第322話 メイと怪盗

 レンたちと離れて、一人地下を進むメイ。

 そこで再会したのは、怪盗NPCだった。


「怪盗さん、こんにちはっ!」

「おや、君は……また会ったね」

「こんなところでどうしたんですか?」

「実はこの先に進みたいんだけど、この岩が邪魔で困ってたんだよ」

「おまかせください! よいしょっと」


 メイ、動きの悪いドアを開けるくらいの感じで岩をどかす。


「ありがとう、助かったよ」

「いえいえー」


【腕力】値によって動かす岩は本来、パーティで力を合わせてどかすもの。

 それを一人であっさりと動かしてしまったメイだが、怪盗もNPCなので単純に礼を言って終わる。

 どこかシュールな空間。


「……見つけた」


 進んだ先の部屋。

 そう言って怪盗が足を止めた。


「わあ、きれいな子……」


 そこにはまた壁を掘って作られた檻が設置され、中には金色の毛を持つ羊が閉じ込められていた。


「この子の開放が怪盗としての仕事なんだけど……金の生る木として扱ってるセナトにしても、放ってはおけないよね」


 音もなく現れたのは、黒のフードを目深にかぶった男。


「……その通りだ。獣どもが欲しければ奪い取るんだな、我々のように」


 セナトのアサシンはそう言って、これ見よがしに宝珠を懐にしまい込んだ。


「できればでいいんだけど……【スティール】を使う時間を作ってもらえないかな」

「りょうかいしましたっ。檻を開けるのに必要なんだね」


 どうやらここでは、怪盗との共闘が必要になるようだ。

 実はこの場所、王都地下の中でも難関と呼べるミッションの一つになっている。

 そんなことは知らず、動き出すメイ。

 対してアサシンは、パチンと指を鳴らした。


「――――手段は選ばぬ」


 すると魔法燈が一斉に消えてしまった。


「ええっ!?」

「見えない……っ」


 驚きの声を上げるメイと怪盗。


「ちょっと待ってて、明かりを点けるから!」


 ここは怪盗が魔法燈を再点灯させるまで耐え忍ばなければならない、やっかいなギミック戦闘。


「……ここっ!」


 しかしメイは、迫るアサシンのダガー攻撃を【夜目】の効果で普通にかわす。


「運のいいヤツめ、だがこれならどうだ!」

「ここっ!」


 普通にかわす。


「待ってて! もう少しだから!」

「おかまいなくー。はいここっ!」


 アサシンの刺突スキルは、ダメージの高い技。

 本来は防御スキルや、でたらめな魔法使用、ダメもとの高速移動などで逃げ回ることが基本となるこの戦いを、問題なく進めていく。


「ぐっ!」


 しかもアサシンの顔面を、回避際に尻尾ではたく余裕ぶり。


「お待たせ!」


 ここで怪盗が灯火を付ける。

 するとアサシンは舌打ちをして、スキルを発動。


「【投影分身】」

「増えた!」


 二体になったアサシンは、見事にどちらが本物か分からなくなる。


「【瞬転】【ポイゾナス・クロウ】」


 高速移動から二体のアサシンが同時に振り降ろすダガーは、猛毒付与の高速斬撃。

 二方向から迫るその一撃は回避も防御も難しく、どちらかにヤマを張って対応する形となるが――。


「こっち! 【アクロバット】!」


 ジャングルでは急な敵の襲来に備えて常に耳をすましていたメイの【聴覚向上】に、『足音の有無』で難なく感知されてしまう。

 右側のアサシンを本物と判定し、見事な回避を決めた。


「くっ、運のいヤツめ……っ!」


 セナトのアサシンの攻撃、ことごとくメイと相性が悪い。

 悪意で作られたようなこの戦闘を、なんとここまでノーダメージ。

 すると二つの難関を乗り越えたところで、怪盗が一気に距離を詰めにいく。


「【スティール】!」


 腕が光り、見事『宝珠』の奪取に成功。


「ありがとう! うまくいったよ!」

「ええっ!? もうっ!?」


 メイは思わず声を上げてしまう。


「【スティール】ってこんなに早く成功するものなんだ……怪盗ってすごいなぁ」


 ツバメの運が異常に悪いだけであることを知らないメイ。

 明かりを消し、分身してきたアサシンよりも、【スティール】の早い成功に驚嘆してしまう。

 すると宝珠を奪われたアサシンは、転移結晶を取り出した。


「……来い」


 呼び出したのは、トサカを持つトカゲの様な魔獣。

 大型犬ほどの体躯に、狂化特有の赤い瞳が輝いている。


「バジリスクだね。気をつけて、あいつの光線を喰らうと石になっちゃうんだ。もし光を全身で浴びてしまったらそれまでだよ」

「りょうかいですっ!」


 確認し、動き出す二人。

 怪盗は四本同時にブレードを投じてバジリスクをけん制する。

 その隙にメイはアサシンのもとへ。


「【装備変更】っ!」


 メイの耳と尻尾が【狐】に変わる。

 そのまま速いアサシンのダガー攻撃をかわし、青い炎をまとった拳を叩き込む。


