第172話 最終日の朝のこと

 合宿三日目、早朝。

 朝日の入り込むレンの部屋。


「ふああ」


 そのまばゆさに、さつきは目を覚ました。

 身体を起こし、目を擦って、それから少しボーっとする。

 レンの部屋には今、布団が三枚並んでいる。

「一人だけベッドは悪いから」と、敷いた布団。

 さつきの両隣には、レンとツバメが静かに寝息を立てている。

 ジッと、さつきは二人の姿を見つめる。


「今日でもう、ダンジョン合宿も終わりかぁ」


 楽しいけど寂しい。

 そんな少し不思議な感情。

 静かな早朝の陽光の中で、つぶやく。


「色んな場所に行ってみたくて始めたゲーム。思い切ってジャングルを出てみて良かったなぁ」


 メイはそっとレンの手に触れる。


「7年も遊んでたのに、知らないことばかり。そんなわたしの手を引いてくれるレンちゃん。すっごく頼りになるレンちゃんが……好き」


 レンの寝顔を見つめて、ほほ笑む。

 それからゆっくりとツバメの方へ。


「一緒に前線で戦う仲間のツバメちゃん」


 その小さな手にそっと触れる。


「可愛くて、どこか上品で、それなのに少し変わったところがすごく楽しくて……好き」


 ツバメを見つめて、ほほ笑む。


「二人と一緒で本当に良かった。ありがとう……レンちゃん、ツバメちゃん」


 ぺこりと頭を下げると、そのままゆっくり枕に顔をうずめる。


「えへへ……楽しいなぁ」


 時間はまだ早朝。

 笑みを浮かべたまま、さつきは再び眠りにつく。

 ――――大変だったのは、レンだ。

 実はメイが身体を起こしたところで、レンも目が覚めていた。

 眠気にうつらうつらしていると、突然さつきが自分の手に触れた。

 当然、全部聞こえてた。

 耳が、顔が、焼けてるのかというくらいに熱い。

 しかし今さら起き上がることもできず、そのまま真っ赤なままでいたところ―――。


「……ん」


 あとに続くようにして、ツバメが目を覚ました。

 ツバメはまだ早朝であること、そして寝ている二人を確認すると、静かに口を開く。


「毎日、こんなに楽しくていいのでしょうか……」


 それからメイに語り掛けるように、わずかに顔を傾ける。


「メイさんのいつも元気なところが好きです。見ているだけで楽しいです」


 そして、レンの方を向く。


「レンさんの何気ないツッコミが好きです。つい笑ってしまいます」


 そして、静かに目を閉じる。


「今は胸を張って、大好きな友達と遊んで来ると家族に言えます。お二人のおかげです……出会えてよかった」


 にこりと笑って、そのままメイの背に寄り添うようにして目を閉じた。

 レン、もう動けない。

 しばらくそのまま、赤面状態でいた後。

 さつきとツバメの寝息が落ち着いていることを確認して、そーっと目を開ける。

 静かに立ち上がり、足音に気をつけながら窓際に。

 まぶしい朝の光を浴びて、熱い耳を冷ますように何度も深呼吸する。

 まだまだ静かな街並み。

 窓から見えるのは、飛び立つ鳥くらいのものだ。

 そして、まだ白みがかっている青空を見つめたまま。


「……わ、私だって、二人に会えて良かったと思ってるわよ」


 振り返ることなく、レンはそうつぶやいた。


「お姉ちゃんの結婚で急に目が覚めちゃった時は、本当に全部捨てて辞めちゃうつもりだったんだもの。素に戻った自分が、最初に出会ったのが素直で元気なメイで良かったわ」


 静かな朝の空気の中で、続く言葉。


「その後、メイのすごさに一緒に驚ける仲間ができた。少し変わったところが可愛いツバメ。二人でメイに驚く時間はとても楽しいの」


 話し出せば、自然と生まれて来る。


「何より。二人にも同じように『ムダかも』って思っちゃうような時間を過ごした経験があった。そのおかげで……自然でいられるのよ」


 自然と生まれる柔らかな笑みを、浮かべたまま――。


「だから…………ありがとう」


 レンはゆっくりと振り返る。


「ふげッ!?」


 そこには、ただただ単純にうれしそうに目を輝かせるさつき。

 そして照れながら、もじもじと身体を揺らすツバメ。

 どうやら二人とも目を覚まし、レンの独白を最前列で聞いていたようだ。

 レンは再び、身体が燃え上がりそうなほど赤面する。


「な、な、な、なんで私の時だけええええええ――――ッ!!」


 自分の時だけ『ご本人にしっかり聞かれていた』ことに、思わず吠えるレン。

 とにかく恥ずかしいこの空気に、居ても立っても居られない。


「と、と、とにかく今日もいくわよ! グランダリアが私たちを呼んでるわ! まずは朝食からっ!」


 勢いのまま、部屋を出ていこうとするレン。


「……意外なお言葉でした。その……うれしいです」

「やめておきなさいよ! 今回に関してだけは『我が眷族として期待しているぞ』みたいな言い方の方が冗談にできて良かったわ! なんでこんな時ばっかりしっかり、しかも長文で私はぁぁぁぁ!」


 ささやくツバメに、思わず頭を抱える。


「えへへ、レンちゃん顔が赤いよ」

「な、なによ! メイだって似たようなこと言ってたじゃない!」

「うんっ」


 対してメイは、ビクともしない。


「だって、わたしも同じだからっ!」


 ただ嬉しそうに言って笑う。

 見事なカウンターに口をふさぐレン。

 さつきは前を行くツバメの背を抱きしめながら、レンに笑いかけた。

 ツバメはあわあわし、レンは長々演説したことを思い出して再び顔を赤くする。

 掲示板は記録更新への期待で盛り上がっているが、三人に特別意識なし。

 そんな事実は露も知らず、ほほ笑ましい朝を迎えていたのだった。

 そして、合宿最終日が始まる。

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