第99話 本気で逃げる犬神さん

「あっ、さっきのワンちゃんだっ」


 土蜘蛛を倒したところで、メイが杉の木の裏に隠れていた犬神を見つけた。

 するとやや小型の狼のような姿をした犬神は、慌てて逃げ出していく。


「ブラック陰陽師は嫌になっても、土蜘蛛のことは心配で見に来たのかしら」

「いい子ですね」

「陰陽師クエストのミッションで間違いないわ。追いかけましょう」


 先行して逃げていく犬神。

 その速度はかなりのものだ。


「メイたちは先に行って。私も【浮遊】を使って二人の後を追うから」

「りょーかいですっ!」

「はい」


 犬神の逃走速度から、このミッションは【敏捷】が重要であることに気づいたレンは追跡を任せる。

 速度を上げたメイとツバメは、そのまま犬神を追ってヤマトの街の方へ駆けて行く。


「【バンビステップ】!」


 メイは速い足の運びで一気に距離を縮める。

 それ見て、犬神はさらに加速した。


「はやーい!」


 そしてそのまま、ヤマトの街外れへと逃げ込む。


「街の中で勝負という事ですね……っ」


 ツバメの予想通り、犬神は町屋の並ぶ一帯へ。


「勝負です! 【加速】!」


 ここで一気に速度を上げ、距離をつめるツバメ。

 しかし犬神は後ろ足を滑らせながらコーナーを曲がり、さらに街中へ。

 たどり着いた先は、通行人の多い通り路。

 先行する犬神が、その人波を前にわずかに速度を落とした。

 ここでメイが一気に、身体をつかみにいく。


「それっ、捕まえ――――」


 しかし犬神は止まらない。

 ここでむしろ速度を上げ、そのまま壁へ。


「わあ! 壁を走ってる!」


 犬神はそのまま壁を駆け、再び二人に差をつけた。


「【加速】【跳躍】!」

「【ラビットジャンプ】!」


 通りから裏路地へと逃げ込んでいく犬神。

 メイたちも大きな跳躍で後を追う。


「かなり速いですね……さすがミッション」

「……ツバメちゃん……あ、辺りに誰かいる?」

「いいえ、路地にはいません」

「そうだよね、大丈夫だよね! それなら……は、【裸足の女神】っ!」


 辺りを何度も確認したうえで、スキルを発動。

 足装備が外れ裸足となり、【敏捷】と野性味を上げたメイが一気に犬神へ接近する。


「捕まえたぁ! ……あれっ?」

「残像……ですか?」


 とらえたかと思った犬神が、煙のようにその姿を消した。

 そして次の瞬間、予期せぬ方向から襲い掛かってくる。


「わわわわ! 【アクロバット】!」


 これを後方回転で回避すると、犬神の周りに浮かんだ『お札』が一斉発射。


「【モンキークライム】!」

「【アクアエッジ】!」


 メイは民家の屋根に上って回避。

 ツバメは水の刃で斬り払う。


「こんなに抵抗するなんて…………よほどのブラックなんですね」

「それーっ! 今度こそ捕まえ――」


 屋根の上から飛びかかりにいくメイ。

 確かにつかんだ犬神の身体はしかし、手中からかき消える。


「また残像だーっ!?」

「ッ!?」


 大慌てで地に伏せるツバメ。

 その頭上を犬神の牙が通り過ぎていく。


「何とか一撃入れて動きを止めたいところですが……」

「で、でも悪い子じゃないし、剣を使うのは……よしっ」


 足を止めたメイに、犬神は狙いを絞る。

 駆け出す犬神と、生まれる三つの残像。

 するとメイは剣を手放し、目を閉じた。


「メイさんっ!?」


 驚きに声をあげるツバメ。

 その隙を突き、飛び掛かってくる犬神。

 メイはただ、静かに耳を澄ますと――。


「【キャットパンチ】!」


 その正しい方向を【聴覚向上】で聞き分け、剣よりも早く的確な一撃を放つ。


「きゃんっ!」


 見事なカウンター。

 宙を舞った犬神は、空中で身をひるがえして体勢の立て直しを図る。しかし。


「【加速】!」


 その隙を突いて飛び込んで来たツバメに抱き留められた。


「ツバメちゃんありがとー!」


 速さと残像で逃げ回る、犬神の捕獲ミッションはこれにてクリア。

【キャットパンチ】を決めたメイが、頭を撫でる。


「叩いちゃってごめんね?」


 すると犬神は観念したのか、ツバメの腕の中で「わん」と鳴いた。



   ◆



 遅れてやって来たレンと合流し、陰陽師のいる神社の裏倉庫へと戻る三人。

 犬神も観念したのか、ツバメの腕の中でおとなしくしていた。


「おお、犬神を連れて来てくれたようだな」


 倉庫の片隅でだらけていた陰陽師は、そそくさとスキルブックを取り出す。



【壁走り】:建物の壁などを駆けることができる。張り付きで止まることも可能。



「この子に少し、自由な時間を上げてください」

「ああ、そうするよ」


 陰陽師のそんな言葉に、安堵の息をつくメイたち。


「さて、次の仕事だが――」

「ガルルル!」


 しかし即座に次の仕事の話を持ち出したところで、犬神が思いっきり噛みついた。


「お、おい急になんだ! やめろ!」


 犬神はその腕に喰らい付いたまま、意地でも放さない。


「痛っ! わ、わ、分かった! 悪かった! お前の要望を聞く、聞くからやめてくれ!」


 本気で喰らい付きに来る犬神に、ついに謝り始める陰陽師。

 その姿に満足したのか、犬神はようやく一つ息をつく。

 そして五芒星の中から、一冊の本を取り出してきた。



【残像】:実体のない虚像を生み出し、敵を混乱させる。



「これがミッション報酬ね。なかなか面白そうなスキルじゃない。対人戦なんかで凄く役立ちそう」

「おつかれさまでした」


 そう言って、犬神の頭をぽんぽんするメイ。


「わ、わたしも」


 ここぞとばかりにツバメも、犬神を撫でまわす。

 犬神も尻尾をブンブンと、うれしそうだ。


「いつまでやってるのよ」


 その毛並みになかなか離れられずにいる二人に呆れながら、ついでとばかりに犬神をもふもふしておくレンだった。

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