第268話 大詰めですっ!

 クジラの突撃によって海に沈んだ海竜は、跳び上がるようにして港湾部へ戻ってきた。

 狙いはもちろんメイ。

 四足歩行特有の腹を擦るような動きで、一気に迫ってくる。


「よいしょっ」


 振り上げた前足の叩きつけ。

 メイはこれを難なくかわすが、足元から猛烈な勢いで水が噴き上がる。

 喰らえば転倒を取られる一撃。

 さらに海竜が前足をもう一段回強く踏み込むと、冷気が広がりそのまま氷刃となった。


「おっと!」


 これも後方への跳躍でかわすと、氷刃は続けて爆発した。


「うわわわわっ! 【アクロバット】!」


 敵の攻撃には多段ヒットするものも多いことを知ったメイは、これも見事にかわしてみせる。


「ッ!!」


 そこに振り降ろされるのは、氷結尾の叩きつけ。


「あいたたたっ」


 直撃は避けたが、弾けて散らばった氷片がかすめていった。

 さらに海竜は両前足を上げ、そのまま地面に叩きつける。

 すると足元から広範囲に、光の陣が蜘蛛の巣のように広がっていく。


「わあ、きれいな魔法」


 次の瞬間、光陣から一斉に伸びあがる樹氷。

 猛スピードで枝を伸ばし、付近一帯を樹氷の森へと変えていく。


「わっ、わわわわわっ!」


 無尽蔵に広がる氷の枝は、一瞬で牢獄と化す。

 捕まれば小時間の行動不能、捕まらなくとも氷の樹木に路を塞がれた状態になってしまう。


「ッ!!」


 そして氷獄にプレイヤーを閉じ込めた後に続くのは、シンプルかつ高威力の圧し掛かりだ。


「【装備変更】【裸足の女神】っ!」


 しかしメイも、それが『枝』である以上避けて駆けるのは大得意。

 猛スピードで樹氷の隙間を抜けていく。


「それーっ!」


 そのまま飛び込むようにして、圧し掛かりの範囲から抜け出してみせた。

 巻き起こった爆風に転がりはしたものの、ダメージは僅少。


「あぶなかったぁ」


 息をつくメイに、海竜は樹氷攻撃を続ける。

 足元の光陣が強く点灯し、樹氷は怒涛の勢いで広がっていく。


「よっ、ほっ、それっ!」


 それでも、【鹿角】と【裸足の女神】のコンビネーションは崩せない。


「……ずっと、この繰り返しだったらどうしようかな」


 メイ、不意にそんな不安を抱く。

 回避だけなら問題ない。

 かといって攻撃をすれば、その隙に後方から来た樹氷に捕まりそうだ。

 迫る樹氷は止まらない。

 これだけをずっと続けられると大変だなぁ……と、メイが思った瞬間。


「高速【連続魔法】【魔砲術】【フレアアロー】!」


 灼熱のビームと化した炎矢が三連発。

 胸元に炸裂して、圧し掛かりにいこうとしていた海竜の体勢をわずかに崩す。さらに。


「もう一回、高速【連続魔法】【魔砲術】【フレアアロー】!」


 クールタイムを待っての連発も、回避を許さぬ速度の炎矢が突き刺さる。


「最後は【魔砲術】【フレアバースト】ッ!」


 そして最後は燃え盛る爆炎で、海竜を転倒させてみせた。


「いまだーっ!」


 メイはこの隙を逃さない。

 樹氷の森を駆け抜け、海竜の前に飛び出していく。


「大きくなーれっ!」


【密林の巫女】の発動によって、手にした【青樹の白剣】が一気に伸長する。


「【フルスイング】だああああ――――っ!!」


 振り上げる一撃は、倒れ込んでいた海竜に直撃して再び氷海へ押し返した。


「ありがとーっ!」


 尻尾をブンブンさせながらレンに手を振るメイに、レンも杖を軽く振って応える。


「なんだあのコンビネーション」


 見た事もない遠近の連携に、驚く参加者たち。


「さ、このまま一気にいきま……」


 言いかけて、レンの言葉が止まる。

 残りHPが3割ほどまできたところで、海竜は咆哮をあげた。


「くるわっ!」


 輝く粒子が、すさまじい勢いでその全身に集束していく。


「氷海の大波……これ、今までのより威力が高い! みんな今すぐ逃げてっ!!」

「おい逃げるぞ! 次の波はかなりヤバいらしい!」

「海竜マジでやっかいだな! 危うくなったら全体攻撃に頼りやがって!」


 海竜の『仕切り直し』攻撃。

 参加者たちは不満を口にしながら、大慌てで回避に走る。

 メイも同じように高所へ退避しようとして――――不意にその足を止めた。


「あれ……これって、もしかして」

「メイさん……?」

