第10話にゃににゃにす
悠久の時とも思える様な時間を学校で過ごした。
朝に登校したのに現在は鋭い赤光の差す夕方。
高校とは思っていたよりも中学と変わらなかった。
1限目から4限目まで授業を受け、ご飯を食べ、最後に5限目から6限目までの授業を受ける。
ペンを動かし、紙をめくり、黒板に目をやる。
稀に動かす口は先生からの問いを答えるときと、ご飯を食べるとき。
しかし、幸いなことに今日は初授業。
どの科目の授業も教材配りと授業方針を伝えることに追われ、本格的な授業にまでは至らなかった。
あと、おねさん作の弁当はおいしかった。
初めての夕食の時に食べた揚げ物天国のような偏ったものではなく、たんぱく質、脂質などの五大栄養素をふんだんに取り入れ、色どりみどりに装飾され、目でも、そして味でも楽しむことが出来る素晴らしい弁当だった。
上から目線で、何様なんだと思われると思うが、おねさんはやればできるという事が分かった。
なら、あの妙なスキンシップも自重してほしい。
思春期の男には刺激が強すぎる。
思い出すだけでこう・・・・なぜか罪悪感に苛まれた。
閑話休題。
それでは僕がお世話になる1年1組の大まかな派閥をご紹介しましょう。
急だな!とかはなしですよ。
物事ってのは突発的に起こるんです。
それに対応できるかが鍵。アンダァーーーースタン?
ゴホン。スイマセン。
とりあえず、僕の席は前にも述べた通り、右手に扉がある席。
それも前後にあるうちの後ろの方。
そこが基準になる。
初めは女の子3人組。
しかし、ただの女の子じゃない。そりゃそうか。
外見に特徴がある・・・・・・・・いわゆる美人というやつ。
まぁ一概に美人と言っても、そこからさらに枝分かれするわけで。
まずはほんわか可愛い系。
艶のある黒髪を肩のあたりで切り揃え、毛先にゆるーくウエーブがかっている。
大きな瞳に、くっきり2重幅。
頬がほんのりピンクに染まり、背丈は少し小さめ。
そしてその背丈に背かない胸。
・・・・まぁ控えめという事。
1年生にして早くも制服を着崩し、スカートが隠す面積は腰から太もも半分まで。
少し大きめの制服は成長を見越してというよりも・・・・意図的?
手の甲がブレザーの下のセーターで半分隠されている。
そう、萌え袖。
動物に例えるなら・・・・・・・・チワワとか?もしくは何かしらの小動物といった所だろう。
そして次なる美人はかっこいい系。
シュッとした顔立ち、キリっとした目元。
襟足は首の中間あたりで切りそろえられ、全体的に短めのショートヘアー。
少し日焼けした肌は健康的で、マニアの琴線を揺らす。
一見、猥雑な気持ちを抱かせなさそうな彼女だが・・・・・・・・胸がでかい。
直接的すぎただろうか。
なら・・・・・・・・上半身の一部に、手には収まりきらないほどの魅力が詰まっていると言おう。
推定G・・・・もしくはそれ以上。
スイマセン適当言いました。
動物で表すなら猛禽類?もしくは乳牛。
いっそのこと猛禽類と乳牛のキメラってことにしよう。
そして次なる美人は・・・・・・・・。
僕の見解では、おそらくこの子がこのグループの覇権を握っていると思われる。
まだこの高校に2日しか通っていないが、そういうのは小学校からの義務教育で学んだ。
というより、自然に身に着いた?
嫌なものを見ることも多く、そういうものを見ない振りしたり、目を伏せたり。
もしかしたら僕のポリシーである『未知は未知のままに』が発足されたのは、そういう経緯があったからという理由づけもできるかもしれない。
とにかくあの義務教育で学べるのは数学でも国語でもなく人との距離感、人を見る目、お世辞、上下関係、知らぬふりといった人間の醜い部分であり、それでいてこの社会を生き抜くために必要な知恵だった。
究極を言えばそうなる。
あれ?なんの話してんだ?
