第932話 犬神以上

 えくすとりーむカルタ対決の最後は、村田麻呂がメイに放り投げられる形になった。


「うむ! 見事なカルタの腕でおじゃるな!」

「何か話し始めたわ!」

「私たちも外に出ましょう!」

「は、はひっ!」


 しかし建物の外へ飛び出す形になるのは想定外。

 そのまま庭で話し始めたため、レンたちは駆け足で外に出る。


「そちら! 気に入ったぞ!」


 茂みの中で、構わず話す村田麻呂。


「まさにカルタ界の新星でおじゃるな! ……これでヤツが元気じゃったら、さっそく紹介したかったのじゃがな……」

「ヤツとは誰のことじゃ?」


 肩を落とす村田麻呂に、たまちゃんが問いかける。


「明光天皇じゃ。ヤツとは旧知の中での。今もカルタで遊ぶのじゃが……今は病に臥せているのでおじゃる」

「なるほど……それならぬしが診てはどうじゃ? 不調が呪術の類という可能性もあるじゃろう」


 そう言ってたまちゃんが葛葉に告げると、村田麻呂も納得したようだ。


「そちは陰陽師か。明光様はこの先、北西殿で床に伏しておる……ぜひとも見てやって欲しいぞよ。まだ若いのに帝という重責を背負わされ、それでもがんばっておるのじゃ」


 そう言って女中を一人呼び、先んじて話を通しておくよう伝言。


「女中さんが裸足のまま茂みに突っ込んで行ったのは、ちょっとシュールでしたね」

「あはは、本当だね」

「でも天皇が関わってくるとなると、大きな展開につながったのは間違いなさそうだわ」


 メイたちはそのまま北西殿へ進む。

 女中が襖を開けると、そこは畳敷きの大部屋。

 落ち着きと豪華さを兼ねた調度品と共に、医療のための道具などが並んでいる。

 そして布団には、一人の少女が伏していた。

 あげるうめき声から、その容体が切羽詰まっていることが分かる。


「レンちゃん、この子……!」

「間違いないと思うわ。嵐山郷温泉で出会った子ね」


 伏していたのは、ご褒美の特別風呂で会った13歳ほどの少女だった。

 凛々しい目と眉の少女が、今は苦しそうに呼吸を荒げている。


「どうじゃ?」


 たまちゃんが問うと、陰陽師は明光の様子を確認。


「瘴気にやられている感じですな。一刻を争う状態と言えますぞ」

「冥界が開かれた際に、流し込んだのじゃろうな」

「た、助けられるのでしょうか……」

「私が瘴気を払いますぞ。その間に薬を作って飲ませることができれば。かなり楽になるはずですな」


 そう言って陰陽師は、女中を呼びつける。


「薬師は?」

「それが今、不在でございまして」

「では、薬材は?」

「薬材や道具はあるのですが、先日こぼしてしまいまして……」

「なるほど。必要な丸薬と使わない丸薬が、混ざってしまったというわけですな……」


 女中がツボを傾けると、500個ほどの丸薬がこぼれ出す。


「必要なのは丸薬を分けること。そして製薬。私が瘴気を払いますので、製薬を頼めますかな?」

「丸薬は内訳は、山椒、桂皮、大黄、胡椒、人参、唐キビ、芍薬です」

「なるほど。では山椒、桂皮、人参だけ33個ずつ見つけていただけますかな?」

「どうやって……?」


 メイが首と尻尾を傾げる。

 丸薬の見た目は、どれも変わらない。


「犬神なら薬の材料を鼻で分けることができますぞ。ですがそれだけでは間に合わないかもしれません。皆さんにも味と匂いで判別を頼みたいところですな」

「こちらが、山椒、桂皮、人参の丸薬です」


 そう言って女中は、いくつかの『参考丸薬』をメイたちの前に置いた。


「次は製薬のクエスト。でも五感を使うことを求めてくるのは、めずらしいわ」

「……しかも匂いが結構薄いです。判別はそう簡単ではなさそうですね」

「ぜ、全部苦いです……味でもそれなりに苦労しそうかも……」


 味覚と嗅覚で丸薬を判別、そしてそれをすり潰して製薬するというめずらしいクエスト。

