第563話 明けの明星
「【ラビットジャンプ】!」
メイは夜のアルティシアを駆ける。
四つの魔法陣を全て停止させない限り魔力の流入は止まらず、死の街の誕生を防ぐことはできない。
聖教都市は広く、地面に描かれている魔法陣を探すのはやはり難しい。
神殿の高い柱に現れた炎の時計には、すでに半分を超えるほどの炎が灯っている。
このまま時間が過ぎてもまた、魔力の補充が終わり闇の力が猛威を振るうことになる。
「このままだと、街が大変なことに……っ!」
しかし聖教都市の中にあっても、野生児の力は活きる。
教会の屋根の上に立ったメイは、右手を上げた。
「お近くの皆さん! 力を貸してくださーいっ!」
「……なんだ、あれ?」
通りすがりの冒険者があげる、驚きの声。
【呼び寄せの号令】によって、メイのもとに夜行性の動物たちが一斉に集まってくる。
猫やコウモリを始め、タヌキ、モモンガ、ネズミにヘビも集合。
「魔法陣を探していますっ! ご存じの方はいますかーっ?」
メイがたずねると、一羽のフクロウが羽ばたきそのまま夜空へと飛び立っていく。
「【バンビステップ】!」
メイはすぐに後を追いかける。
もちろんメイを追いかけていたプレイヤーたちも、慌てて後に続く。
フクロウは真っすぐ、街の中心へと向かう。
アルティシアの中央北部にある神殿から、南へ下がった先。
大きな道がクロスする街のほぼ中心地。
そこに、淡く輝く紋様があった。
「あった! あれを止めればいいんだねっ!」
メイは大きなジャンプからくるりと一回転。
「ありがとー!」
役目を終え、空中で一度旋回して帰っていくフクロウに、大きく手を振って着地。
最後の魔法陣の前に立つ。すると。
「――聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。かの者の栄光は地に堕つる」
どこからか、涼やかな声が聞こえてきた。
夜空から舞い落ちてくる燐光に、顔を上げる。
天から差し込む光。
そこには4枚の翼を広げたまま、ゆっくりと舞い降りてくる天使の姿。
白のローブをまとい、月桂樹の枝で結んだ長い金の髪を夜風に揺らす。
「わあ、きれい……」
天使は、地上から30センチほどの高さで止まった。
その神々しさに思わず見とれてしまったメイ、不意に思い出す。
「……あれ、悪魔は?」
悪魔が街を崩壊させるのを止めるためにやって来たはずが、目の前にいるのはどう見ても天使の類で困惑する。
「メイちゃーん! 多分それ反逆者の堕天使だよー!」
そんなメイに、駆けつけてきた魔導女子が声をかけた。
「なるほどー! ありがとうございますっ!」
そう言ってブンブン手を振るメイ。
その眩しい笑顔に、思わず歓喜して手を振り返す魔導女子。
メイの戦いを見にきたプレイヤーたちは、各々見やすい位置に陣取り始める。
「天主を崇拝したる街は闇に還る。人間たちは不死者として、我が反逆の先兵となるのだ」
「そんなことさせませんっ! 街はわたしが守りますっ!」
「邪魔だてしようというのなら、ここで消え去るがいい。弱き人間よ」
光を掲げる者は傲慢な態度で一方的にそう告げて、その翼を広げた。
「我が名はルシファー。まずは貴様を地獄に導こう」
【自在飛行】を使う堕天使は、地に足をつかないまま羽ばたき一つで高速飛行。
メイ目がけて一気に接近してくる。
「【ソフィアブレイド】」
その手には、炎の剣。
「ッ!!」
放たれた横なぎをかわすと、波紋を描くように炎の波が広がり付近を一掃。
石柱を斬り飛ばす。
メイはこれを、しっかりしゃがんでかわす。
すると続く振り降ろしも、生まれた火炎が地を走る。
「うわっと!」
「なんだあれ……一振りごとに上級スキルレベルのエフェクトが出てんぞ」
「【十字光輪】」
見事な回避を見せるメイに、堕天使は攻撃を続ける。
上空に広がる大きな光の輪。
その中心を貫くように落ちる、黄金光の巨槍。
光の槍は石畳に深く突き刺さると、地面に十字を描き炸裂。
範囲内の建物は切り裂かれて倒壊した。
「【バンビステップ】!」
メイは十字の攻撃範囲を駆け抜け接近。
「【ソードバッシュ】!」
放つ衝撃波の一撃で、ルシファーを狙い打つ。
堕天使がこれを飛行でかわすと、炸裂した衝撃波が三階建ての建物を吹き飛ばした。
「うおおっ!? こっちも一撃ごとに上位上級スキル級じゃねーか!」
しかし【ソードバッシュ】は、その余波もすさまじい。
飛行姿勢を崩され滞空する堕天使目がけて、メイはすでに走り出している。
「【ラビットジャンプ】からの――――【フルスイング】だーっ!」
高い跳躍からの降り下ろし。
その美しい跳躍姿勢と、振り降ろされる剣の豪快なエフェクトに皆目を奪われる。
「【智天の翼】」
空中でぶつかる剣と、閉じる翼。
ぶつかって派手な光を散らす。
堕天使の対物理用防御スキルが、ダメージをほとんどカット。