・・・・・・・・・あぁ。美人の話か。
3人目の美人。
まぁ簡単に言えば2人の美人の良いとこどりってとこだろうか。
艶のある長い黒髪を腰のあたりで切りそろえる。
それはシルクの様な透明感を持ちながら、水墨画の様な強さも奥底に持ち合わせていた。
キリっとした顔立ちにすらっとした鼻。
白薔薇のように繊細で、それでいて堂々とした肌は触れればこぼれてしまいそうな、しかしやられるだけじゃ終わらないという刺々しさも兼ね備えている。
瞳は大きく、それでいて鋭い。
目が合ってしまえば引き込まれてしまいそうな、そんな怖さもある。
シニカルな雰囲気漂う佇まいと表情、そして白い肌から血の巡りは感じられず、まるで人形の様だった。
動物で例えるなら・・・・ってさっきからなんで動物で例えてるんだ?
だって・・・・・・・・。
まぁいいや。
ていうか、例えられないな。
何というか、どうしても生き物に見えなかった。
この3人がおそらくこのクラスのカースト上位グループなんだろう。
そしてそれに続き、ヤンチャな男子グループ5人組。
そこからさらに下に有象無象。
その下の下の下の下の下の下の下の・・・・・・・・・・・・・・・・下に僕といった所だろう。
まぁこんなところ。
人間観察はこれで終了。
人間観察は・・・・・・・・。
うちゅうじんじゃないよ。
そんなの2人も出てきたらこちらも困る。
ここはアメリカじゃないんだ。
本気でうちゅうじんの事考えている奴なんてごく少数。
だから・・・・うちゅうじんではないはず。
ゴホン。違うよね。
最後に紹介するのは・・・・・・・・・・・・「にゃぁぁぁぁあー。」
どうやらお目覚めの様だ。
虚ろな目を手の甲で擦る。
その姿は見た目通り猫であった。
そう、この鳴き声の通り『猫』である。
最後に紹介するビジン?というか美猫。
僕の隣の席をテリトリーとし、今日1日を睡魔討伐に費やした猫。
結果は時間切れという事らしいが。
もしかしたらというか確実に、さっきから最終的に動物に例えていたのは彼女のせいであった。
茶色とは形容しがたい、日本人とは思えないアンバー色の瞳。
瞼は目をこすったせいか赤みがかっている。
少し癖のある、ウェーブがかった髪の毛は瞳の色と同じアンバー色で、顎の少し下あたりで切りそろえられ、耳はしっかり隠れていた。
・・・・耳があるのかは分からない。
この高校は染髪が禁止されている。
という事はハーフ?
そう思ってみれば良い具合に彫の深い顔にも頷ける。
小さな顔に小さな鼻。
比較的幼稚な体躯は同級生ながら僕に父性を発生させる。
・・・・・・・・ここまでは普通の可愛い女の子の特徴。
ここからが彼女が稀有であるという証明になる。
といってもさっきから猫って言ってるんだから、なんとなく予想できると思うんだけど、この際だからはっきりとしておく。
アンバー色の髪に2つの山、ではなく耳。
その耳は、髪と同じくアンバー色の毛で覆われた3角形の猫耳。
それは時折ピクンと動く。
そして腰のあたりから生えた同じくアンバー色の尻尾。
それも時折くねくね動く。
もちろんそれは、月を見て大猿になる、スーパー野菜人の証拠なんかではない。
この町でも、地元でもよく見る猫の尻尾そのものだ。
初めは最近のトレンドなのかと思った。
原宿系?裏原系?みたいな?
しかし、それにしては地味だった。
そう、猫耳猫尻尾が負けていた。
なら、この町特有のトレンド?
現に僕が住まわせていただいている家には、グレイマンの着ぐるみを平気で堂々と外に着ていく奴がいた。
しかし・・・・それに比べれば原宿系同様パンチに欠ける。
グレイマンがなろうとしている者はこの世で発見されていない未確認生物。
彼女がなろうとしているのはその辺にいる愛玩動物。
グレイマンは全身。彼女は部分的。
その証拠に着ぐるみはおろか、全身にアンバー色の毛を植毛しているわけでもない。
それにひげもなかった。
なら・・・・・・・・まぁいいか。
ファッションは人それぞれ。自己表現の一種なのだから。
誰かがつべこべ言うのは無粋というものだ。
と自分を納得させる。
がグレイマンだけは何故か許容できなかった。
太陽は地平線の彼方へと帰ろうとしている。
次は他の国の恵みになる。
畑の野菜に栄養を与え、人々の心に色を与える。
太陽の働きっぷりに比べれば、どんな商売も阿漕に感じてしまう。
どこまでもグローバルで、どんな人にも平等に恵みを与える。
犯罪者にも、偽善者にも、馬鹿にも、クズにも朝日は等しくその目に宿る。
・・・・まぁ6月はサボり気味だけど。
あたりを見回す。
もちろんこんな時間まで教室に残る優等生はいない。
まるでスケープゴートにあったかのようだ。
まぁ、隣には依然として猫がいるんだけど。
数時間前は部活生の声がちらほらと聞こえていたんだが、さすがにこんな時間になるまで練習するほどの熱心さはないらしい。
最近は全国的に活動時間を短くするよう言われてるんだっけ?
