第795話 迷子

 甲冑にマントという姿の上級兵長が二人と、その配下合わせて十数人。

 前後を囲まれてしまった迷子の少女は、さすがに困窮してしまう。


「こ、困りました」


 付近を見渡してもプレイヤーの姿はなく、完全な窮地だ。


「侵入者め、ここで成敗してくれる!」


 上級兵長が剣を掲げ、そのまま迷子少女に向ける。


「かかれ――――」

「【アサシンピアス】」

「ぐっ……!?」


 兵たちを指揮していた重装の上級兵長に【致命の葬刃】が突き刺さり、一撃必殺。


「すみません、余計でしたでしょうか」


 姿を現したツバメに、メイド服の迷子少女は驚きふためく。


「ツバメさんっ! 助かりますっ!」

「ではこのまま兵士の片付けを、お手伝いさせていただきます」

「はいっ!」


 まさかの状況に、うれしそうな笑顔で答える迷子少女。

 いきなりリーダー格の一人を片付けられてしまった残りの兵士たちは、一斉にツバメに向かって襲い掛かる。


「【アクアエッジ】【瞬剣殺】!」


 しかしツバメを取り囲むような形で攻めたのは失敗。

 放つ水刃の乱舞で、一気に6割の兵士を斬り飛ばす。

 崩れる、敵陣の態勢。

 振り返ると迷子少女も、両手に厳ついガントレットで構えを取っていた。

 メイド服にガントレットという格好は、なかなかめずらしい。


「いきますっ! 【スリップ・フット】!」


 駆け込んできた兵士の槍攻撃を、ボクサーのようなフットワークで後方にかわして腕を引く。


「【ジェット・ナックル】!」

「ぐあああああっ!!」


 蒸気のようなエフェクトを放ちながら猛進し、拳を叩きつける。

 すると吹き飛び転がる兵士に、他の兵たちが巻き込まれて転倒した。


「【加速】!」


 ここでツバメは武器を【村雨】に替え、残った兵士の掃討に入る。


「【加速】【回天】!」


 自前の通常ジャンプからでも放てる前方宙返り斬りで、並ぶ兵士3人の真ん中を一撃打倒。


「【旋空】!」


 続く回転斬りで残り二人を斬り倒し、鞘の上下を返す。


「【三日月】!」


 大きな踏み出しと共に放つ、縦の弧を描く抜刀斬りで、駆け込んできていた兵士を斬り下ろす。

 打倒時に決めると頭装備が真っ二つになる演出を見て、ツバメは打倒を確認。


「はっ!」


 一方迷子少女も見事な拳打の攻勢で兵士を圧倒し、魔法を発動。


「【ロックアーム】!」


 金属製のガントレットをつけた岩の腕が地面から大きく伸び、ハルバード持ちの兵士を叩きつけた。

 この隙にバックステップを挟んで距離を取った迷子少女は、再び拳を引く。


「【ジェット・ナックル】!」


 直進拳打で圧倒。

 しかし二刀流の上級兵長が、直進拳打後の隙を狙いにいく。


「っ!」


 振り返れば上級兵長の剣は目前、迷子少女は慌てて防御態勢に入る。


「――――【投擲】」

「ぐああっ!!」


 しかし攻撃が接触する直前に【雷ブレード】が刺さり、上級兵長の動きが止まった。

 渋い補助は、何ともツバメらしい一撃だ。


「追撃はお任せください」

「はいっ!」


 迷子ちゃんは【スリップ・フット】で上級兵長の懐に入り込み、両拳を引く。


「【マシンガン・ブロウ】!」


 放つ爆発的な連打が、火花を上げて上級兵長を打ち付ける。

 猛烈な拳打が終わり、ガントレットが排熱するかのように蒸気を吐き出したところに、駆け込むツバメ。


「【電光石火】」


 斜めに駆けて放つ斬り抜けで、再び上級兵長の体勢を崩した。


「【バスターゲイザー】!」


 砂煙をあげながらの突進、続くド派手なエフェクトのアッパーが上級兵長を打ち上げる。

 こうなれば後は、トドメを打ち込むだけだ。


「【稲妻】」


 雷光を引きながらの斬り上げが、落ちてきた上級兵長を斬り捨て勝負あり。

 倒れた上級兵長はどうにか立ち上がろうとするが、ツバメが【村雨】を振り払い、くるっと一回転して鞘に納めると、そのまま倒れ込んだ。


「ツバメさーん! ありがとうございますっ!」

「いえ、共に無事でよかったです。見事な戦いぶりでした。そしてお久しぶりです」

