第7話布団の誘惑にはどうしても抗えない。ダレカタスケテェー

 夜の風を少々よろめきながらも切る。

 鼻に抜ける香りは相変わらず土臭く、爽やかな青春の香りとは程遠かった。

 セイシュンノカオリ?なんだそれ。

 嗅いだことが無い。

 この夜道を照らすのは、月と星と、自転車のライトだけ。

 淡く、儚い3つの光では夜の闇を打ち消すには不十分で、運転はおぼつかない。

 ましてや後ろにはグレイマンが乗車している。

 2人乗りは経験値不足だ。

 これを合わせて2回目。

 しかも今回はグレイマン。

 宇宙人と自転車でダンデムするのは、かの有名な指同士を合わせるあの映画以来ではないだろうか。

 閑話休題。

 

 現在向かっているのは僕の通う学校。

 あらかじめ言った通り、今日の『シンリャクカツドウヨルノブ』は自転車の試乗も兼ねている。

 そして僕が自転車を使う場面となると・・・・今は学校への登校のみと限定されていた。

 今は・・・・ね!

 無論、これから開拓する予定。

 という事で、今日の目的地は勝手ながら学校とさせていただいた。

 そもそも星なんて、ここらならどこだって見える。

 バスの窓でも、家の窓からでも、トイレの窓からでも。

 窓。英語にするならウィンドウ。

 しかし、グレイマンには見えないらしい。

 嘘が下手な奴だ。

 「車掌。どこへ向かっている?」

 背中を柔らかい着ぐるみの手でトントンと叩かれる。

 森閑したこの町で、唐突なことに少し体がビクッとなったものの、立て直す。

 この静けさと、闇が僕の心を無意識のうちに不安という強大な力で席巻していたの

だろうか。

 魑魅魍魎の類に恐怖する年はとうの昔に置いてきたつもりだったんだが。

 「誰が車掌だ。お前に運賃3千円が払えるのか?」

 「・・・・・・・・100円までなら。」

 「駄菓子屋か!」

 むぅぅぅと不満げな声を漏らす。

 何度でも言うがこの町なら星はどこでだって見える。

 竹林からでも、バス停からでも、少し離れた駅からでも。

 空気が澄んでいて、都会のように灰が固まったような汚染ガスが放たれてもいない。

 だからこそ、この町から見える広大な空には数多の星が見えた。

 それに・・・・うちゅうじん基グレイマンに星の何が分かるのだろう。

 僕にだってなにも分からない。

 感動したことだってないんだから。




 ブレーキの効きは悪く、思い通りの場所には止まれなかった。

 と言っても誤差の範疇だけど。

 鼻に抜ける土臭さに、ゴムが焼け焦げたにおいが混じる。

 でこぼこのコンクリートはお尻には良くないらしい。

 サドルに響く振動がもろに攻撃を仕掛ける。

 星4で攻撃力1850の逸材。

 即デッキ入りだろう。

 ゴホン。何言ってんだ。

 夜の学校は遊園地のお化け屋敷をゆうに超える畏怖を感じる。

 肌に触れる空気が微かに変わった気がする。

 十分な光のある時間に見る学校とは雲泥の差。

 少し肌寒いとは言え、長袖長ズボンを着用しているのに、鳥肌が立つ。

 無意識に夜の学校に慄いている。

 僕はその恐怖を隠すように、キックスタンドを強く下げ、自転車を停めた。

 「これが、幹人の学校?」

 「え、あ、おう。まぁな。」

 初めて名前で呼ばれたことにたじろぐ。

 僕は君の名前を知らないのに。

 「それで、僕のしたいことはこれにて完了だけど。お前はどうするんだ?」

 「もちろん、侵略活動。」

 腰に手を当て、ふふんと鼻息を鳴らす。

 背丈と見てくれに似合わないその傲岸不遜な態度は、でこぼこのコンクリートを心もとない光で東奔西走した僕の怒りを大いに買った。

 しかし我慢だ。

 今こいつを置いて行けば、僕の実家での居場所はない。

 「そうか。なら僕はここで待ってるから。お前は『シンリャクカツドウヨルノブ』が終わったら戻ってきてくれ。」

 シッシっと手でグレイマンを払いのける。

 「ナニヲイッテイル?」

 グレイマンはその重そうな頭を傾げる。

 首の隙間から、水灰色の髪がちらりと見えた。

 そこから残滓が・・・・汗が滴り落ちた。

 暑いなら脱げよ。

 その言葉を放とうとした刹那、快哉を叫ぶかの如く跳梁跋扈なグレイマンの左手がが勢いよく掲げられた。

 そして・・・・。

 「ヒダリウデノコノシルシガナカマノアカシダ。」

 「今度は海賊気取りか。」

 僕にも、グレイマンにも左腕にバツ印は無かった。

 しかし、僕たちの周りは不思議と砂漠の王国になった気がする・・・・。

