第616話 投獄ですかっ!?

「まってー! 違うんですーっ!」

「そうです! これは何かの間違いです!」

「そうよ! 横暴だわ!」


 屈強な男たちに引きずられるような形でやって来たのはメイ、レン、ツバメの三人。

 分厚い壁は、幾重にも重ねられた石積み。

 広大でありながら同時に驚異的な堅牢さも誇る建物の中を進んでいくと、そこには並ぶ鉄格子。

 部屋ごとに分けられた石壁の空間には、シマシマ模様の者たちが閉じ込められている。


「さっさと歩け!」


 定番のセリフで進行を促す男たちは、深い灰色の学帽にジャケット姿。

 各自が警棒を持ち、注意深くメイたちの動向に視線を向けている。


「新入りか……」

「へへっ、一体どんな悪事を働きやがったんだ?」


 並ぶ牢の前を進んでいくと、囚人たちが好奇の視線を向けてくる。

 四人の看守の先頭を行くのは、胸元に褒章のようなメダルを付けた、冷たい目をした看守長。

 やがて、その足を止める。


「お前たちの檻はここだ」


 看守長がたどり着いた空き部屋の前に立つと、看守が鍵を取り出し牢を開く。


「さっさと入れ!」

「本当に違うんですっ! 誤解なんですーっ!」

「いいからさっさと入るんだよ!」


 必死に罪を否定するメイだが、誰も聞く耳など持たない。

 看守たちにグイグイと押し込まれるように牢に入れられると、大きな錠前をガッチリと閉められてしまう。


「いいか? 貴様ら罪人に必要なことは、このオレに従順であることだ」


 看守長はその傲慢そうな表情でそう言って、メイたちを見下ろす。


「せいぜい死ぬ気で罪を償うんだな……もっとも、それまで生きていられればだがなぁ」


 そんな言葉に、看守たちも嫌らしい笑みでうなずく。


「間違っても逃げ出そうなどと思わないことだ、これまでも舐めた真似をしようとした囚人どもは、容赦なく葬ってきた」


 そう言って看守長がムチで床を叩きてみせると、バチバチッ! と激しい火花が飛び散った。


「ククク、まあ仮に逃げ出したとてここは魔の森の中。化物に喰われて死を早めるだけだがなぁ」


 肩にかけたコートを払うようにして振り返った看守長は、嫌らしい笑いをあげながら去っていく。

 遠ざかっていく、ブーツの音。

 それに続くようにして看守たちも、並びを崩すことなく去っていく。


「わあーっ! 待ってくださーい! 違うんですーっ!」

「そうなんです! これは冤罪なんですっ!」

「そうよ! これは間違いなのよっ!」


 鉄格子をつかみガチャガチャ鳴らす、メイとツバメ。

 レンもその後ろから、声を上げる。

 しかし看守たちが足を止めることはない。

 無情にも遠ざかっていくブーツの音は、すぐに聞こえなくなった。


「出してーっ!」

「出してくださーい!」

「出しなさいよーっ!」


 重たい扉が閉まる音がして、牢はまたいつもの妙な静けさが戻ってくる。

 しっかりと隙間なく石を積まれた部屋は、足元にもブロックが敷き詰められている。

 高い位置に付けられた小さな格子窓から入り込む、わずかな陽光。


「行っちゃったね」


 鉄格子を離れて息をついたメイは、「あはは」と笑みを見せた。


「「…………」」


 そしてツバメとレンは、思わず格子に目を奪われる。

 見れば堅固な鉄格子は、メイの【腕力】によってそこそこ曲げられていた。

 ここはいつもの港町から離れた、アンジェール大監獄。

 要塞のような造りをした、罪人たちの収容所だ。

 分厚い壁と無数に配置された看守の目は厳しく、逃亡など不可能。

 仮に運良く出られたとしても、広く深い魔獣の森が続く。

 この恐ろしい森も含めて、アンジェールは地獄の監獄と呼ばれているようだ。

 装備品も没収され、シマシマの囚人服を着せられた三人は、なんとなく並んで腰を下ろす。

 見れば入り込む陽光が、舞っているホコリをキラキラと輝かせていた。


「それにしても、本当に二人は全力で『無実の罪でつかまった犯人』をやるわよね」


 今回はせっかくだからと乗ってみたレン、メイとツバメの全力ぶりにあらためて感嘆する。


「えへへ、せっかくだからね」

「まあ、鉄格子を腕力で曲げる囚人なんて見たことないけどね」


 頭をかきながらちょっと恥ずかしそうにするメイに、レンも笑う。

 そんな中、不意にツバメが口を開いた。


「……くさい飯とは、一体何の香りがするのでしょうか」

「ツバメもツバメで相変わらずねぇ」


 石床の上でもとりあえず正座でいるツバメの意識は、なぜか監獄の食事事情に向いていた。

 大監獄の牢の中。

 これまでのクエストとは、少し違った雰囲気と展開。

 それでもメイたち三人は、いつも通り楽しそうにしているのだった。

 そして時間は、数時間前へとさかのぼる――――。

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