第272話 死霊術師と光の使徒

「なあ、今の雷はなんだったんだ?」

「……おい見ろ、ローチェたちだ」

「あそこにいるのはヴァイキングだよな? 間にいるのは……メイちゃんたちじゃないか?」

「まさか、これもクエストか……?」

「プレイヤーがぶつかるパターンのやつか! この戦いは大変なことになるぞ!」


 ウェーデン城へと続く道の途中。

 町の出入り口を出たところで、それは起こった。


「そういうわけだから……ヴァイキングの首領はここで消させてもらうね?」


 一方的に通告して、ローチェは突然手したムチを振り上げた。


「【サンダーウィップ・スプレッド】!」

「「「「ッ!!」」」」


 稲光がローチェの足元に広がる。

 振り降ろしたムチが雷を帯び、そのままメイたちを巻き込む形でガーランドに電撃を叩きつけにいく。

 直後、豪快な雷光が辺り一面を駆け抜けていった。


「あぶなかったぁ」


 とっさにヴァイキング首領・ガーランドを突き飛ばし、クエストの失敗を防いでみせたのはメイ。

 合図もなしに攻撃を放ってきたローチェに、白夜が飛び掛かって行く。

 こうして、トッププレイヤーたちとの戦いが始まった。


「【ライトニングスラスト】!」

「ッ!!」


 放つ高速の突きは、ローチェの腕をかすめていく。


「もう、いきなり反撃するなんてマナーがなってないぞっ」

「よくもまあ、言えたものですわねっ」

「でも、許してあげちゃう」


 そう言ってローチェはクスリと笑う。


「君にはこの後たっぷりと……力不足を反省してもらっちゃうからねっ【ファイアウィップ】!」


 炎を宿したムチで、容赦のない連打を叩き込んでくる。


「っ!」


 これを白夜が後方へのステップでかわすと、ローチェはさらに踏み込んできた。


「【ファイアウィップ・ストーム】!」


 放つは高速の乱舞。

 描かれる炎の軌跡は、隙間をうかがうことすら許さない。

 付近の建物まで砕き、飛ばし、崩すほどの乱舞が白夜を狙い撃つ。


「くっ! 【跳躍】!」


 次々にかすめていく炎のムチに、白夜はたまらず跳躍。


「くすくす。自分から跳んじゃうなんて、お馬鹿さんだねっ」


 ローチェはムチを引き、空中の白夜に狙いをつける。


「空中では隙だらけだよ? はいこれで終わりっ、サンダーウィップ――」

「【ライトニングスラスト】!」

「ッ!? く、空中からっ!?」


 まさかの特攻にローチェは慌てて回避に回るが、突撃して来た白夜自身にぶつかり弾き飛ばされた。

 衝突ダメージがわずかにHPを減らす。


「隙を見せる攻撃が『エサ』の可能性を思いつかないなんて、お馬鹿さんですわねっ」


 すぐさま追撃に走る。

 立ち上がったローチェはしかし、それでも笑みを欠かさない。


「すごーい。ローチェのムチをかわして来るなんて、小賢しいんだからっ!」


 褒めているのか貶してるのか分からない言葉をつなぐローチェ。


「でも、あんまり調子に乗らない方がいいかも」


 ムチが主要武器なら、近距離戦には優れないのが定番だ。

 白夜はそのまま近距離戦を掛けにいく。しかし。


「【獅子霊】ちゃん!」

「ッ!?」


 突然肩口に現れた巨大なライオンの霊体が、猛然と喰らい付きにきた。

 鼻先を、獅子の牙が通り過ぎていく。

 ギリギリのところでの回避に成功した白夜は、反撃に入ろうとレイピアを引くが――。


「【蛇霊】!」


 足元から飛び出してきた大きな蛇の霊に、肩口を噛みつかれた。


「うっ!」


 蛇の霊は、そのまま身体に巻き付き白夜を拘束。


「まだまだっ。おいで! 【死霊兵】ちゃんたちっ!」


 ローチェはさらに、死霊の兵士を五十体ほど召喚。

 足元から這い出て来た霊兵たちは、折れかけの剣で白夜に襲い掛かる。

 ダメージこそ高くはないが、もはや視界すらままならない完全包囲の状況。

 するとローチェは、再びムチを構えて――。


「それじゃあいっちゃうよー! 【サンダーウィップ・スプレッド】!」

「きゃああああーっ!」


 放たれる轟雷の一撃で、【死霊兵】ごと白夜を消し飛ばした。


「あれがトップの一角の力か……あんなふざけた感じでも強いんだな……」


 雷鳴と共に消えていく死霊兵たちを前に、異変を見に来た観戦者たちが息を飲む。

 白夜のHPは早くも、残り4割ほどだ。


「そのうえ……毒ですか」


 蛇霊の喰い付きには、毒付与の効果あり。

 今この瞬間も、白夜のHPは減少を続けている。

 だがこれだけで終わらないのが、死霊術師ローチェがトッププレイヤーたる所以だ。


「【双死竜】」


 ローチェの背後に現れたのは、二頭の死霊竜。

 四足歩行型の骨竜は、雄たけびと共に猛然と飛び掛かってくる。


「冗談じゃありませんわっ!」


 迫る二体の骸骨竜。

 喰らい付きをかわし、尾の振り回しをかわしたところで白夜は反撃に出る。


「【エーテルライズ・エクステンド】!」


 光の飛沫で霊竜の体勢を大きく崩すが、この隙に二体目が迫り来る。


「くうっ!!」


 スキル使用の硬直によって、完全回避はかなわない。

 突撃の際に角がかすめ、ダメージと共に体勢を崩された。