「はいっ」


 うれしそうに駆け寄ってきた迷子少女とは、久しぶりの会話だ。


「ここへはどうやって?」


 当然の質問をぶつかる。


「それが帝国に遊びにきたら、いつの間にか城内の西区画という場所に入り込んでいて……」

「兵務区画は、普通に歩いて入れるとは思えないのですが……」

「それから建国祭に参加しようとお城に向かっていたら、今度はいつの間にかお城の中に……」

「制服がないと、早々入れないはずなのですが……」


 そう言ってツバメは、メイド服を見つめる。

 もしかすると、メイドとして潜り込む方法もあるのかもしれない。


「これですか? メイさんのメイド服がとても可愛かったのと、メイドの職業自体がメイさんたち始動だったのもあって、錬金術師から転職しちゃいました!」


 そんなツバメの予想はつゆ知らずの迷子少女。

 どうやら『メイド・執事』には、細かな分岐として『護衛用』の戦闘スキルもあるようだ。

 フットワークや拳闘はメイド、そしてガントレットや岩の腕は錬金術師の技なのだろう。


「とてもよく分かります。メイドのメイちゃんは今も広報誌を見返します」

「そうなんですよね! 私も同じページに折り目がついちゃって!」


 そう言って、何度もうなずき合う二人。


「『迷子ちゃん』の呼び名らしく道には迷ってはしまいましたが、ツバメさんに会えたからラッキーでした」

「……迷子ちゃん、ですか?」

「はい、皆さんそう呼びます」

「そうなのですか……」


 掲示板では当たり前の呼び名も、ツバメにとっては新鮮なようだ。


「どうされますか? 一度外に出るのであれば、旧市街へ出る道へお連れすることもできますが……」

「よろしくお願いします……あっ」


 迷子ちゃんは不意に、思い出したように手を打った。


「少しだけ気になるドアがあるのですが、ツバメさんなら何か手がかりを知っていたりするかもしれませんね」

「ドア?」

「右側に見える大きな建物に、大きな錠のついた部屋があるんです。どうしたものかと考えていたら兵士たちに見つかってしまって」

「錠……もしや」


 その大きな錠に合いそうな鍵に、覚えあり。


「それでは、ついて来てください」

「はいっ!」


 ツバメは迷子ちゃんと一緒に走り出す。

 そしてメイたちが待つ場所へ。


「あっ! ツバメちゃんお帰りなさい!」

「どうしたの急に?」

「な、なにかあったんですか?」

「はい、意外な方と出会いました」

「意外な方?」

「こちら、迷子ちゃんさんです」

「「「…………?」」」


 不思議そうにしているメイたち。

 その顔を見て、ツバメも違和感を覚えて振り返る。

 そこに、迷子ちゃんの姿はなかった。


「まさか……この短い距離の間にはぐれたのですか!?」


 消えた少女の姿を見て、ツバメは迷子ちゃんが迷子ちゃんたるワケを思い知るのだった。


「……あの、迷子ちゃんさんのおかげで鍵の使いどころが分かったかもしれません」


 ツバメはそう言って、迷子ちゃんを捜すように視線を動かしながら開かないドアの部屋へ。

 そこに付けられた錠は、予想通り【狼の鍵】で開くことに成功した。

 狼の世話役が使う部屋だろうか。

 そこには、様々な遊び道具が入り乱れて置かれていた。

 そして重ねられた本の天辺に、一冊のスキルブック。



【群れ狩りⅠ】:狼に属する装備品に追加されるスキル。一撃離脱で呼び出すのであれば、召喚獣や従魔を二体同時に召喚することができる。ただし消費MPは2倍になる。



「わあ! すごーいっ!」

「「「…………」」」


 高難易度ミッションの報酬。

 スキルブックに書かれた文字を見て、レンたちは言葉を失う。


「メイの召喚を、二体同時に呼び出すってこと……?」

「【狼耳】に、とんでもない追加スキルが付いてしまいましたね」

「い、いったい、どうなってしまうんでしょうか……っ」


 大型高火力、そんなメイの召喚獣が同時に現れる姿を想像して、三人は軽く震えるのだった。

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