第63話 ツバメと宝珠

「【跳躍】」


 伸ばした手は、わずかに届かない。


「【跳躍】」


 時計塔の『3』の曲線部分に置かれた青の宝珠に、手を伸ばすツバメ。


「届かないです……」


 小柄な少女がぴょんぴょんしている絵は、ほほ笑ましい。


「メイさんのように、一度壁を蹴ってみましょう」


 まずは普通にジャンプ。

 段差に足をかけてからの【跳躍】は、今度こそ宝珠に手を届かせた。

 こうしてなんとか、二つ目の宝珠を手に入れたツバメ。

 これで1セット作るのに必要なのは、赤の宝珠のみ。


「やっぱ『コレクト』は、誰かに集めさせてから奪い取るのが一番だな」

「ああ、その通りだ」

「ッ!?」


 聞こえて来た物騒な会話に、慌てて振り返る。

 宝珠を手に歩いてくるのは、四人の重装戦士。

 その装備品から、そこそこのレベルであることが分かる。

 そんな戦士が、四人。

 厳しい戦いになるだろう。

 だがツバメも仲間たちと競争している身なのだ。譲るわけにはいかない。


「……負けないです」


 覚悟を決めて、二本のダガーを抜くツバメ。


「そういや、この前のイベントどうだった?」

「ジャングルは難しかったなぁ」

「……?」


 しかし四人のプレイヤーはそのまま、ツバメの前を素通りして行った。

 そもそも、四人の意識に入っていなかったようだ。


「……相変わらずの存在感のなさです」


 安堵と落胆の混じった息をつく。


「とにかく、次の宝珠を見つけないと」


 何せパーティで一番レベルの低いのがツバメだ。

 しっかり宝珠を集めてみせれば「ツバメちゃんすごいねぇ」「へえ、やるじゃない」なんて言われるかもしれない。

 ツバメはそんな妄想をして「がんばろう」と気合を入れ直す。

 その視線は、先ほどの物騒な重装戦士たちへ。


「奪っていいのは、奪われる覚悟のある者だけです……」


 ツバメの武器はやはり【隠密】だ。

 スキルを発動し、物騒な会話を続けている重装戦士の後をつける。

 そのままツバメは、立ち止まった四人の背後に身を寄せた。

 狙いは一つだけ。


「……【スティール】」


 失敗。


「【スティール】【スティール】【スティール】」


 こっそりスティールはやはり、うまくいかない。

 もう【隠密】が解けているのに、そんなことすっかり忘れて【スティール】を連発するツバメ。

 そして今まさに【スティール】をされているプレイヤーも、話に夢中でツバメの存在に気づかない。


「【スティール】【スティール】【スティール】……」


 ツバメは一度、四人組から距離を取る。


「……少し、流れを変えた方がいいかもしれません」


 近くの植え込みに腰を下ろして、息をつく。

 そして、ふらりとやって来た一匹の猫に意識を奪われた。


「…………かわいい」


 すでに動物好感度の高いツバメは、猫をこれでもかというくらい撫でまわす。

 そのまま抱きしめて、地面をゴロゴロ。

 さらに頬を猫に擦り付けて、恍惚の表情を浮かべる。


「ああ、最高です……っ」


 最高の現実逃避に、思わず声をあげてしまうツバメ。


「…………む」


 そんな感嘆の声に、一人の女戦士が振り返った。

 ツバメはゆっくり居ずまいを正すと――。


「何者ですか?」

「いや、アンタこそ何者よ」


 猫を抱きしめたまま、どうかしてるくらい転がりまくっていた怪しすぎるアサシンに、さすがに言い返さずにいられない女戦士。


「まあいいわ。アタシちょっと出遅れちゃっててね、今、青の宝珠を探してんの」


 告げる言葉と同時に、その手が剣をつかむ。


「そうですか……ですが、譲るわけにはいきません……っ」


 同時に剣を抜く両者。

 先行したのはツバメだった。


「【電光石火】」

「おっとォ!」


 しかしこの早い一撃を、女戦士は盾で防ぐ。


「【紫電】」

「ッ!! 【前方転身】」


 続くツバメの範囲攻撃を、女戦士はあえてツバメの横を通り抜ける飛び込み前転で回避する。


「あっぶねえ! 【ブレードターン】!」

「ッ!?」


 それは後方への豪快な振り回し。

 これをツバメは体勢を低くすることで見事にかわす。しかし。


「【フレイムブレード】!」

「アイテムスキル……っ!?」


 返す刃が爆炎を巻き起こし、ツバメを吹き飛ばす。


「へへっ、悪いね。これも勝負だから」


 豪華な作りの剣を突きつけてくる女戦士を見て、確信する。

 レベルは完全に相手の方が上だ。

 しかも装備も良く、戦い慣れている。

【隠密】が使えない状態で正面から戦ったのでは、さすがに厳しい。


「……そこで提案なんだけどさ、青の宝珠だけもらえないかなぁ。戦って負けちゃうと全部失くして失格になっちゃうけど、宝珠一つなら安いもんだろ?」

「…………わかりました」


 女剣士の言う通りだ。

 メイたちと合流すればチャンスはあるが、失格となればそれまで。

 悔しいが仕方ない。


「賢明だね」


 ツバメは手に入れたばかりの青の宝珠を、女戦士に手渡した。


「よーし、これで三つ。そんじゃあね」


 雑に手を振りながら去って行く女剣士。

 ツバメはレンに渡されていた『実』を使い【幸運】を『10』上げる。

 そして、去って行く女戦士の背に向けて――。


「【スティール】」


 ツバメは、驚きに目を見開いた。

 その手には、奪われたばかりの宝珠。


「…………盗めた」


 これまでの連続ミスをまとめて取り戻す、まさかの一発成功。


「……一応もう一回【スティール】」


 さらに手に収まる赤の宝珠。


「……あれ?」


 少し進んだところで、女戦士が違和感に気づく。


「宝珠がない」


 持っていたはずの宝珠がない。

 慌てて振り返るが、落とした形跡もない。

 まさかと思い顔を上げると、そこには二つの宝珠を持つツバメの姿。


「「…………」」


 見つめ合う二人。


「……ま、待てー!!」

「【加速】」


 追いかけてくる女戦士。

 しかし、速度なら完全にツバメの方が上。

 街角を二つほど曲がった後には、もうツバメの姿はなかった。


「やられたぁ……っ」


 悔しそうに頭を振りながら去って行く女戦士。


「やりました」


【隠密】を解いたツバメは、三色そろった宝珠を手にほほ笑んだ。

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