「まだだよっ。せっかくこの子たちを呼んだんだからもっと遊んであげてよねっ!」


 骨竜は、怒号をあげながら喰らい付きにくる。


「【跳躍】!」


 これをとっさに後方への跳躍で退避する。

 だが決して移動手段が豊富なわけではない白夜に、回避は続かない。

 どうにか一体目の攻撃をかわし、二体目が来たところで――。


「【ライトニングスラスト】ーッ!!」


 移動攻撃を回避用に転嫁して、ギリギリのところでその場をやり過ごす。しかし。


「はいお疲れさまでしたっ! 【サンダーウィップ・スプレッド】!」


 着地際を狙った、轟雷の一撃。

 毒によって、残りHPが1割を割り込んだ白夜。

 もはや個人のスキルでの回避は不可能だ。


「来てっ!! 【ラグナリオン】ッ!!」


 猛然と飛来して来た黒竜に乗り、白夜は空中への回避を図る。

 目前に迫る雷撃はしかし、それを許す状況にない。


「くうっ!!」


 黒竜は全力の旋回で白夜を守り、雷撃の身代わりを買って出た。


「助かりましたわ。さすがわたくしの相棒ですわね」


 白夜はあらためて、トップ級の異常な強さを思い知らされる。

 どう考えても、単純な戦闘能力はローチェが上だ。


「ですが……悪の貴族が放った最強の刺客は、人の道を外した死霊術師。光の使徒として……絶対に負けられませんわ……っ!」


 その目は『悪の貴族の雇った強者との戦い』という状況に燃えていた。


「いきますわっ!」


 姿勢を立て直した白夜は空中を大きく旋回し、ローチェに向けて一直線。


「本当にお馬鹿さんなんだからあっ。空中にいたんじゃいい的なんだってばっ!」


 そう言ってローチェは両手に持ったムチに、炎を灯す。


「【ファイアウィップ・ストーム】!」


 ローチェは伸長するムチを、踊るような動きで乱舞する。


「ラグナリオン! 【エアブースト】!」


 削れていく黒龍のHPゲージ。

 しかし次々に飛んで来る炎の乱舞を、飛行速度の上昇で見事に潜り抜けた。


「へえ、すごいなぁ。これもかわして来ちゃうなんて」


 それでも、その余裕は変わらない。


「それじゃあ、ここまでがんばったご褒美だよっ! おいで……【神霊祖竜】」

「なッ!?」


 ローチェの足元から巨大な頭部を突き出してきたのは、海竜並みの体躯を誇る霊竜。

 それは死霊術師ローチェの最大奥義。

 開いた口蓋、並ぶ牙。

 付近一帯のオブジェクトごと、巨竜が全てを飲み込みにかかる。


「ラグナリオンッ!! ローリングですわァァァァッ!!」


 全力の縦回転で、霊竜の喰らい付きをかわしに行く白夜。


「お願い! 間に合って――――ッ!!」


 霊竜の喰らい付きは、巻き込んだ建物ごと全てをかみ砕く。

 黒竜も腹を裂かれ、瀕死のところまでHPが減らされた。しかし。


「……ここからが、勝負どころですわよ!」


 ギリギリで回避に成功。

 空中で一度縦回転を決めた白夜は、そのまま黒竜を蹴って空中に躍り出た。


「マズっ!」


 確実に決まると踏んだ大技で白夜を仕留め損ねたローチェが、さすがに焦り出す。


「し、【獅子霊】っ!」


 慌てて呼び出した大きなライオンの霊は、猛然と迫る黒竜の爪に切り裂かれた。


「ああああああ――――っ!!」


 そのまま黒竜は、泥臭い体当たりでローチェを弾き飛ばす。

 ダメージ判定は衝突だが、2割ほどHPを持っていった。

 さらに、そこに落ちてきたのは白夜。


「【ツインストライク】!」


 突き刺したレイピアが強烈な閃光を放ち、倒れたローチェを吹き飛ばす。

 さらに3割強ほどHPを削られたローチェは、大きく宙を舞った。


「…………あら、そんなところにいていいんですの?」


 浮かべる笑み。


「空中では隙だらけですわよ?」


 そう言って白夜は、レイピアを掲げた。


「【エーテルジャベリン】!」


 放たれた六本の光の槍が、空中のローチェに炸裂。

 さらに白夜はレイピアを引き、狙いをつけると――。


「これで終わりですわ! 【ライトニングスラスト】ーッ!!」


 今まさに落ちて来たローチェに、必殺の刺突を叩き込んだ。


「うそ……でしょ……?」


 HP全損。

 まさかの逆転劇に、信じられないといった表情のまま倒れ込むローチェ。


「……すっげえ」


 最後に自身の全てを叩き込んで勝つという極端な戦いに、驚きの声をあげる観戦者たち。


「言いましたわよ。光の使徒がいる限り、悪の栄えることはないと」


 白夜はレイピアを一度、大きく振るってみせる。


「この九条院白夜が、世界にはびこる闇を全て暴いて差し上げますわ!」


 完璧なポーズを決める姿に、観戦者たちが感嘆の息をつく。


「……な、なあ」

「なんですか?」


 そして、最高に気持ちよくなっているところに向けられる問いかけ。


「毒はいいのか?」

「…………あっ」


 見事トッププレイヤーの一角であるローチェに勝利した白夜。

 残ったHPの惨状を見て一転、大慌てするのだった。

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