横を向いた。
そしてその姿を消した。
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