まぁ・・・・どうでもいいんだけど。
ではなぜ僕が今ここにいるのか。
勿論、僕は優等生ではない。かといって不良という訳でもない。
中庸的な存在であるというのはもう周知の事実だろう。
そう、それは昨夜の・・・・・・・・・・・・ってクサッ!
「あのぉー。すいません。失礼なのは分かってるんですがー。そのぉー、お弁当が少しぃー。」
臭いとは言えなかった。(いや、さっき突発的に言った)だから全てをあやふやにし察してもらおうと思ったわけです。
「にゃに?」
「いえ、にゃんでも。」
この方も外側だけでなく中身もなりきるタイプだった。
しかし中途半端で・・・・・・・・・あれ、なんか顔が熱い。
チッ!これだから美少女は。
僕はなんとなしに弁当を覗く。
「って!君!刺身はまずいよ!」
「刺身はうみゃい!」
白い顔を真っ赤に染めてブチギレられた。
今にも僕の顔が爪痕で席巻されるかのように毛を逆立て、爪を立てている。・・・・ように見えた。
彼女の弁当は、僕の片手に収まりきるほどの大きさで木目の目立つ上品な形状。
その中には製作者の脳髄が、春の心地よい温もりに溶かされたと言わんばかりに刺身が盛られていた。
刺身の下の白飯にはおそらく酢が混ぜ込まれ、酢飯となっている。
それは匂いで分かった。
彼女の弁当は・・・・海鮮丼だった。
それは鮮度が命の丼もので、朝作ってから何時間も放置される学校のタイムスケジュールではその鮮度は到底保てない。
さらに、今は春。
夏ではないにしろ、教室は暖かく保冷材では太刀打ちできない。
つまり、僕が嗅いだ彼女の弁当は生魚特有の匂いではなく、生魚が腐った匂いであることは間違いなかった。
しかし・・・・キレ気味の彼女にストレートで腐っているなんて言えば僕の頭上にヒヨコが舞うことなど目に見えている。
だからといって何も言わないのは流石にできない。
目の前で倒れられては今より困った状況になる。
なら・・・・・・・・・・・・・・・・。
「落ち着いて聞くんだ。」
「にゃに?」
「生魚にはとんでもない怪物が潜んでいるんだ。」
「嘘にゃ!タマは朝昼夜必ず刺身を食べる。そんな怪物1度も出会ったことはにゃい!」
語勢が強くなる。
眉が吊り上がり、眉間に皺が寄っている。
だがしかし可愛い。
・・・・落ち着くんだ僕。
僕は、スマホを開き検索エンジンを起動する。
そして・・・・・・・・。
「これがその怪物だ!」
彼女の目の前にある画像を見せる。
「・・・・・・・・にゃんこれ?」
「妖怪アニサキスだ。このサンマはもう死んでいる。」
決まった・・・・だろうか。
胸に7つのくぼみがあるムキムキ男の名言も出したし、いけるはずなんだけど。
「大丈夫か?」
彼女の顔は青ざめていた。
両耳(猫型)は垂れ、尻尾は地面に触れるほどに落ち込んでいる。
口はあんぐり開き、牙の様なものが見えた。
・・・・犬歯かな?
「・・・・・・・・にゃいにょうぶ。」
大丈夫ではなさそうだった。
「でも、これサンマじゃん。タマが今から食べるのは鯛。だから・・・・」
「甘い!鯛の脂くらい甘い!」
ビクンと跳ね上がった。
「妖怪アニサキスはだな・・・・・・・・何時間も放置された生魚に寄生し、口内に入れば最後、内臓を食い散らかし、繁殖を繰り返し、その後は穴という穴からぞわっと出てくる。その刺身は、その鯛はこの時間まで放置されていた。つまり・・・・・・・・」
彼女は静かに弁当を閉じた。
そして席を立ち、とぼとぼと帰ってしまった。
良かった。何とか説得できたみたいだ。
さて、僕も帰るか。
この反省文を提出して。
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