第101話 いなり寿司とお稲荷様

「がんばれツバメちゃーん!」


 メイが大きく手を振って応援する。

 すでにいなり寿司購入の五人は決まっているものの、順位別の参加賞をもらうために競争は続いていた。

 伏見堂前は、最後の勝負が行われている。


「【加速】【アクアエッジ】」


 放たれた魔法をかわし、ライバルを水の斬撃で打ち倒す。

 それを見た数人の参加者たちが、一斉にツバメに襲い掛かってくる。


「【紫電】」


 まとめて動きを止め、再度の加速で置き去りに。

 そして、最後の直線。


「【ファイアバレット】!」


 後方から来た魔法剣士が、ツバメに向けて炎の弾丸を連射する。


「【加速】!」


 これを必死にかわし、ツバメはそのままゴールである伏見堂へ駆け込んで――。


「ツバメちゃんっ!」


 メイの声が聞こえた、次の瞬間。

 あえて一本外した道から来たのだろう剣士が、突然脇から飛び掛かって来た。


「【刃返し】!」


 右から左、そして再び高速で戻ってくる刃がツバメを捉えた。

 しかし。その姿が霧のようにかき消える。


「……残像っ!?」


 剣士が気づいた時、すでにツバメは伏見堂にすべり込んでいた。


「すっごーい!」


 見事な攻撃回避に、尻尾をブンブンさせて歓喜する。

 メイが鹿角で数人まとめて弾き飛ばしていたこともあり、上位陣の数は減少。

 そこそこの乱戦になったせいで離脱者も出て、ツバメも19位に食い込んだ。

 最後尾からの19位も、かなりの好成績だ。


「――――よいしょっと」


 そんなツバメのゴールからしばし。

 それなりにある【敏捷】と、橋の穴や人通りの量にも左右されない【浮遊】を使って、レンも63位で到着。

 この順位になると競争もなく、落ち着いたものだ。


「二人ともやるわねぇ。参加賞、ツバメは何をもらったの?」

「【腕力】アップの種です」

「あら、10個もあるなんていいじゃない。ちなみに63位は……鉄の延べ棒よ」


 何とも言えない参加賞に、苦笑いのレン。


「限定の『金いなり』は、お前さんだね」


 店主NPCは、豪華な包装のいなり寿司を持ってメイのもとにやってきた。


「あの子、最後尾だったよな……?」

「え、マジで!? そんなことあんの? すっげー!」

「今回は『金いなり』が、何に替わんのかな」


 なんだかんだで、戦いが終われば優勝者に拍手を送る参加者たち。

 メイも「ありがとうございますっ」と笑顔で応える。


「もらえる物はその時によってバラつきがあるみたいだけど、鉄の延べ棒よりいい物なのは確かでしょうね」


 三人は『金いなり』をアイテムと交換してくれる『いなり寿司大好きNPC』のもとへと歩き出す。

 その住処までは、西へ向けてただ一直線に進むだけだ。


「……ん?」


 道の途中、不意にメイが足を止めた。

 ヤマトの街中には、まれに『祠』がある。

 そこには、ずいぶんと放置されているのであろうツタまみれの祠があった。

 メイがツタを引っ張って取り払うと、そこには縁起が書かれている。

 どうやらこの祠は、お稲荷様を祀ったもののようだ。


「油揚げに目がなかった……かぁ」


 その最後に書かれた、追記のような一文をじっと見つめるメイ。


「……レンちゃん、ツバメちゃん」

「なに?」

「これ……お供えにしてもいいかなぁ」

「いいわよ」

「はい、もちろんです」


 週一回しか開かれない特殊イベント。

 しかも一位を取らないと入手できないアイテムを、お供えとして置いていこうと言い出すメイ。

 普通に考えればあり得ないことだが、レンもツバメもそれをとがめない。


「ありがとー!」


 メイはうれしそうに『金いなり』を供えると、傾いた小柄な狐像を立て直す。

 ツバメとレンも、散らばっているツタの葉をまとめておく。

 それだけで、ずいぶんと綺麗に見えるようになった。


「良い物と交換できるっていうのを知ったうえで、小さな祠の説明文だけで特別アイテムをお供えしちゃうのなんてメイくらいでしょうね」


 メイのそういうところが好きなレンは、その姿をほほえましく見つめる。


「そうですねぇ」


 ツバメも口元をほころばせていた。

 そして。そんなメイたちをジッと見ている一匹の子狐。

 振り返ったメイが思わずその目を奪われ、レンも「あら」と興味深そうに黄色い狐を見つめる。


「か、かわいいです……」


 ツバメに至っては、その可愛らしい姿に震え出していた。

 トコトコと、三人の前にやって来る子狐。

 なんとそのまま普通に後ろ足で立ち上がると、ぺこりと丁寧に頭を下げた。


「祠をきれいにしていただいた上に、こんな豪華なお供えまで……ありがとうございます」

「き、狐が……」

「しゃべりました……」

「すごーい……っ」

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