 まぁ、髪の色だけは少々似ている気がするし。

 今回も許してやってください。




 紆余曲折あり、結局『シンリャクカツドウヨルノブ』に参加することになった。

 「それじゃあ・・・・行く?」

 「行くんだろ。何で疑問形なんだよ。」

 強く言い過ぎただろうか。

 ううっと唸り俯いてしまった。

 ちなみに今、この場所にグレイマンはいない。

 人面グレイマンならいるが。

 汗と、湿気によって少し湿った水灰色の髪が重力の力によって垂れ下がる。

 夜の闇によっていつもの美少女面は拝めないものの、今はそれでいいと思う。

 夜の学校に美少女と2人きり・・・・。

 聞こえはいいものの時期尚早。

 僕の青春がこんなところで、こんな奴と解決してしまう気がするから。

 未知のモヤが僕の心を攪拌する。

 明日からの学校生活をアグレッシブにするためには禁欲が大切。

 ・・・・まぁ下半身を見ればそんな心配も宇宙の彼方へ吹き飛ぶんだけど。

 だって、首から下はグレイマンだもん。

 「それで、これからどこ行くんだ?必要なら自転車漕いでやるけど。」

 「その必要はない。今日はここで行う。太陽の位置、月の方角、緯度経度・・・・・・・・。とにかく、悠久の時を彷徨う宇宙を侵略するには十分だ。」

 「あっそ。」

 適当に返事をする。

 こいつとの精神的な距離をさらにとり、帳をかける。

 やはりうちゅうじんとはチャネリング不可能。

 「もっと興味持つ?」

 そう言って服の袖を引っ張られる。

 上目遣いで、困り顔な美少女がそこに居た。

 普段ならサムズアップ。

 しかしこいつが相手では・・・・素直にそれが出来ない。

 少しでもときめいた自分を筐体に閉じ込め洗脳したい。

 頭の中が錯綜し、それを無理やり雲散霧消しようと必死になる。

 が、処理が追い付かない。

 上目遣いに、困り顔、さらには美少女という豪華絢爛な並びに壮健な思春期男子はたじろぐことしか出来なかった。

 「やっぱりおかしゃんすごい。おかしゃんの言った通り幹人の顔が赤くなった・・・・・・・・いひゃい。」

 おねさんめ。しょうもない事ばかりこいつに教えやがって。

 グレイマンの脳内がおねさんのしょうもない入れ知恵に侵略される日はそう遠くないのかもしれない。

 「ひゃいぼうがぁぁ。おひゃだのひゃいぼうがぶんれつひゅるぅぅ。」

 「こんな夜中に女の子がお肌を出してちゃいけません!」

 僕はグレイちゃんをグレイマンへと昇華させた。

 昇華?

 いやいや。それはないか。

 凝華させてしまった。

 着ぐるみ(頭)をかぶせて。

 「幹人がさっき取ったのに。」

 不満げな顔をして脱ぎ捨てられた。

 ・・・・僕が脱がそうとしたときはものすごく抵抗したくせに。

 「ここで侵略活動って一体何するんだ?普段のお前の活動すら知らないから見当もつかん。」

 「だいじょうび!偶然にもあんな所に良いスポットがある。僥倖。」

 そう言って指差すグレイマンの先には・・・・・・・・。

 「が・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「学校は駄目だからな。」

 「学校!・・・・次は『う』だよ。」

 「うん。今日は帰るか。雨も降りそうだし。」

 「負け。」

 ・・・・・・・・とりあえず頬を引っ張った。

 雨など降るはずもない。

 なんせ今日は快晴だった。

 そして、今の空は一面の紺碧と集合体恐怖症ならうっとなるほどの星。

 爽やかな風が吹き、木々が揺れ踊る。

 絶好の『シンリャクカツドウ』日和?だ。

 「でも・・・・学校はまずいんじゃないか?この時間ならまだ警備員もいるし。」

 「安心する。わたしの姿は人にしか見えない。」

 「お前は妖精か何かか?」

 ふんすと鼻息混じりにとんでも発言をする半グレイマンはさておき、どうしようか。

 おそらく数人の警備員が学校を徘徊している。

 そして、僕はいまいち学校の内情を理解していない。当たり前だ。

 正直リスクしかない。

 もし見つかってしまえば、本格的に学校が始まる前に先生に目をつけられる。

 それだけはなんとしても避けたい。

 ・・・・・・・・だけど。

 「わたしの力を貸してやる。」

 肩をトンとされる。

 背伸びをして窮屈そうに。

 しかし相好は崩れることなく、いつも通りの無表情。

 怖いよ。心の声と会話されたことに次いで。

 おねさんと血のつながりは無いんだよね!

