第679話 お風呂上りはいつもので

「じゃじゃん!」


 湯上りぽかぽか状態のさつきが手に取ったのは、よく冷えたカフェオレ。

 かなりの甘口だが、オシャレな外装をしたこの商品はお気に入りだ。


「ふふふ、どうですかレンちゃん? この大人のお姉さん感っ」

「腰に手を当てるスタイルでなければ、もっといいんじゃないかしら」

「うはっ!」


 クスクスと楽しそうに笑う可憐。

 その綺麗な装丁も、腰に手を置いて胸を張る姿勢で飲むと、途端に愛嬌が出てきてしまう。

 これではオシャレな夜の一杯というよりは、銭湯の風呂上りの雰囲気だ。


「そうだ! レンちゃーん!」


 さつきは勢いよくカフェオレを飲み終えると、ドライヤーを手に可憐のもとに駆けてくる。


「おねがいしますっ」

「はいはい」


 受け取った可憐は、さつきの髪を乾かし始めた。


「やっぱりこれだよーっ!」


 なぜか定番になってる、さつきの髪を乾かす可憐という流れ。

 さつきはご機嫌で鼻歌を口ずさみながら、可憐に背を任せる。


「初日から色々と楽しかったわね」

「本当だねっ。どこも皆楽しそうでよかったよー」


 初めてのフェス参加も、賑やかな雰囲気を楽しんださつきは足をパタパタ。

 星屑無双の最後には、参加者皆で記録更新を喜び合った。

 運営も歓声を上げるほどの数値を叩き出し、その盛り上がりは初日から最高潮だ。


「あっ、つばめちゃん。さっきはびっくりさせちゃってごめんね」


 するとそこに戻って来たのは、頭にヒヨコのおもちゃを乗せたつばめ。


「い、いえ、こちらこそ驚かしてしまいました。申し訳ありません」

「何かあったの?」

「最初シャワーから少し水が出て、思わず声を出してしまいまして」


 ちょっと恥ずかしそうに言うつばめ。


「何かあったのかなと思って、ドアを開けちゃったんだ」

「あるわねぇ……それ。使い慣れてないとまたちょっと焦っちゃうのよね」

「お恥ずかしいかぎりです」


 めったに悲鳴など出さないつばめがあげた「ひゃあっ!」という声に、さつきは慌てて駆け込んでしまったようだ。


「さて、メイの髪も乾いたし、このままツバメの髪も乾かしちゃいましょ」


 可憐がさつきの座っていたイスをポンポンと叩くと、つばめが腰を下ろす。


「で、では、失礼します」


 ちょっと緊張しながら、イスに座るつばめ。

 するとさつきは、つばめの前に腰を下ろした。


「星屑の世界から戻ってきても、レンちゃんやツバメちゃんがいるの、本当にうれしいよーっ」


 さつきはニコニコしながら、ドライヤーがけをする可憐とつばめを眺める。


「明日は『おはよう』から『おやすみ』までお二人と一緒。それだけで最高です」

「それは間違いないわね」

「なによりこうして私も、当たり前のように誘っていただけるようになったことがうれしいです」


 これまでの学校生活では、全員集合が前提の状況でも普通に「……あ、いなかった!」ということが度々あったつばめ。

 温風に髪を揺らしながら、しみじみと言う。


「こういうお祭りごとも、一緒に楽しめるっていうのは本当にいいわよねぇ。今年のフェスの事を知った瞬間、メイとツバメと何をしようってワクワクしちゃったもの」


 今年のフェスは三人一緒と思って、実は結構そわそわだった可憐。

 毎年文化祭では「このような世俗な祭りごと……」と、言いながら不敵な笑みを浮かべていた去年の自分を思い出してゾワゾワする。

 さらにそれを、同級生が生温かい目で見ていたことを思い出すと一気に耳が赤くなる。


「うんうん。しっかりお祭りを楽しめるのは初めてだから、楽しいよーっ」


 当然さつきも、全てのイベントごとの記憶にジャングルとトカゲが入り混じっているくらいにはクエスト漬けだった。


「本当に、今度のお祭りは楽しいねぇ……明日もみんな一緒なんだもんね」

「楽しいわねぇ」

「はい、とても楽しいです」

「でも、まだまだここからだよねっ!」

「もちろんよ! 後半もまたカフェがあるし、楽しくなるわ!」

「はいっ」


 お祭りごとには良い記憶のない三人が並んで、これからも続く楽しい時間を想像して笑い合う。


「さつき、ちょっといい?」

「はーい!」


 するとそこに、今度はやよいがやって来た。


「どうしたの……うわっ! すごーい!」


 やよいが持ってきたのは、トレー一杯に乗ったスイーツの数々。


「これはなかなか食べ切るのが大変そうだねーっ」

「本当ね、すごく豪華……っ」


 そう言いながら、目を輝かせるさつきと可憐。


「これはもしや……お兄ちゃんのお土産では……なんだか申し訳ないです」

「何言ってるの、私たちはカフェでは給仕側なんだから今夜は楽しませてもらいましょう。ツバメのお兄ちゃんには感謝よ」

「うんうんっ、感謝だよー!」

「ありがとうございます」


 さっそく三人は、目についたケーキやタルトなどに手を伸ばし、その味を楽しむ。


「つばめちゃん、これすっごくおいしいよ! はい、あーん」

「こ、こんなことが二度もあっていいのでしょうか……っ!」


 結局、お土産を持ってき過ぎの兄に感謝するつばめ。


「レンさん……多分私はもう、世界でも救わないとスティールが成功しません」

「別にこれは、いいことポイント消費してないと思うけど」


 それを見て可憐が笑う。


「後半戦は、メイの【狸耳・尻尾】もどこかで出したいわね」

「フェスは様々なイベントクエストがありますから、楽しいことになりそうです」

「わたしもツバメちゃんの新しい【分身】見たいよーっ! 分身に目を取られているうちに、レンちゃんが【旋回飛行】で外側を回っていくとかもカッコいいだろうなぁ……」


 待ちきれず、早くも明日からの展開を語り出すさつきたち。


「どのアトラクションも本当に面白かった! 後半戦も楽しくなるといいねっ!」


 にぎやかな夜は、長いものになりそうだ。

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