第11話テレテーテーテレーテーテーテテー
ガラガラと引き戸を引く音が聞こえる。
現在の時刻、8時00分00秒地球が3周回った時。
隣の部屋に人の気配はない。
1週間ほど前にこの町に、そしてこの家に来たあいつ。
バス停まで迎えに行ってやったあいつ。
名前は何だったっけ?忘れちゃった。
でもまぁ、最近は家に馴染んできたみたい。
でも、おかしゃんに色目を使うのはいただけない。
あいつ、おかしゃんと話すとき目線が定まらない。
そのくせ胸を見るときは青龍偃月刀のきらめきのように目をぎらつかせている。
私がしゃべりかけても無聊な感じのくせに。
いつかあいつの目にサミングしてやろう。
おかしゃんは私のもの。
誰にも渡すつもりはない。
あいつも家を出たし、そろそろ今日の活動を始めよう。
『侵略活動朝の部』を。
いつも通りの階段を下りる。
段差は11段。一応毎日数えている。
この家を守るのは私の使命。
わずかな変化も見逃す気はない。
「おかしゃん。いってきます。」
「いってらっひゃ・・・・・・・・」
机の上の菓子パンを片手に、私は静かに引き戸を閉じた。
おかしゃんは朝に弱い。
それ以外はカンペキナオンナだと思う。
だってお金を稼いで、ご飯を作って、それでいつも楽しそう。
おかしゃんの笑顔を見ると嬉しくなる。
ビリッ。ムギュ。パクッ。モグモグ。
うん。おいしい。
私が地球を侵略した後は、まず朝を倒そう。
相変わらずこの町はヘイワボケしている・・・・・・・・気がする。
チュンチュンと小鳥のさえずり、庭先にはどこからか桜が舞い降りていた。
・・・・はっ!もしかしたらこの桜はカモフラージュ!
庭へ仕掛けた地雷を感知させないためか。
やるな宇宙連合。だが、私には見える。
このコスチュームは地雷感知機能も付いている。
博士はそう言っていた。
私は庭先の桜を避ける様にぴょんぴょんと飛んで庭を抜けた。
「はぁはぁはぁはぁ。」
このコスチュームの欠点は酸素濃度が薄い所。
まぁ、私、宇宙人だし。地球の空気は毒かもしれない。
だから、この欠点は嚥下する。
「あっ。」
庭の目の前にある陥没したコンクリートに目が行く。
春の朗らかな温もりに弛緩していた頬が引き締まる。
これは6日前の誰かのいたずら。
これを見ると、降りしきる雨も、カッパをはじく雨音も、あの肌寒さも鮮明に思い出す。
そして、おかしゃんはやっぱりすごいんだと改めて感心した。
だっておかしゃんはあの落雷を予知していたのだから。
一体何者なんだろう。
何度かおかしゃんに取材したが、上手い具合にはぐらかされる。
というか、はぐらかされたことに気づくのは数日たった後。
やっぱりおかしゃんは宇宙人なんだ。
あの落雷の後、あいつは侵略活動に参加してくれなくなった。
というか、あいつにとってあれが最初の侵略活動なのか。
私はでこぼこのコンクリートに足を任せながら思案する。
ここ数日、何かと用事をつけて断られる。
あいつは臆病だ。
せっかく私という高貴な宇宙人が交信してやっているのに。
雷が何だっていうんだ。あいつの向かう学校の方がよっぽど奇妙で、徹頭徹尾馬鹿らしい。
あんな所に毎日通うやつの気が知れない。
そういうやつがこの腐ったタテシャカイ?を生み出すんだ。
でこぼこの道にはさすがの私も辟易している。
しかし物は考えようだ。
この劣悪な地面をトレーニングだと思えばいい。
そう考えれば、この地面が無数の月のクレーターのように見える。
あぁ。私は今、月を歩いている。
紺碧の空間に、1人の少女。
その衛星にはもしかしたら私しか生物はいないのかもしれない。
無重力空間に適応し、ふわりふわりと大きな1歩をどんどんと更新していく。
その足は止まらない。
知らないことを知るのは楽しい。
未知は未知のままに?馬鹿じゃないか。
もし、そんな思想の奴がいるのなら、私は『星辰に変わってお仕置きよ!』だ。
つまりはぶん殴る。結局は武力行使。
それは万国、並びに万星共通である。
・・・・・・・・今日は星が見えそうだ。
また、あいつを誘ってやるか。
ガラガラと以下略。
帰還は昼前となった。
今日も大きな進歩は無かった。
いつも通りの報酬。
視界はクリアに、暑苦しさは無く、酸素濃度も今朝に比べて格段に濃い。
カル〇スの原液の割合を3から5に変えたくらい?
