第8話神様って何?オイシイノ?

 未知は未知のままに。

 これは僕の掲げる大いなるポリシーである。

 もっと砕けて言えば、知らないことは『ヘェーソウナンダァー』で済ませるという事。

 好奇心のない、没個性で探求心もないつまらない奴だと思われるかもしれない。

 いや、思われるだろう。

 しかし、この国には知らぬが仏という言葉もある。

 昔の人にも僕と同じ考えの人がいたのかもしれない。

 ゴホン。


 未知は未知のままに。

 例えば星。

 夜空に広がる無数の光の結晶。

 闇を照らす光。

 夕方に初めて見える星は一番星と、目視できれば少し幸せになる。

 星と星が繋がり、それらが形を成すことで星座になる。

 一等星や、星座を作る星などが川のように見える天の川は、ロマンチックな伝説が作られるほどに見目麗しい。

 さらには度々歌の歌詞などにも使われる。

 そんなスピリチュアルな星だが、それは星を星として認識し、それ以上深追いしないからこそ得られる感動だと思う。

 何が言いたいか。

 星というのは深追いすればロマンチックで見目麗しいような物として見れなくなるという事。

 つまり・・・・あれ。

 星っていうのは宇宙の塵。恒星の死体という説すらもある。

 宇宙の残滓そのもの。

 人に言い換えれば・・・・・・・・・・・・・・・・そう、うんこ。

 僕たちはうんこの下で、うんこを見て女の子に告白したり、うんこを見てキスをしたり、うんこを見てハグをしたり・・・・・・・・。

 そんな青春の、一世一代の勝負を、初めてのホニャララをうんこの下でしている。

 うんこだよ!

 基本的には見下しているうんこに宇宙の彼方から見下される。

 渦巻の先っぽを見るんじゃなくて、底面の便器にへばりつく側を毎晩見ている。

 実際巻きグソなんて物存在しないんだけど。

 大げさに言えばそういう事。

 人々は毎晩、うんこの、うんこによる、うんこのためのロマンチックを送っている。

 どう?

 嫌でしょ!

 ・・・・・・・・・あれ?なんの話してたっけ?

 まぁ・・・・。

 つまり僕は星を星として観察することで、大きな感動を得ているという事。

 未知は未知のままに党のミッキーこと渡辺幹人に清き1票を!



 「バァァァァン!」

 建付けの悪い錆びついた古いドアを叩き開ける。

 その効果音はこのドアから出た音ではなく、隣の半グレイマンの口から出る効果音。

 代弁しているのだろうか。

 お前の人生の代弁者にはなりたくないなぁ。

 ちなみにドアを開けたのは僕。

 1度はドアに挑戦した半グレイマンだったが、結果は虚しく敗退。

 ドアという歩哨に敵わなかった。

 ただドアを開けようとしただけなのに、肩で息をしている。

 いつもの仏頂面の眉間にしわが寄っている気がした。

 ならあの効果音はあいつなりのドアへの叱咤?

 もしそうならあいつは完敗だ。

 

 ドアを開けたその刹那、ブワっと風が吹き荒れる。

 それはまるで、極限まで我慢した波が津波としてダムを乗り越えた時のようで軽く震撼した。

 髪が乱れ、鼻に埃っぽい匂いが充満する。

 僕は思わず、隣を見た。

 いくら強いとはいえ、この程度の風で人間が飛ばされるはずないと分かってはいたが。

 それに伴い、侵略者であるうちゅうじん基グレイマン基半グレイマンが飛ばされるはずないとは分かっていたが。

 「大丈夫か?」

 声をかけ、半グレイマンに視線を向ける。

 目が合った。

 この場所はあの粗いコンクリートより高く、星の光も月の光も強く・・・・。

 そのまん丸い青い瞳も、くっきりとした、それでいて幼げに見える少し垂れた目尻も、熟した果実のように赤く紅色に染まった頬も、健康的な色の小さな唇も、風になびく水灰色の髪も、今はくっきりと見える。

 心がチクっとした。

 夏の陽炎のように揺らめく。

 頬が弛緩し、熱くなる。

 数時間ぶりにはっきりと見たあいつの顔は体に悪かった。

 半グレイマンはなびく髪を手で押さえ、その小さな口を開く。

 「だいじょう・・・・び?」

 「なんでお前は時々僕に尋ねるんだ。」

 ?を首を傾げることで表現する。

 こいつは僕の心の弱い部分に平気で闖入してくる。

 そういうところを諫めようとしても、僕の心が揺らいでることを言葉にすることは癪なので何も言えない。

 諫める?僕はいつからこいつより目下になったんだ?