 「具体的にどうするんだ?」

 「これ、貸してあげる。」

 そう言って分厚めの本を渡される。

 僕は闇の中、少しの光を頼りに目をこらす。

 「うちゅうじんでも出来る英会話?」

 「これでなんとかなる?」

 「・・・・・・・・Kevinじゃねぇよ!警備員だよ!これじゃ何の解決にもならん!」

 「贅沢者め。」

 

 

 

 不気味な冷気が漂う。

 土臭い香りから一変、木造建築独特の香りと埃っぽい匂いに鼻を席巻される。

 ここでも変わらず月と星の微弱な明かりを頼りに、しかし今度は粗いコンクリートの道ではなくリノリウムの道を歩く。

 森閑したこの広い校舎に僕と半グレイマンの足音だけがこだまする。

 耳が普段より神経質になっている気がした。

 明鏡止水をどれだけ意識しても、心臓の激しいピストンは止まらない。

 ナンバ歩きする自分の体を律するのが精一杯だった。

 「結局来た。」

 「うるせぇ。ようせいはようせいでも、お前は空を飛べないだもんな。早く、そのロリな体躯から脱却するんだな。」

 「・・・・・・・・置いて行くよ?」

 「冗談ですやん!妖精さぁん。」

 憤慨した気持ちを吐き捨てるように強い鼻息を鳴らし、テクテクと僕の隣を歩いてくれる。

 歩幅が短く、歩数の多いその小さい足で。

 上下関係は、意外と体の大きさに比例しないらしい。

 その環境によって左右される。

 ・・・・・・・・・・・・はいはい。そうですよ。

 ついてきましたよ。結局。

 まぁ、そもそも1度参加するって言ったしぃー。

 自分に嘘つかないって決めたしぃー。

 ・・・・べ、別に、ちょっと楽しそうとか「思ってないんだからねっ!」

 「・・・・うるさい。」

 「はい。」




 僕たちは1階、2階、3階と階段をどんどんと登って行った。

 段差に恐れながら、半グレイマンとダンデムならぬ列車ごっこで。

 僕の方が頑健な見てくれをしているのは自他ともに重々承知しているが。

 心の頑健さはそうでもないらしく。

 それはまるで、僕たちの住む家の隣にある倉庫の様だった。

 ちらちらと半グレイマンの顔色を窺ってもその仏頂面は変わらず。

 しかし、長時間は見れない。

 色んな意味で怖かった。

 僕自身の何かが変わりそうで。

 それはおねさんの宇宙が近づいたあの時に感じた物にも似ていた。

 「なぁ。どこに向かってるんだ?」

 「まだ内緒。」

 「そうか。」

 今は何とかKevinならぬ警備員には見つかっていない。

 窓から別校舎を見ると、時々光が見えた。

 おそらくそれが警備員なんだろう。

 蛍にしてはその光量は異次元で。

 奇行種と偽っても誰も信じてくれないレベルだった。

 ・・・・それにしてもこの半グレイマンは器用なものだ。

 この暗闇で、内情の分からない学校をテクテクと迷いのない1歩を繰り返す。

 それに1つの焦りも感じられず、鷹揚としていた。

 警備員にも見つからないどころか、余裕をもって別校舎から「あぁ、あそこにいるの警備員だぁー。」とバカ面を下げて見ることが出来ている。

 ・・・・・・・・まるで誰にも見つからないルートを事前に知っていたような。

 そして通い慣れたかのような鷹揚な態度。

 海千山千。

 この言葉が脳裏に浮かぶ。

 未知は未知のままに。

 これが僕のポリシー。強い信念で心臓に刻み付けている。

 しかし、ごく稀に強い好奇心や正義感で仕方なくなかったことにする。

 そんなご都合主義的な解釈を自分で無理やり言い訳を作り、実行することがある。

 今がその時だったようだ。

 そして、今宵は正義感で。

 「なぁ・・・・。ここに来るのって今回が初めてなのか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「おーーい。」

 「%$#@**&%$#@*%$3#」

 「急に奇声あげてんじゃねぇよ!お前のうちゅうじん要素は外見だけだろ。今更、後付けの設定付け足してんじゃねぇよ!」

 「ワタシニホンゴワカリマセェン。」

 「英語でもいいぞ。」

 「・・・・・・・・置いて行く。」

 「だから、嘘ですやん。冗談。イッツジョーク!マイケルジョーダン!ジョーダンヘンダーソン!そんなカリカリしてるとすぐに老いていくよっ!」

 ・・・・・・・・歩くスピードが速くなった。

 

 

 

 

 

 

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