手にはコスチューム(頭部)。その中にはアスパラとキャベツとお菓子。
しかしお菓子の割合は少なく、半分以上を野菜が席巻していた。
さらに、その心もとないお菓子もこれまた酷く、まさかの濡れおかきだった。
私には頑丈な歯があるっていうのに。
お前らババアとは違うんだよ。
それともあれか、私には硬いものが危ないとでも?
ガキじゃねぇんだよ。
・・・・・・・・でもまぁ。いつもなにかくれる近所のババアどもには感謝している。
だがしかし!あいつらは侵略済みだ。
「ただいま。」
私が帰ったことを宣言すると、色々な音が聞こえてくる。
常時鳴り響く換気扇の回る音、そしてリノリウムの道をドタドタと走る音。
最後に・・・・・・・・。
「グレイちゃぁぁん!侵略できた?」
おかしゃんが駆け寄ってきてくれた。
最初に目に入ったのはおっぱい。
重くないんだろうか?年をとれば重力に負け、段々と垂れるらしい。
おかしゃんは大丈夫なんだろうか。
そのおっぱいはどんどんと近づいてきた。
バフッ。
私の顔をおっぱいが侵略し始める。
おかしゃんは良い匂いがした。
それは柔軟剤で上塗りされた様なものではなく、おかしゃんの体から溢れる自然の匂い。
どんな言葉にしても胡乱になるその香りを表現するのは難しい。
ただ、一言感想を述べるのなら・・・・・・「苦しいぃ。」
「グレイちゃん。おかしゃんのおっぱいは永久不滅よ。垂れるなんてありえないから。・・・・・・・・ね?」
「うん。」
今のおかしゃんの笑顔の奥には般若がいた。
おかしゃんの愛撫から逃れ、私は昼ご飯を食べる。
おかしゃんの作ってくれるご飯はおいしい。
味は言わずもがななのだが、見た目も良い。
食材が豪華絢爛であるという訳ではない。
ただ、限られた食材の中でそれらを最大限に活かす。
それに視覚や味覚だけを刺激するのではなく、心も刺激される。
おかしゃんのご飯は食べるごとに温かくなる。
それの正体はわからない。
もしかしたらそれこそがおかしゃんが宇宙人である証拠なのかもしれない。
私はトイ〇トーリーを見ながら、モグモグとご飯を平らげた。
閑話休題。
それにしても、この時間におかしゃんがパジャマじゃないのは珍しい。
寝ぐせは相変わらずなんだけど。
綺麗な茶髪が、飴細工のような芸術味を帯びて舞い上がっていた。
私が侵略活動している間にどこかに行っていたのだろうか。
気になる。
でもまたはぐらかされるんだろうなぁ。
私は濡れおかきをほおばりながらトイス〇ーリーの続きに目をやる。
「ただいまー。」
引き戸を引く音と同時にあいつの声が聞こえた。
どうやらあいつが帰ってきたようだ。
仕方ない。私が出迎えてやるか。
最後の濡れおかきを口に入れ、私は席を立つ。
「おかえりなぁさぁぁぁぁい。だぁぁぁりりりーーん!」
ドタドタと聞き馴染みのある足音とエコーのかかった声がおかしゃんの部屋から聞こえた。
おかしゃんがあいつを出迎えているらしい。
私はとりあえず、その光景を観察することにした。
・・・・・・・・むぅぅぅぅ。
あいつ、またおかしゃんおっぱい見てる。
それに、おかしゃんなんだか楽しそう。
舞い上がる髪の毛が、ゆらゆらと揺れている。
私のときと少し違う。
私もあれくらい激しく出迎えられたってかまわないのに。
おかしゃんも時々私を子ども扱いする。
私だってもう15歳なのに。
「フフフフゥゥ。」
そんな不敵な笑みが聞こえ、おかしゃんたちが外に出た。
私もとりあえずついていくことにした。
おかしゃんが1度、あいつの事を狼だと言っていた。
本人は否定していたが、真実は分からない。
少年探偵は真実はいつも1つだと言うが、それは結果論だと思う。
その真実の過程に、さまざまな人間の思慮や懊悩、憤る気持ち、つまりは動機がある。
その真実だけを悪とし、それだけを罰するのではすこしかわいそうな気もする。
が、今回は関係ない。
もしあいつがおかしゃんを『いただきます』しようものなら、私はあいつにカクテル光線をおみまいしよう!