 閑話休題。


 緑のゴムのような素材で出来た床。

 ガスやらなにやらのパイプがひしめき合う足元は非常に危険。

 細く、目視しづらいわけでは断じてないが、夜の闇の中ではかなり厄介だった。

 塗装が剥げ、剥き出しになった欄干に命を委ねるのはかなり怖かったが仕方ない。

 それがここでのあたりまえ。

 嚥下し、辟易することしか出来ないのが15歳。

 紺碧の空はさっきまでより近づき、手を伸ばせば・・・・・・・・・。

 届きはしない。でも、あちらが少しでも手を伸ばせばもしかしたら届くかもしれない。

 しかし、宇宙そらは歩み寄ってくれない。

 こちらから歩を進めないと何も始まらない。

 「なんとなくね。まぁここかなってのは分かってたよ。」

 「ここなら宇宙を独占できる。」

 「・・・・・・・・」


 場所は屋上。

 風が強く、埃っぽい。

 おそらく普段は使われていない。

 ドアの建付けが悪かったのもそのせいだろう。

 なら、なんで鍵が開いてたのか?

 ・・・・・・・・野暮な事聞くなよ。

 あれでしょ。腐ってた。

 だから鍵が機能してなかった。

 それでいいでしょ。

 辻褄は合ってる・・・・はず。

 「それで、何しに来たの?」

 「何度も言わせるな。『シンリャクカツドウホシノブ』だ。」

 「まて。若干変わってないか?お前思いつきで話してるだろ。」

 小首を傾げる。

 頬を引っ張った。

 「ひょれはやらひゃいよ。」

 さすが亜流のうちゅうじん。

 どれだけいっても奇を衒うただの一般人。

 ムズカシイヨネジンセイッテ。

 こんな思い出も時間が経てばセピア色に加工された思い出になるなのかね。

 「で?星を見るって、双眼鏡とかあるのか?」 

 「ない。でもワレワレには双眼がある。鏡は無くとも。」

 「ウマイコトイエテヨカッタネ。」

 さっきまで引っ張っていた頬がムッフゥーと鼻息と共に膨れる。

 よほど気に入ったのだろう。

 「まぁいいや。でも僕、星の事あんまり知らないんだよなぁ。」

 「任せろ。」

 半グレイマンがその平らな胸を自慢気に叩く。

 ポヨンとかフニンとかそんな柔らかいオノマトペは似合わず、ドンとかカッとかまるで人間の言葉を話す太鼓の様だった。

 「痛っ!」

 「不愉快。」



 「あれとあれとあれで夏の大三角。」

 「今、春だけどな。」

 「・・・・あれこいぬ座。」

 「分かるよ。あれ、無理があるよな。」

 結論。この女は星について何も知らなかった。

 やはり虚仮威しなその見た目。

 宇宙の事ならお見通しという訳ではないみたい。

 半グレイマンのレゾンデトールは宇宙の布教ではなく、あくまで侵略なのだと改めて実感。

 まぁ、その本業も成果が出てない気がするんだけど。

 「どうしたんだ?」

 ポケットをまさぐる半グレイマン。

 ・・・・その着ぐるみ、ポケットついてたんだ。

 ならあの英会話本もここに入れてたのか。

 なんて機能的なんだ。

 そして、この時をもって『シンリャクカツドウホシノブ』は終結したらしい。

 半グレイマンの視線の先は自分の手にのる物に向けられていた。

 「これを見ろ。これは八尺瓊勾玉やさかにのまがたま。宇宙から生まれた神聖な物。」

 その手に星と月の光を反射する、手のひらサイズのガラス玉があった。

 水晶玉を小さくしたような、しかしこれは人の運勢を占うなど胡散臭い商売ができるほどに禍々しさは無く、見慣れた玉だった。

 「それ、ビー玉でしょ。なに?宇宙ではビー玉すらもそんな誇張された呼び方するんだ。宇宙の魑魅魍魎も可愛いもんだ。それにしても、宇宙にも神っているんだね。」

 「神などいない。もし仮にワレワレを作りし者をお前たちは神と形容するなら、それはワレワレにとって宇宙だ。理はブラックホールによって始まり、ビッグバンを起こす。・・・・・・・・・・・・・・・・もし本当に神様がいたら私は理性を保てそうにない。」

