第141話 お出かけします!

「ふっふふっふふーん」


 さつきは鼻歌を口ずさみながら、軽快なステップで階段を下りてくる。


「ご機嫌ねぇ」


 母やよいが声をかけると、くるっと一回転。


「もう今日が楽しみで仕方なかったんだよー! まだちょっと早いけど行ってくるね!」

「急ぎ過ぎて転んだりしないようにね」

「大丈夫だいじょう……わっ!」


 うっかり転びそうになって、体勢を立て直す。


「てへへ」

「くれぐれも気をつけてね」

「はいっ」


 苦笑いのやよいに元気よく返事をした後、さつきは走り出した。

 普段使いのカバンより、少し大きなリュックを背負って。

 急ごうとするとつい民家の屋根や木の枝を見てしまうのは、もはやクセ。


「野生化はしてない……してないっ」


 自分にそう言いきかせながら向かう先は、青山家の最寄り駅。

 その駅前広場だ。

 特急の停まる駅だけあり、綺麗に舗装された道路には商店が建ち並んでいる。

 立ち止まり、落ち着きなく辺りを見回すさつき。

 するとすぐに、こちらに向かってくる少女を見つけた。

 さつきはその顔をパアアアアっと輝かせて、走り出す。


「おーい!」


 大きく手を振りながら、駆けるさつき。


「こっちだよレンちゃーん……?」


 その足が止まる。


「レンちゃん?」

「私であってるわよ」


『星屑』の中では白銀髪のレンも、こっちでは綺麗に結んだ黒髪。

 そのうえ制服という事もあって、歩き姿こそいつものレンだが雰囲気は少し違って見える。


「レンちゃん、制服も似合ってるね」


 レンの腕に抱き着き、よろこぶさつき。


「メイもいつも通りね」


 むしろさつきは変わらなすぎで、思わず笑ってしまう。


「でも驚いたわ、本当に近くに住んでたのね」

「本当だねぇ」


 ゲーム中の、何気ない会話から判明した事実。

 さつきとレンの家は、なんと隣町。

 手を組んだまま二人、うれしい偶然に笑い合う。


「……あれって、もしかしてツバメちゃん?」


 さつきが目を留めたのは、通行人にぶつかられてフラついている小柄な女の子。

 どうやら背の低さと影の薄さのせいで、あまり存在を認識されていないようだ。


「ツバメちゃーん!」


 さつきが手をブンブン振る。

 するとツバメは、バッと顔上げた。


「かそ……ッ!?」


 足をもつれさせ、そのまますっ転ぶ。


「だいじょうぶー?」


 ツバメは、慌てて駆け寄って来た二人に手を引かれて立ち上がる。


「は、はい、大丈夫です」

「……【加速】しようとしたわね」

「うっ……何せ友達と待ち合わせるという事自体が、なかなかない経験で……」


 うっかりテンションが上がって転んでしまったようだ。


「分かるよー」


 うんうんと、うなずくさつき。


「絶対に私だけ飛行機の距離だろうと思ってドキドキしていました。電車で来られる距離で、本当に良かったです」


 ツバメは胸をなでおろす。


「普段は結構可愛い系なのねぇ」


 アサシンの時とは正反対のスカート姿を見て、レンがつぶやいた。

 色使いも白やピンクと淡いものが多く、かなり可愛らしい。


「レンさんは制服なんですね」

「まだいい私服がないのよ。普通と呼べるような服が」


 姉の結婚で、急に中二病から『戻って』きたレン。

 以降はメイやツバメとゲーム三昧だったために、服を買いに行くことなんて考えもしなかった。

 その結果が制服での外出だ。

 わざと穴を開けた柄ストッキングや包帯がない分、ずいぶんと普通に寄っている。


「それじゃ行きましょうか」

「はいっ!」

「行きましょう」


 10歳からの7年を全力でジャングル住まいしていたこともあり、友だちの家に泊まりに行くのも初めてなら、ゲームを介して出会った友人と会うのも初めての事。

 しかもそれがレンやツバメなら、ワクワクしないはずがない。

 さつきの足は、自然と弾んでしまうのだった。



   ◆



 三人が立ち寄ったのはスーパー。

 まずは何と言っても買い出しからだ。


「リンゴはどこかしら?」

「あっちの方じゃないかなぁ」


 言われるまま、さつきの指さす方向に進む。


「本当にあった……もしかして」

「もしかして?」

「現実でも【嗅覚向上】してる?」

「ししししておりませんっ! 偶然覚えていただけでございますっ!」

「あとは飲み物をいくつかと、お菓子を何種類かって感じだけど……チョコレート系は必須よね」

「クッキーも欲しいですっ!」

「では私はキャベツ太郎を……」

「女子三人でそこ選ぶ? 私も好きだけど」


 我が道を行くツバメに、楽しそうに笑うレンとさつき。

 結局そのまま、カゴは菓子でいっぱいになってしまった。

 買い出しを終えると、三人はそのまま住宅地の方へ。

 たどり着いたのは、淡い色使いが特徴の一軒家。

 玄関周りには、手入れの行き届いた花が植えられている。

 そして表札には『星城』の文字。


「わあ、レンちゃんのお家……かわいいね」

「はい、外国の家みたいです」

「……以前はバラのトゲに包まれた妖しい家がいいと思ってたんだけどね。本当に目が覚めて良かったわ」


 レンは白目をむきながら言う。


「それじゃ入って」

「おじゃまします!」

「失礼します」


 レンに連れられて、星城家へと入るさつきとツバメ。

 内装も優しい色使いで統一されていて、優しい雰囲気だ。


「……ん?」


 すると、ちょうど階段を下りて来た中学生くらいの少女と目が合った。


「こんにちはっ。青山さつきと申しますっ」


 いつもの笑顔で、ペコっと頭を下げるさつき。

 合わせてツバメも、小さく頭を下げる。


「…………」


 そんなさつきたちを前に、硬直する少女。

 その顔が、驚きに変わる。


「か、か、か、可憐姉が……まともな友だち連れて来た――――ッ!!」


 少女はそのまま大慌てで、家の中へと駆け込んで行った。

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