第793話 力戦奮闘

「【三連射】【アイシクルエッジ】!」


 迫る黒少女の氷刃魔法をかわしつつ、レンは建物の方へ。

 氷のイバラ、氷の大樹というめずらしい魔法の連発の間に詰めてきた前衛からも距離を取る。

 広い中庭から、大きな西洋建築が並ぶ区画。

 その一つに駆け込み、放たれた魔法を壁に受けさせる。


「【フレアストライク】!」


 反撃は炎砲弾による範囲攻撃。


「【魔封盾】!」


 しかし魔力攻撃軽減スキルで、前衛がこれを防御。

 広がる炎と煙にも、慌てる様子はない。

 レンは兵長スライムの寄こした約10名ほどの掲示板組が、なかなかの戦い上手だと把握。

 階段を上がって二階へ。

 角を曲がり、もう一度折れて長方形の建物の横辺を駆けていく。

 そして最奥までたどり着いたところで、追ってきた掲示板組に向けて振り返った。


「気を付けろ、この位置だと魔法が圧倒的に有利だぞ!」


 二階の廊下は広くなく、一直線。

 横の逃げ場がなく距離があるという状況は、魔導士にとっては好条件だ。しかし。


「先頭を魔法防御に長けた戦士を置けば、いける!!」


 その目論見を潰すかのように、魔法防御持ちの前衛が先頭に立つ。


「使徒長……帝国を裏切った貴方を、私は許さない」

「かかれぇぇぇぇっ!! 反逆者を討つんだ――――っ!!」


 走り出す掲示板組。

 しかしレンは動かない。

 追ってきた者たちが廊下の真ん中まで来たところでようやく、右手をゆっくり正面に向ける。


「魔導士なら、やっぱり搦め手よね」


 掲示板組は、レンが杖でなく手を上げたことに違和感を覚える。

 そしてすぐさま付近の状況を見回して、気付く。


「ま、待てっ! 廊下のあちこちに掘られてる文字は……ルーンだ!!」


 叫んだ瞬間、パチンと鳴らす指。


「――――凍れ」


 仕掛けて置いた18のルーンが一斉に、氷の剣山を生み出す。


「「「な!? あ、ああああああああ――――ッ!?」」」


 決して広くない廊下の左右、そして足元。

 生まれた串刺しの氷回廊に、逃げ場なし。

 追手の掲示板組は氷剣の乱舞を受け、そのまま倒れ伏した。


「複数設置は多少MP消費があるけど、悪くないわね」


 役目を終え、砕け散る氷山。

 レンが建物の中に入ったのは、魔法連射で戦うためではない。

 この罠で、追手を一網打尽にするためだった。


「使徒長……」


『杖を支えにするも、力尽きて崩れる型』の倒れ方を見せた黒少女は、震える手を伸ばす。


「帝国を出るのなら……私も一緒に、連れていってほしかった……」

「そんな設定も乗せてたの!?」


 使徒長が「共に行こう」と言えば、帝国を裏切ることすら厭わなかった。

 倒れた黒少女の切なげな演技に、ちょっと驚嘆させられるレンなのだった。


「いくぽよっ!」

「「「おうっ!!」」」


 兵長スライムの声に、残ったプレイヤーがNPCと共に立ち向かう。

 バラけた布陣はもちろん、【ソードバッシュ】による一撃必殺を避けるため。


「【バンビステップ】!」


 迫るメイは、先行するNPC組を余裕でなぎ倒して接近。

 後衛組の前を守る戦士のもとへ。


「【フルスイング】!」

「させないぽよっ! 【弾力変化】!」

「おわっ!?」


 しかしその目前に飛び出してきたスライムが、その身体を変質。

 バイン! と、剣を弾き返す。


「【エアロストライク】!」

「【ジャベリンアロー】!」

「【ソードスロー】!」

「【アクロバット】からの【アクロバット】!」


 即座に続く仲間たちの攻撃を、メイは二度の大きなバク転で回避。


「逃がさないぽよっ! 【飛び跳ね】【材質変化・鋼鉄】【可変・大槌】!」


 するとスライムがぴょんぴょんと高く跳ね、空中で素材を変更。

 その身を大きなハンマーに変え落下。


「うわわわわっーと! もう一回【バンビステップ】からの【アクロバット】!」


 メイは大きなバックステップからのバク転で、これも退避する。

 直後、柄に船便のコンテナを付けたかのような大型ハンマーが、地面に突き刺さった。


「【エアロバースト】」


 すぐさま入る、高火力魔法での隙消しフォロー。

 メイの反撃をけん制するため放たれた暴風が吹き荒れ、両者を足止めする。


「さあ、いくぽよー! 【巨大化Ⅱ】【砲弾跳躍】!」


 すると次手を打ったのはスライム。

 家一軒を崩壊させてしまうほどの巨大化からの、突撃。


「【ラビットジャンプ】!」


 しかしメイも速い段階で【砲弾跳躍】の軌道を思い出し、後方への跳躍で回避。

 狙い通り、スライムの着地点の少し手前に着地。


「それっ!」


 振り返りつつ剣を払う。

 しかしスライム、とにかく体勢が低い。

 横薙ぎの類は、基本当たらない。


「それっ!」