 語気が強くなり、肩が上がっている。

 いつもの何考えてるか分からない仏頂面の眉間に明確な皺が寄る。

 どうやら心のクレーターに触れてしまったようだ。

 神様、どうか時間を巻き戻してっ!

 ・・・・・・・・・・・・僕も知っている。

 この世に、少なくとも地球に神様はいない。


 埃っぽく、危険な、しかし少しのロマンチック的な残滓を振りまく屋上におさらばし、いつもの日常へ帰るべく階段を下りる。

 少しのスパイスは人の心を揺さぶり、事が終わると強くなった気になる。

 それは凡人代表の僕も同じで。

 僕の心は弛緩していた。

 「なんだかんだ言ったが、まぁまぁ楽しかったよ。」

 「あたりまえ。」

 ちなみに半グレイマンの機嫌は何とかなった。

 何が解決したか?

 『時』という名のご都合主義。

 特に僕が何かしたという訳ではない。

 というか何もできなかった。

 ただ呆然と広大な空と無数の星を眺めていた。

 人非人と思われるだろうか。

 しかし、『時』の奔流は時に好転することだってある。

 今回はそうだったという事。

 「ねぇ。」

 「なんだ?」

 せっかく振り返りに入って締めようとしてたのに。

 こいつに空気は読めないらしい。

 「学校・・・・・・・・楽しい?」

 小脇に着ぐるみの頭を抱える半グレイマンが覗き込むように、だが相変わらず何を考えているか分からない無表情で話す。

 しかし、暗闇の中で微かに光る瞳は何かを期待しているかのように光っていた。

 だが・・・・・・・・その質問にはかなり答えにくかった。

 なんせまだ1度しか行ってない。

 まぁ、これからの期待値をこめればいいか。

 「ぼちぼちかな。」

 「そう。」

 「お前は行かないのか?自称15歳なんだろ?僕には政治家の公約くらい信じられないけど。」

 「私は行かない。だって・・・・・・・・」

 「君たち!何をしてるんだ!」

 突如、僕の目の前が光に包まれた。

 あの落雷の光よりは弱く、されどコンビニの高ルクスの光よりははるかに強く。

 反射的に顔の前に手を持っていく。

 その刹那、隣の半グレイマンがグレイマンに変身し、僕の傍から消えた。

 シュールな光景だった。

 着ぐるみを着たロリ娘がリノリウムの道を全力疾走している。

 脇目も振らず。

 「っと。やべぇ。」

 そして僕も続いた。

 いままで牛歩していたリノリウムの道が陸上のレーンに見えるくらい全力疾走で。

 その後ろを叫びながらKevinならぬ警備員が追う。

 手に持つ懐中電灯の光が上下左右に揺れながら。

 「おい!バカうちゅうじん!何か落としたぞ!」

 僕は何かを拾い、そして・・・・・・・・。



 天網恢恢疎にして漏らさず。

 悪事からは結局逃げられない。

 油断禁物。

 そんな当たり前のことを忘れていた。

 僕は警備員に捕まってしまった。

 上下左右に揺れていた光は顔を上げると眼前に迫っていた。

 不覚。

 僕の手には焦りによって生まれた脂汗と、『うちゅうじんでも出来る英会話』だけだった。

 「もう1人の子は?」

 「ニホンゴワカリマセン。」

 「英語でもいいよ。」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「ちょっと君!」

 「%$#@**&%$#@*%$3#」

 別室に連れていかれた。

 グレイマンの真似事は大人には通用しないらしい。

 1つ学んだことは、グレイマンという生き物が怜立狡猾だという事。

 ゴホン。

 エマージェンシー!


 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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