「【キャットパンチ】!」


 カウンターをもらったアサシンは、滑るような動きで後退してスキルを発動。

 メイを取り囲むように、四本の光のダガーが宙に浮かぶ。


「【死線】」


 正面からアサシン、そして四方向から光のダガー。

 五つの刺突が、一斉にメイ目がけて光の線を描く。


「はいっ!」


 初見での回避が非常に難しいこのスキル。

 しかしメイは前後左右を囲まれてはいるものの、上下に隙間があることを即座に見抜く。

 その場にしゃがんで回避して、逆に距離を詰めにいく。


「【キャットパンチ】! パンチパンチパンチッ!」

「ぐっ!!」


 青炎の拳を叩き込まれて、慌てて下がるアサシン。

 そのHPを4割ほど減らしたところで、バジリスクが強烈な光線を放つ。


「しまった!」


 付近一帯を一斉に照らす【石下光線】が、怪盗の右脚を石に変えてしまった。


「怪盗さんっ!」


 動けなくなった怪盗を前に、バジリスクは目標を変更。

 アサシンと即死攻撃持ちのバジリスクが、同時にメイを襲う形になった。


「【瞬転】」


 一瞬で懐に入ってくるアサシン。

 その連撃をかわしたところで――。


「ッ!!」


 石化光線がメイを狙い撃つ。

 これを身体の回転でかわすと、さらにアサシンが猛スピードで刺突を狙ってきた。


「うわっと!」


 続けてサイドステップでかわす。

 すると今度は点でなく線、斜め上方へと走る光線がメイを襲う。


「うわわわ【ラビットジャンプ】!」


 慌てて斜め後方への跳躍で距離を取ると、アサシンは一気に攻勢へ転じてきた。


「【死中狂刃】」


 手を振り上げると、中空に光のダガーが八つ。


「わっわっ、わわわっ!」


 一斉に飛んでくる光剣の飛来をかわすと、最後には回避際を狙った本人の雷光突きが迫る。

 それでも、メイは身体を大きくひねることでこれを回避。さらに。


「もう一回! 【ラビットジャンプ】ッ!!」


 乱舞からの範囲光線というコンビネーションに、メイは慌てて距離を取った。


「……もっと速くないと」


 本来はパーティで戦い、そのうえで苦戦を強いられるはずの敵コンビ。

 プレイヤーの仲間がいない以上、追撃や分担はできない。


「ここなら、誰も見てないはずっ!」


 ここでメイは【敏捷】上げのオレンジを取り出し使用。


「【蓄食】【裸足の女神】!」


 裸足になることで、さらに移動力を上げにいく。


「【影剣殺】」


 アサシンがスキルを発動すると、広がる影から次々に刃が突き上がる。

 しかしメイは高速移動でこれを置き去りにして、一気に敵の懐へ。

 放たれたダガー三連撃をかわしたところで――。


「【キャットパンチ】!」


 拳打は、使用後の隙が最も少ない攻撃。

 打撃を入れたところで、即座にアサシンの背後に回り込むような動きで一回転。

 バジリスクの範囲光線も難なくかわし、さらに【キャットパンチ】を叩き込む。

 一撃死の可能性もある光線も、もはや余裕の回避。

 ダガーを回避して【キャットパンチ】

 光線を回避して【キャットパンチ】

 返しのダガーを回避して【キャットパンチ】

 飛び散る青い炎。

 攻撃を避けつつ、アサシンの周りを回転しながら、踊るような連撃でHPを削っていく。

 そして、バジリスクが飛び掛かってきたところで――。


「がおおおおおお――――っ!」


【雄たけび】で両者の動きを同時に止め、一気にアサシンの懐に潜り込む。

 隙だらけのアサシンを前に、青い炎を燃え上がらせる。


「いっくよー! 【キャットパンチ】! パンチパンチパンチパンチパンチパンチパンチパンチだーっ!!」


 青炎を巻き起こしながら、叩き込む乱打。


「う……ぐうっ!」


 青い火の粉が舞い落ちる中、セナトのアサシンは転がり倒れ伏す。

 するとバジリスクの動きも止まり、目の色が戻っていく。

 一撃死があるバジリスクを残したまま戦ったのはまさに、『正気に戻る』可能性があったから。

 メイは見事に正解を選んだ。


「……すごいね。セナトだけを倒してバジリスクは助けちゃうなんて……」


 即死攻撃持ちのバジリスクを残して勝利したメイに、驚く怪盗。

 バジリスクを生かす展開は、高難易度ミッションとして用意されていたようだ。


「……ありがとう、君のおかげで無事に金毛羊が取り返せたよ」

「いえいえー」


 バジリスクが正気を取り戻したことで石化も解け、怪盗は安堵の息をつく。

 宝珠で檻から金毛羊を助け出し、クエストも無事クリア。


「おおーっ! ふわっふわだー!」


 メイはさっそく柔らかな毛を持つ羊に抱き着き、その感触を思う存分味わうのだった。

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