「ぽよっ!」


 さらに縦長になれば、振り降ろしも当たりにくい。


「いーちゃん!」


 ここでメイは範囲攻撃を展開。

 吹かす暴風で、スライムを転がす。


「ぽよーっ!」


 一度距離を取ったところで、メイは剣を掲げる。


「それはまずいぽよっ! 【超可変・海王】!」


【ソードバッシュ】の気配に、スライムは姿を変える。

 メイの召喚クジラを彷彿とさせる巨大な一角の海獣に変身し、飛び掛かってくる。


「わあーっ! すごーい!! ……あっ」


 宙を舞う巨大な海獣の姿に一瞬素直に見惚れて、遅れてこれが攻撃だと思い出す。


「【裸足の女神】っ!!」


 その一瞬が、回避を遅らせた。

 海獣が身体をかすめ、メイは転倒。

 1割ほどのダメージ受けた。

 帝国侵入からここまでダメージもなく来たメイに、少量とはいえしっかり攻撃を成功させた。

 スライムはそのまま中央通路を飾る石柱を押し倒しながら落下、中庭前に大きなクレーターを生み出した。


「いい流れぽよっ! ここで狙いを第二王子に切り替えるぽよーっ!」

「「「おうっ!」」」


【超可変】が解かれ、振り返る兵長スライム。

 ここでメイを深追いしても、まともに戦えば圧倒的な不利であることは忘れていない。

 再び仲間たちを引きつれ、第二王子のもとへ走り出す。

 しかし怒涛の攻勢が終わり、次の一手を打ったのはメイ。


「【裸足の女神】!」


 超加速で第二王子狙いの一団の前に回り込むと、その手を地面に付いた。


「【グリーンハンド】【綿毛花】!」

「「「うおおっ!?」」」


 一瞬で広がる、タンポポに似た巨大花畑。

 次の瞬間その視界を、広がる綿毛が埋め尽くしてしまう。


「ま、前が見えねえっ!!」


 その圧倒的な密度に、兵士たちの足が止まる。


「続きまして! 【グリーンハンド】【痺れ花】!」

「う、動けねえっ!」


 続けて足元に咲いた、無数の花。

 橙の花畑は非常に美しいが、一気に広がった花粉がプレイヤーたちを痺れさせる。


「【フルスイング】からの【フルスイング】っ!」


 大きな払いから、踏み込んで返す刃。

 一撃ごとに、まとめて前衛組が消し飛んでいく。


「させるか! 【鋼盾】!」


 そこに飛び出してきたのは、大盾を構えた重装戦士。


「そして最後は【グリーンハンド】【危険植物ちゃん】!」

「……え? うおおおおおおおお――――っ!?」


 突然目前に現れた巨大な赤い花の、喰らいつき。

 飲み込まれた重装戦士は咀嚼されて吐き捨てられた。

 帝国内で突然始まった自然の反乱に、掲示板勢は混乱することしかできない。


「これ以上は、させないぽよっ!!」


 見たこともないその戦い方に、さすがに慌てるスライム兵長。


「【巨大化Ⅱ】【砲弾跳躍】!」


 被害を抑えるために、大急ぎでメイに飛び掛かる。

 この状況をとにかく一度に抑えようとする、その判断は見事だ。


「【ゴリラアーム】」


 しかしそれを見たメイは、小声でスキルを発動。

 近くの倒れた石柱をひろあげる。そして。


「せーのっ! それええええええ――――っ!!」

「ぽっよおおおおおおおお――――っ!!」


 巨大スライム弾は石柱で打ち返され、今も戸惑う帝国兵軍団のもとへ。


「「「うおおおおおおおお――――っ!?」」」


 衝突とはいえ低くはないダメージを受けた、帝国兵スライム分隊。

 慌てて立ち上がるが、そこに見えたのはすでに剣を構えたメイ。


「あっ、これダメなやつ」

「いきますっ! 必殺の【ソードバッシュ】だあああああああ――――っ!!」


 駆け抜ける猛烈な衝撃波に吹き飛ばされ、全壊。


「スライムは……欠片が一つでも残っていれば復活するぽよ……ガルデラ帝国万歳ぽよーっ!」


 こうしてスライム分隊は、全滅となった。


「やっぱりメイさんは、桁違いぽよねぇ……『強い、可愛い、野生的』は、だてじゃないぽよっ」

「まったくだな、でもスライム分隊はまあまあ奮戦したよな」

「それは間違いないな」

「あ、ところでメイちゃんはどういう流れでここに来てるんだい?」

「はいっ! 帝国の背後に、何か怪しい動きがあるみたいなんです! それを追っていたらこんなことにっ! あと野生ではございませんっ」

「おおー、さすがメイちゃんたちだなぁ、やっぱ別口で動いてたんだな」

「よし、俺たちは一度戻って普通に建国祭に参加するか。そこからも何か見られるだろ!」

「この後の展開が楽しみぽよっ!」

「メイちゃん! がんばれよーっ!」

「はいっ!」


 倒れたまま手を振る掲示板組に、元気に応えるメイ。

 帝国掲示板兵たちを打倒した四人は、第二王子を連れ再び城外を目指すのだった。

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