第510話 湖の騎士

 竜たちとの戦いの中に現れた謎の騎士は、見事な馬術で林の中を駆けていく。


「くっ、何とか見失わないようにしなくては!」


 後を追うアルトリッテも、必死に白馬を走らせる。

 風のように駆ける謎の騎士を追ってたどり着いたのは、小さな湖のほとり。

 木々の隙間からこぼれ落ちる陽光。

 美しくも清らかな光景。

 馬上の騎士が湖に足を進ませると、何もない湖のほとりから魔力の光が消滅していく。

 するとそこに現れたのは、水面に刺さった一本の剣。

 どうやら光の魔法によって、その姿を隠していたようだ。


「間違いない。あれは……【エクスカリバー】だ」


 設定資料は色あせ、ページに癖がつくほど読み込んできた。

 そこで見たものと寸分たがわぬ聖剣を前に、息を飲むアルトリッテ。


「どうやら、見つかってしまったようですね」


 気が付けば湖のほとりに、水の羽衣をまとった一人の乙女がたたずんでいた。


「かつてこの剣は、偉大な王と共にありました」


 剣を持ち出そうとしていた騎士のもとまで歩を進めた乙女は、静かに語り出す。


「しかし悪しき魔女に剣を狙われた時から転落は始まりました。栄華を誇った騎士団も反乱によって滅び、王も壮絶な戦いの末に息を引き取った。それだけの影響を、この剣は与えてしまうのです」

