第632話 脱獄開始です!

 アンジェール大監獄に、夜がやってきた。


「はい、いーちゃん!」


 メイが合図すると、いーちゃんはメイが伸ばした腕の上を駆け、そのまま跳躍。

 くるっと空中で回転して、そのままツバメの頭の上に着地。

 体操選手のようなポーズを決める。


「ないすーっ!」

「お見事です!」

「ふふ、もうすっかり監獄慣れしてきたわね」


 牢の中で使い魔と遊ぶメイたちに笑いながら、時間を確認。


「さて、そろそろいきましょうか」

「いよいよ決行だね!」

「がんばりましょう」


 鳴り出すチャイムは、日付が変わる合図。

 囚人たちには知らされていないが、看守たちの勤務交代の時間だ。

 そしてそれは、脱獄クエスト開始の号令。

 ここから1時間は基本、牢に看守の見回りが来ないとのこと。

 さっそく石畳をどかし、堀った穴を通ってネルのもとへと向かう。


「いきましょう!」


 メイがひょこっと顔を出すと、この瞬間を緊張と共に待っていたネルは、静かにうなずいた。


「パトラ……待っててね」


 大きく息を吸い、ネルも気合を入れる。

 見ればネルにも、少ないHPゲージが現れていた。

 そして今度は四人で穴を通り、コゼットのもとへ。


「この大事な時に、よくもまあ……」


 なんと作戦開始時間に、コゼットは寝むりこけていた。

 レンは呆れながら、背中を壁に預けて眠るコゼットを見る。


「……レンさん?」

「これ、起こさないって選択もできるのね」


【睡眠薬】はレンが持っている。

 コゼットは目の前に【マップ】を置きっぱなしにしており、そこには『ルート』が書き足されている。

 あとはこの通りに進めばいいだけだ。


「悩ましいところですね」


 相手は、同行を脅迫する形で決めさせた男だ。


「絶好のチャンスだけど、さすがにまだ判断するには早いかしら」

「この選択が、大きな問題にならないよう気を付けましょう」


 レンとツバメはうなずき合う。


「ほら、いくわよ」

「おっと、時間かい?」


 レンが呼びかけると、コゼットは起き上がって一つ伸びをした。


「ワリィな、地図の確認をしてたら遅くなっちまってよ」


 コゼットは笑いながら穴の中へ。

 直接監獄の外まで穴をつなぐことはできない。

 牢が並ぶフロアを抜けたメイは、廊下の途中にぴょこっと顔を出した。

 まずは指差しで左右を確認。


「大丈夫そうだね!」


 そのまま五人、牢の西側に出ることに成功。

 するとコゼットが、状況の確認を始める。


「とにかく看守には要注意だ。見つかったら即座に無力化して、異変周知用のベルを使わせねえことが重要。集まってきた看守が一定数を超えると逃げ切れなくなっちまうし、監獄を抜ける前に緊急用サイレンを鳴らされたら終わりだぞ」

「ずいぶん監獄に詳しいのね」

「へっへっへ、そらまあ長えからな」


 ここからは、ミスが即クエスト失敗につながってしまう厳しさもある。

 緊張しながら、歩き出す五人。


「これ、普通に迷うわね」


 迷宮のような造りが、その攻略難度を大きく上げている大監獄。

 マップを見ながらでも、現在位置や方向を勘違いしてしまう可能性は非常に高い。しかし。


「次はこっちですね。そこの角が、地図ではこの部分に当たります」


 ツバメの【地図の知識】なら、迷ってしまうことはなさそうだ。さらに。


「あれ? あそこだけ石の色が違うよ」

「少し見てみます……【罠解除】」


 メイが見つけた罠に、ツバメが【罠解除】をかける。

 すると、動き出していた石壁が止まった。


「おいおい……それを自力で見つけちまうのか。大した腕前じゃねえか」


 範囲内の床を踏んでしまうと道を塞ぐ石壁は、最初の関門だ。

 これをあっさり解除したメイたちは、すいすいと先に進む。さらに。


「誰か来るよ」


 早い段階で、メイが接近者の気配に気づいた。

 足を止め、丁字路の先を進む看守たちをやりすごす。


「迷路化しているうえに、看守が見回ってる。こういうところでメイの察知の早さは助けになってくれるわね」

「石壁を止めるのに慌てていたら、こちらにやって来ていたのでしょうね。素晴らしい能力に助けられました」

「えへへ」

「へぇ、まったく大したもんだぁ」


 看守が通り過ぎたばかりの丁字路。

 そう言ってコゼットは、道を確認しながら先頭へ。

 角を左に曲がり、続く道を進んだ先でもう一度右に曲がったところで、突然ビクリと足を止めた。


「おいお前! そこで何をしている!?」

「「「ッ!?」」」


 後に続いて角を曲がったメイたちの目に見えたのは、看守と番犬。

 すでに番犬は、駆け出していた。

 とっさのことに、驚くメイたち。


「おっとワリィな、戦いは得意じゃねえんだ」


 ここでコゼットはなんと、駆け込んできた犬を引き付けた上で回避。

 番犬の狙いがいきなり、最後列のネルに変わった。

 硬直しているところに放たれる、高速の喰らいつき。


「【キャットパンチ】!」


 早い反応を見せたのはメイ。

 顔の横を通り過ぎていく番犬を、猫パンチで叩いて軌道を変える。

 喰らいつきは、ネルに当たることなく真横を通過。

 即座に両者の間に入り込んだメイは、そのまま一歩踏み出した。


「【キャットパンチ】パンチパンチパンチからの――――いーちゃん!」


 待ってましたとばかりに肩口に現れた、小さな白い使い魔。

 吹き付ける烈風は、廊下を容赦なく駆け抜ける。

 番犬は弾き飛ばされ、廊下をバウンドして転がり倒れ伏す。

 見事な反応でネルを助けてみせたメイ。

 しかし看守は、すでに動いていた。


「【フレイムスロワー】!」


 広くはない廊下に、放たれる火炎。

 右手に持った警棒で足元に炎を放ちつつ、左手に異常を告知するための『ベル』を取り出した。


「【加速】【壁走り】!」


 しかしメイが動いた瞬間「ネルはもう任せていい」と判断したツバメは、意識を看守に向けていた。

 足元で燃える炎を、壁を駆けることで回避して、そのまま看守のもとに接近。


「【紫電】」

「ぐっ!!」

「【連続魔法】【フリーズボルト】!」


 雷光で動きを止めれば、後はトドメを差すだけだ。

 ツバメがしゃがんだところに飛んできた氷結魔法が、看守に炸裂して勝負あり。


「こっちは武器もないし、今のはさすがにヒヤッとしたわね」

「HPの低いネルさんを容赦なく狙ったり、すぐにベルを取り出したりと、早い判断が求められました」


 自然な連携を決めた二人はそう言って軽くハイタッチ。


「メイがすぐにネルを守りに動いてくれたことで、私たちは看守に集中できたわね」

「無事でよかったー!」


 大きく安堵の息をつく、レンとツバメ。

 メイは「やったー!」とこぶしを突き上げる。


「へっへっへ、助かったぜ。ありがとよ」


 一方、窮地を作り出しておきながら反省した雰囲気もないコゼット。

 少し進んだ先の壁に触れ、石壁の罠を解除する。


「こいつは強く押しちまうとダメなんだ」

「それで急に先行したわけね。まったく、やってくれるわ」


 クエスト失敗のきっかけになりそうなその男の行動に、レンは大きなため息をついたのだった。

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