「おいメイちゃんどうした!? そんなところに居たら流されちまうぞ!」

「早く逃げるんだーっ!」


 波が砕け、迫る氷海の濁流。

 その規模は圧倒的で、建物はもちろん防御に入ったヴァイキングまでをも押し流す。

 それにもかかわらず、なぜかその場を動かないメイに皆の視線が集まる。


「……まさか」


 そんな中、レンがつぶやいた。

 氷の濁流は、全てを飲み込み突き進む。

 対してメイは、クラウチングスタートの構えを取った。

 腰を上げ、尻尾をピンと立て、そして真正面を向く。


「よーい……ドンっ!」


 迫り来る濁流に向けて、そのまま走り出す。


「【アメンボステップ】!」


 跳び上がったその足は、しっかり氷海をつかんだ。


「…………な、なんだあれ!?」

「迫る波の上を……走ってる!?」


 退避をすませた参加者たちは、その驚異的な光景に息を飲む。

 街を怒涛の勢いで流れていく【氷海大波】の上を、メイは飛沫あげながら遡っていく。

 波を蹴り、漂流物を避け一直線。

 そしてそのまま海竜の胸元にたどり着き、大きく剣を引く。


「せーのっ! 【ソードバッシュ】!」


 振り上げと共に発生した衝撃波が、猛烈な飛沫を上げた。

 奪われる視界に皆、唖然とする。

 やがて飛沫が落ち着くと、そこには誰もいなかった


「メイちゃん……?」

「消えた……メイちゃんが消えた!?」


 慌て出す参加者たち。

 そんな中、一人の剣士が突然空を指さした。


「空だーっ!!」


 彩色の巨鳥で上空に舞い上がったメイは、そのままケツァールの背を蹴り落下。

 海竜に向け、猛スピードで特攻してくる。


「お、おおおおーっ!!」

「いっけー! メイちゃぁぁぁぁん!!」

「いきますっ! ダイビング……【ソードバッシュ】だああああああ――――!!」


 巻き起こった衝撃波が、砕けた氷塊としぶきを天高く跳ね上げる。

 底が見えそうなほど深く割れた氷海に、皆誰もが目を奪われる。


「「「……す、すっげええええー!!」」」


 わき立つ参加者たち。

 最後の大技を攻略され、海を割る一撃で返された海竜は粒子になって消えていく。


「ぷはっ」


 氷海から顔を上げるメイ。

 港湾部には、メイに向けて手を振るレンの姿。

 そして大きな歓声をあげながら、メイの勝利を喜ぶ参加者たちの姿があった。


「よし行くぞ! 俺たちもヴァイキング船を落とすんだ!」

「「「オオオオ――ッ!!」」」


【氷海大波】を退避していた参加者たちが、一斉に走り出す。

 先行するのはツバメ。


「【電光石火】! 【サクリファイス】【四連剣舞】!」


 立ちふさがったヴァイキング・リーダーを倒し、遠距離攻撃部隊を先導する。

 そこに現れたのはヴァイキング・コマンダー。


「【加速】【リブースト】【四連剣舞】」


 一気に距離を詰め、四連撃でダメージを奪う。

 迫るのは斧の振り降ろし。


「【跳躍】」


 ツバメはそのままコマンダーを飛び越えるようにして跳躍。

 背後から飛び出てきたのは白夜。


「いきますわ! 【ライトニングスラスト】!」

「【アサシンピアス】」


 前方から白夜の刺突、後方からツバメの刺突。

 挟み撃ちをもらったヴァイキング・コマンダーはそのまま倒れ伏した。


「さあ皆さん、お願いしますわ!」

「お願いします」

「「「おうっ!」」」


 白夜たちの声に、弓手と魔導士たちは一斉に攻撃を開始。

 海竜も極大砲も失い、もはや単なる的と化したヴァイキング船に集中する魔法と矢。

 そこにレンの【フレアアロー】も加わり、大型船は爆発炎上。

 耐久ゲージは、見事にゼロとなった。


「やりましたね」

「当然ですわ」

「「「ウオオオオオオ――――ッ!!」」」


 燃え上がる敵船の姿に、参加者一同歓喜の叫びをあげる。


「やったー! みんなすごーい!」


 建物から建物へ。

 メイは壁や縁を蹴り、急に出て来たスライムにぶつかったりしながら皆のもとに駆けつける。

 こうしてメイたちを起点としたヴァイキング船破壊クエストは、参加者たちも活躍。

 強敵の打倒、高難易度クエストを全員で乗り越えたことに、これ以上ないほどの盛り上がりを見せたのだった。

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