「だが力を持つがゆえに、誰もがこの剣に心を奪われてしまう。生き残った僕にできることは、新たな悲劇を生まぬよう王の剣を守ることだけだ」


 白銀に淡い青の鎧を着た騎士は、静かな覚悟と共に語る。


「強力な『剣』は大きな運命と共にある。それは全てを喪失してしまうほどに強烈。私たちは剣を隠し、守ることにしたのです」

「乙女たちが剣の存在を秘匿していたのは、そういうことだったのだな」


 出会った騎士や乙女たちが情報を隠していたのは、強い力に魅せられ狂う者を生まないため。


「それでも貴方は、【エクスカリバー】に手を伸ばすというのですか?」

「当然だっ。長らく見てきた夢を目前に、引き返すことなどできるものか。ここまで共に戦ってくれた皆のもとに【エクスカリバー】を持ち帰ってみせる!」

「ならば証明してみせなさい。自らにその資格があるということを」

「目覚めろ【エクスブレード】!」


 アルトリッテは気合と共に、黄金の大剣を掲げる。


「――――いくぞ」


 湖の騎士は、毛並みの良い馬に乗ったまま手を掲げた。

 その手に、ハルバードに近い形状の長槍が現れる。


「なっ!? まさか馬に乗ったまま戦うというのか……っ!?」


 駆け出す黒馬。

 人馬一体。流れるような接近から繰り出す振り払いを、しゃがんでかわす。

 するとすぐに振り返った湖の騎士は、しなやかなショートジャンプから斬り下ろしを放つ。


「くっ!」


 これをアルトリッテは真横への跳び込みでかわし、すぐさま起き上がり体勢を直す。

 速い切り返しで戻って来た湖の騎士は、高い跳躍から魔力輝く槍を叩きつけにくる。

 これを早めのバックステップで対応し、反撃を狙うが――。


「な、にっ!?」


 バリバリと、鳴り響く雷鳴。

 地を叩いた槍が雷状の強烈な魔力を放出し、接近を許さない。


「それならっ! 【ホーリーライト】!」

「守れ! 【解呪の指輪】!」


 立ち昇る聖なる光の柱は、煙のように消え去った。

 どうやら湖の騎士が持つ指輪は、魔法系スキルを打ち消す効果を発動できるようだ。


「ならば【ペガサス】! 【ホーリーロール】!」


 アルトリッテは飛び掛かり、手にした大剣で斜めの回転斬りを叩き込む。


「【アダマント】!」


 飛び散る火花。

 湖の騎士は呼び出した紋章入りの銀盾で、【エクスブレード】の一撃を防御した。

 すると馬が前足を高く上げ、そのまま【圧し掛かり】へと移行する。


「ッ!」


 アルトリッテは再びのサイドステップでかわす。


「【シールドストライク】!」


 湖の騎士が放つ盾の振り上げは、衝撃波をともなう一撃。


「くっ! 【ペガサス】!」


 アルトリッテは後方への大きな跳躍でこれを回避。

 すると湖の騎士は槍で地面を擦りながら接近し、そのまま強く振り上げる。


「なっ!? ぬああああああーっ!!」


 槍の直撃は避けたものの、大量に跳ね上がった魔力の飛沫がアルトリッテを弾き飛ばす。

 砂煙と共に地面を転がり、慌てて身体を起こしたところに見えたのは、追撃に来る騎士の姿。

 跳躍から放つのは、槍の投擲だ。


「ッ!? 【ペガサス】ッ!」


 強烈な衝撃波と共に投じられた一撃に、慌てて下がるアルトリッテ。

 直後、地面に突き刺さった槍は猛烈な雷光を天へと駆け登らせた。


「ぬはあああーっ!」


 ダメージこそ防いだものの、弾ける雷光に再び地面を転がされる。

 湖の騎士は止まらない。


「【ライトニング・ファスト】!」


 黒馬がいななきと共に前足を上げ、それが地面に着くと同時に――――。


「ッ!?」


 雷光のごとき速度で迫り、放つは超高速の突進突き。

 魔力光をまとった騎士が、目にもとまらぬ勢いで槍を突き出してくる。


「見事な……連携だっ!」


 強烈な輝きと共に迫る槍の一撃に、アルトリッテはあえて正面から向かい合う。


「だが! 盾を用いた戦いは私とて得意とするところだっ! 【セイントシールド】!」


 抜群のタイミングで放つ盾防御が、見事に決まる。

 距離を開けられはしたものの、大技の隙は大きい。


「【シールドブラスト】だぁぁぁぁ!」


 アルトリッテは大きく踏み込み、手にしたままの黄金盾を全力で振り回す。


「ぐうっ!!」


 振るった盾が放つ爆風が湖の騎士を大きく後退させ、体勢を崩した。

 アルトリッテはこの隙を突き、追撃を仕掛けにいく。


「ゆくぞ! 【ペガサス】【ホーリーロール】!」


 一気に距離を詰め、叩き込む回転撃。

 黄金の軌跡を描く一撃で湖の騎士を弾き飛ばし、さらに大きく踏み込んでいく。


「まだまだあっ! 解放剣技【エクスクルセイド】だああああ――っ!」


 黄金の輝きをまといながら、振り下ろす聖なる光の刃。

 全力で振り降ろした一撃が叩き込まれた直後、地面から突き上がるまばゆい輝きが大爆発を巻き起こす。


「ぐあああああ――――っ!!」


【アダマント】は間に合わない。

 アルトリッテの流れるような剣撃を喰らった湖の騎士は、聖なる輝きに焼かれてもがく。

 HPは早くも残り6割を切った。

 魔力の馬が消え、ガクリとヒザを突く。


「……見事な力だ。だが、この程度で【エクスカリバー】は渡せない」


 馬を降りた湖の騎士は槍を捨て、腰に提げた剣をゆっくりと引き抜く。


「いくぞ――――【アロンダイト】」


 そうつぶやいて、軽く地を蹴った。


「速いっ!?」


 バン! と踏み付けた足が風を巻き起こし、湖の騎士は一瞬で迫り来る。

 金の装飾を持つ美麗な剣が、シンプルなモーションと共に振り降ろされる。


「むっ!」


 盾による防御を図るアルトリッテ。

 甲高い金属音と共に、火花が派手に飛び散った。


「盾で防御しても、この威力なのか……っ!?」


 通常の攻撃一つ一つが技スキルのようなエフェクトを放ち、高い威力を誇る。

 しっかり防御したにもかかわらず、ダメージを受けた上に若干の硬直まで奪われた。


「【ソードストライク】」

「なっ!?」


 それは極々シンプルな振り払いだ。

 しかし放たれた剣閃は派手な軌跡を描き、とっさにしゃがんだアルトリッテの頭上を大きく薙ぎ払っていく。


「攻撃スキルの威力を、向上するのかこの剣は……っ!」


 その高い硬度ゆえ、通常攻撃にも『削り』の効果あり。

 さらに基礎的なスキルを、高威力の必殺技に変えてしまう。

 慌てて一度距離を取るアルトリッテ。

 最強を誇る湖の騎士は、静かに剣を構え直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る