第660話 メイさん、報酬のお時間です!

「こ、これは……っ!」


 いつもの港町ラフテリアで再会した三人は、広報誌を見て思わず声を上げた。


「メイがアンジェールに収監されて、出てくるところまでの物語みたいになってるけど‥‥…」

「最後の『お勤めご苦労様でした』まで載っていることで、最後は野生組の組長の出所みたいになっています……」

「わあー! せめて出所祝いがコーヒーとかだったらカッコよかったのにーっ!」


 なんだかんだ、出所祝いバナナを両手に持って頬張るメイの図が最後に来ているのがおかしくて、笑いがこらえられないレン。

 コーヒーに対する信頼がとても強いメイに、ツバメも笑みをこぼす。


「今回は表紙がとにかくシュールよね。囚人服を着た三人が、並んで正座してるんだもの」

「そこに『逮捕!』という文字が入っているのも楽しいです」

「あはは、本当だね」

「でも広報誌に謎の囚人の姿はなし。これは検閲がかかってるわね」

「何だったのでしょうか、あの真っ白な空間は」

「地図にもない隠し部屋。あれはワクワクしちゃったねぇ」


 三人、堤防に腰を下ろしながら広報誌を眺める。

 メイが真ん中に座り、左右からレンとツバメがあれこれと言う光景は、まるで同じクラスの仲良し三人組のようだ。


「さて、フェスも始まるし、色々予定もあるから先に報酬だけでももらいに行っちゃいましょうか」

「いいと思いますっ!」

「そうしましょう」


 三人はいつものようにポータルへ向かい、そこからフランシスへと向かう。


「でも、フェスってどんな感じになるのかなぁ……」


 早くもメイは、その開催が待ちきれないようだ。


「サービス開始から7年フルで遊んでて、フェスに関わったこともないのはメイだけじゃないかしら」

「今回はラフテリアが舞台とのことなので、楽しいものになりそうです」


 フェス直前ということで、ラフテリアの街並みには飾り付けなどが行われ、賑やかな光景になっている。

 その空気感にワクワクをふくらませながらポータルに向かい、フランシスの街へ。

 晴天の下、幌なしの乗合馬車に揺られて美しい街を通り過ぎる。

 そして三人が、錬金術師や鍛冶師のいる区画へ踏み込んだ瞬間。


「ああっ! あの子はっ!」


 ネルを待ち続けていたパトラが尻尾をブンブンしながら駆けてきて、そのままメイに飛びついた。

 メイはしっかりと受け止めて、そのままクルクル回る。


「すっかり元気だねーっ!」


 うれしそうに笑うメイの尻尾もブンブンしていて、これにツバメもにっこり。

 ここでやって来たパトラの懐き具合は『動物値』次第なので、このほほ笑ましい光景はメイならではだ。


「皆さん!」


 するとパトラを追って、ネルも駆けつけてきた。


「見違えたわね」


 囚人服からひざ元までのローブに着替えたネルは、別人のように明るくなっていた。


「貴方はあんまり変わってないわね……」

「大きなお世話だよ」


 そこにやって来たのはコゼット。

 しわの入った白シャツに、細身のズボンをサスペンダーでつっただけ。

 くたびれた革靴を引っ掛けている姿は、囚人時代とあまり変わっていないようにすら見える。


「今はこの区画で研究を続けているのですか?」

「ああ、おかげさまでな」

「ネルちゃんはどうしてるのー?」

「私、ここで新薬の研究を手伝うことにしたんです」

「そうなんだ!」

「なかなか腕のある錬金術師だが、職場に困っていたらしくてな」

「完璧なエンディングね」


 脱獄だけする形の場合、パトラを連れて新たな街へ向けて出発する形で終わるこの大型クエスト。

 コゼットの救出と看守長の逮捕まで成功させると、意外なハッピーエンドがおとずれるようだ。


「せっかくだ、倉庫に寄ってけよ。10年ぶりに片付けてたら色々出てきたんだ。お前たち冒険者ならなんかの役に立つ物もあるだろ」


 こうしてメイたちは、コゼットが使っている倉庫兼研究所へ。

 石作りのガレージと言った感じの平屋建ての中には、やや乱雑に並べられたデスクやフラスコなどが置かれている。

 パトラにはお気に入りのソファがあるようで、その上で丸くなりこちらに視線を向ける。


「いい感じだねぇ……」

「はい、とても良い雰囲気です」

「そこの箱に入っているものは、何でも持って行って構わねえぞ」


 言いつつも、用意されている木箱はしっかり三つ。

 さっそくレンが箱を開く。



【旋回飛行】:弧を描く軌道の飛行。他の飛行系スキルとの同時使用が可能で、攻撃魔法を放ちつつ飛ぶこともできる。



「低空飛行で動きながらの攻撃もできるようになるのね。なかなか面白そうじゃない!」


 早くも新たな戦い方を想像してテンションが上がるレン。

 続いてツバメが木箱を開く。



【分身Ⅱ】:分身の数を3体まで増やすことが可能になる。その他分身系スキルとの同時使用も可能。



「少し消費MPが高い点が気になりますが……それより」

「『その他分身系スキル』よね」


 うなずき合う二人。

 それは『攻撃判定を持つ分身』なのではないかと想像して、思わず期待を高ぶらせる。

 そして最後はメイ。



【狸耳・尻尾】:使用武器やプレイヤーを大きく見せたり、判定を持たない魔法を見せたりする【まやかし】が使用可能になる。また時間限定で指定の人物に化けることもできる。



「わあ! これかわいいかもっ」

「メイさん、ぜひ装備してみてくださいっ!」


 それを見たツバメは、即座に懇願。


「【装備変更】っ!」


 メイがその場で装備を【狸耳・尻尾】に変えると、丸っこい耳と丸っこい尻尾が現れた。


「こ、これはまた、とても可愛いです……っ」

「ふふ、これは対人戦に強そうね。偶然倉庫にあったものにしては、狙い撃ち感が強いけど」

「どんなスキルになるのかなぁ……楽しみだよっ」


 久しぶりの可愛い報酬に、喜ぶメイ。

 その可愛さにすっかり、『動物の耳シリーズは野生的』という点が抜け落ちてしまっているようだ。


「どこかで負傷した動物でも見つけたら、連れてくるといい。それまでには完成させとくからよ」

「はい。がんばって完成させます!」


 コゼットもネルも、すっかり前向きになっている。

 こうしてメイたちは、意外な形で始まったアンジェール大監獄の脱獄クエストを最後まで終了させたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る