大きく弾かれはしたものの、半壊の建物の上で体勢を立て直す。
「【シャインフェザー】」
即座に行われる反撃。
4枚の翼による大きな羽ばたきが、付近一帯に白光の羽を大量にばらまいた。
その一枚が建物の縁に触れた瞬間、爆発。
「……え?」
建物の壁にぶつかり爆発、羽が羽にぶつかり爆発、爆発に巻き込まれた羽が爆発。
連鎖する形で、一斉に誘爆していく。
「う、うわわわわーっ!」
石柱は砕け散り、街の建物はどんどん砕け崩れていく。
メイはビックリしながらも、次々に進む誘爆を羽の少ない方へ逃げて回避。
「【ラビットジャンプ】!」
迫って来た羽の密集地帯を飛び越えると、さらに。
「【アクロバット】からの【ターザンロープ】!」
崩れかけの聖者像にロープを引っ掛け、その周りを回転することで避ける。
そして見えた『道』を一直線に駆け、倒れた石柱の一つを抱え上げると――。
「【ラビットジャンプ】からの――――【フルスイング】だああああ――っ!!」
そのまま堕天使に石柱を叩き込んだ。
「【智天の翼】」
粉々になって砕け散る石柱。
もともと石柱で与えられるのは、衝突ダメージのみ。
メイの狙いはあくまで、オブジェクトの激突による『弾き飛ばし』だ。
そして翼による防御も、さすがにオブジェクトの衝突は予期していない。
堕天使はそのとんでもない一撃に吹き飛ばされて、石畳の上を転がる。
「ぐっ!」
「いきますっ! 【ゴリラアーム】! せーのっ! それええええーっ!」
追撃は、身の丈を越えるほどの大きさを誇る【王樹のブーメラン】
二回転からの投擲は、豪快な風切り音を鳴らして直撃。
「ぐはああああっ!!」
起き上がったところを再び吹き飛ばされた堕天使は、そのまま武器店の壁に叩きつけられた。
そして、顔を上げると。
「【ソードバッシュ】!」
迫る猛烈な衝撃波。
「【智天の翼】」
背後の壁が消し飛び崩れ落ちる。
翼による防御が間に合い、ダメージはごく軽微。
大きく後退したところで止まった。
「大型クエストのボス戦を、たった一人で圧倒するのか……」
「世界が終わる時の戦いって、こんな感じなんだろうな」
破壊を続ける天使と、最強の野生児。
そのすさまじさに、メイの戦いを楽しみに来たプレイヤーたちはワクワクしながら息を飲む。
一方カフェのイメージでいたプレイヤーたちは、ひたすら驚きの声をあげている。
「でも、崩す人が欲しいな」
「ああ、俺がもう少し強ければ……っ!」
メイに苦戦の気配はないが、ダメージ源の物理攻撃を防御スキルで対応されるのでは、時間がかかってしまう。
「【ソフィアブレイド】」
ルシファーは再び炎の剣を振り下ろし、踏み出しと同時に振り上げる。
「【バンビステップ】!」
メイは地を駆ける炎を、しっかり左右へ身体を振ることで回避しつつ接近。
すると大きな振り払いによって、強烈な炎の波動が迫りくる。
「【ラビットジャンプ】!」
これをジャンプで回避。
ルシファーは空に視線を向け、空中のメイに炎の剣を振り上げにいく。
それはメイの、狙い通り。
「――――【電光石火】」
「な……にっ!?」
「ツバメちゃん!」
「「「アサシンちゃん来たァァァァ!!」」」
あがる観客たちの叫び声。
メイに視線を取られていたルシファーを斬ることで、完全な隙を生み出した。
「今です」
「がおおおおおおおお――――っ!!」
メイは着地と同時に駆け出し、【雄たけび】でルシファーの動きを止める。
「【雷光閃火】!」
振り返り際に放つダガーの一撃。
爆発し吹き飛ぶルシファーを見て、メイはすぐさま右手を突き上げる。
「――――それでは、よろしくお願いいたしますっ!」
魔法陣から現れたのは槍を持った悪魔のクマと、小さな羽根を付けた天使の子グマ。
悪魔クマは三叉の槍を手に走り出し、豪快に跳躍。
その黒く鋭い槍を大きく掲げてから放り捨て、そのまま【グレイト・ベアクロー】を叩き込む。
「ぐああああああ――っ!」
堕天使は地面に潜り込むほどの一撃を受け、石畳が豪快に弾け飛んだ。
HPはこれで残り6割強ほど。
「やったー! みんなありがとーっ!」
メイはツバメとハイタッチして、帰っていくクマに二人並んで手を振る。
「すっげえ……本当に見事な崩し手になったな、アサシンちゃん」
「ていうか、メイちゃんまだノーダメだぞ」
「やっぱこれだよなぁ! メイちゃんの戦いは……っ!」
初見のプレイヤーはノドを鳴らし、二度目以降のプレイヤーは歓喜の声を上げる。
「……人間ごときが、そこそこできるようだ」
HPを2/3ほどまで削られた堕天使は、静かにつぶやく。
「だが……」
静かに放つ光。
堕天使の翼はここで、3対6枚になった。
「貴様たちが、滅びの運命をたどることは変わらない」
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