 どうやら、そう簡単ではないようだ。


「でも、そういうことなら……!」


 自然と向けられる視線に、メイは敬礼ポーズで答える。


「りょうかいですっ」


 香りがヒントになるのであれば、メイが活きる。


「犬神が先行してくれますぞ。皆さんは最低限を判別していただければ十分ですな」


 そして引かれる『達成』のボーダーライン。

 陰陽師は深呼吸を一つ、人差し指と中指を伸ばした印を結ぶ。


「いきますぞ! 悪しき風を払いたまえ――――急急如律令!」


 明光を囲むように、光が五芒星を描く。

 するとその身体から黒い煙が噴き出し、霧のように消えていく。


「わたしたちも始めましょうっ!」


 犬神は女中が並べた『混ざりもの丸薬』を順番に嗅ぎ、必要ない物なら弾くという形で選別。

 メイも丸薬を手に取る形ではなく、なぜか鼻の方を近づける形で【嗅覚向上】を使った選別を開始。


「これは違う……これも違う……あっ、これは山椒だ!」


 香りづけは薄く、普通にやったのではダブルチェックを入れた方がいいくらいの難易度。

 しかし感度の高いメイには、違いが明確に分かる。


「違う、違う、これも違う。これは……桂皮! これは山椒、これは……人参ですっ!」

「良いペースですね」

「はひっ、犬神さんもがんばっていますし、良い感じです」

「これは違う、これは人参、これは桂皮、山椒、違う、違う、人参、違う」


 慣れてきたメイは、さらに『鼻すんすん』ペースを上げる。

 一度必要な香りを覚えてしまえば、あとはもう作業も同然だ。しかし。


「桂皮、桂皮、山椒、違う、違う、人参、山椒、桂皮、違う、人参、人参! ……あ、あれ?」


 気が付けば、犬神よりメイの方が嗅覚での判別が早くなっていた。


「う、うわー! 犬神ちゃん! もっと早くお願いしますっ!」

「メイさん、大丈夫です! このペースなら間に合います!」

「はひっ、間違いなくいけるはず……っ!」


 ツバメとまもりは、そのペースを見て声援を送る。

 しかしメイ、大きく首を振る。


「犬神ちゃんより匂いの判別が早いとか、いくらなんでも野性味が強すぎるよーっ!」

「「…………」」

「鼻が利きすぎるのは、困りますー!」

「鼻が利きすぎて困るというのは、初めて聞きました」


 とはいえ、明光天皇の命がかかっている状況。

 メイは手を抜くことができない。


「わー! これは違うんですー!」


 もう鼻を近づけなくても、手に取って「すん」の時点でそれが何か分かってしまう。

 メイは「違いますー!」と、謎の否定を繰り返しながら次々判別。

 こうして必要だった99個の丸薬の振り分けは、なんと60個をメイが担当する形になった。


「多分これ、そこそこ時間に追われた形で製薬に入る想定だったんでしょうね」


 レンは受け取った丸薬をすりこぎで潰して粉にすると、ツボに入れて煮始める。


「慌てていたら丸薬を落としたり、数を間違えたりしそう。それに一定時間火にかける形じゃなくて『どれだけの熱』を与えたかで作成するシステムも、時間ギリギリのプレイヤーが火力を強めて失敗するのを誘発するためね」


 このクエストは本来、時間との勝負になる。

 しかしメイの選別がとにかく早かったため、ツボに入れる水などの量は再確認が可能、火力も無理のないもので良し。

 そうなればレンが、火力を誤ることなどない。


「メイのおかげでミスのしようがなかったわね。はい、完成」


 あっさりできあがった薬。

 これを女中が飲ませると、瘴気の抜けた明光天皇はゆっくりとその目を開く。


「やったー!」


 余裕のクエストクリアを見せたメイ。

 これにはたまちゃんも「見事じゃ!」と、満足そうにうなずいた。

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