閑話休題。
おかしゃんたちはこの家に隣接する倉庫にいた。
あそこはたしか・・・・・・・・『おかしゃんベース』だった気がする。
あいつが来る前にテレビ番組に触発されて、おかしゃんが買っていた。
最近は使っているところを見ないが・・・・・・・・。
まさか!あそこにおかしゃんの未確認飛行物体がっ!
草履をはきはき、私は2人のやり取りを覗き見る。
庭に立つ木に身を任せ、中の様子を確認。
倉庫の中には未確認飛行物体は無かった。
その代わりと言っては何だが、見たこともない2輪車基自転車があった。
いたって普通の自転車だが、後ろに子供が乗るやつがある。
おかしゃん子供が出来たんだろうか。
もしかして・・・・・・・・あいつとの?
許せない。よし、時は来た。
今こそあいつの双眸をえぐり取り、憤る気持ちを剥き出しにあいつの首にビッグバンを。
宇宙の星屑にしてやるわぁ!
私が木の陰から、犯罪者としての道に歩を進めようとしたその刹那、あいつはそのばに膝から崩れ落ちた。
どぉしてだよぉぉぉぉ。
そんな声が聞こえる様な気がした。
私は思いとどまった。
空はオレンジ色に染まっている。
宇宙では今戦争中なのだろうか。
地球の空に滲むほどの血を流すなんとか星人。
耳を澄ませば聞こえるかもしれない。
・・・・・・・・「カァァァー。」
残念。カラスの声しか聞こえない。
私は今任務の最中だから、聞こえないように結界を張られているんだった。
こんなことではまた連合局から叱咤の通知が来てしまう。
・・・・・・・・うん。来ちゃう来ちゃう。
閑話休題。
私は今、居間でテレビを見ている。
海賊王になりたいという少年が、砂漠の島で東奔西走した後、1度は仲間となった王女と別れるシーン。
今はそんな感動シーン。
そんな時、私は少しおなかが空いてきた。
涙ではなく、溢れるのは空腹感。
台所から、なにやら美味しそうな匂いがする。
醤油の香ばしい匂い、砂糖の少し甘い匂い、味噌の匂い。
夜ごはんまではもう少しある。
だが、私は待つのが苦手だった。
「おかしゃん。あ・・・・・・・・」
晩御飯の支度をするおかしゃんに声をかける。
「お菓子は駄目よぉ、グレイちゃん。」
むぅぅぅぅ。
おかしゃんには未来予知の能力があった。
いつもはここで引き下がるのだが・・・・・・・・。
あいつは自転車を買ってもらっているのに、私には何もない。
ずるい。
「おかしゃん。あ・・・・・・・・」
「グレイちゃん。今日、ミッキーと一緒にシンリャクカツドウに行って来たら?今日は星が綺麗よぉぉぉ。まぁ、私には敵わないけどぉぉ・・・・ね?」
「う、うん。おかしゃんはすごくきれい。それは宇宙中で話題になるくらい。しかも、水星ではそのことが教科書に載るレベル。」
おかしゃんは時々怖い。
「で、どうなの?今日はシンリャクカツドウするの?」
「うん。もちろんする。」
「なら、ミッキーの後ろに乗せてもらえばいいじゃない!やだぁ、名案!」
「で、でも。あいつ、最近誘っても来てくれない。」
「それは駄目ね。じゃあ、もし今日断られたら私に言いなさい。何とかしてあげるから。」
おかしゃんは大きな胸を弾ませ、勇ましく話す。
おかしゃんはかっこいい。
「あとね、あいつじゃなくて、幹人って呼んでみな。そしたらミッキーなんていちころよ!」
おかしゃんは悪い笑顔を浮かべていた。
でもそんなところも良い。
あいつの名前幹人だったのか。
次からはそうやって呼んでやろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます