第51話 追いかけっこなら負けませんっ!

 すっかり路地裏の猫たちに懐かれているメイ。

 ツバメも至福の瞬間とばかりに惚けまくっている。

 そんな中、レンは魚屋で買ってきた小魚を取り出して足元の黒猫に差し出した。

 それを見たメイとツバメも続く。

 すると魚に群がる猫たちとは別に、新たな一匹の猫が三人の前にやって来た。


「この子かな?」


 やって来た銀色の猫は、後ろ足でトントンと地面を二度ほど叩いてみせると、あごで「付いてきな」とジェスチャー。

 すぐさま猛スピードで走り出す。


「間違いなさそうね……っ」

「追いかけっこなら負けないよー!」


 すぐに後を追いかけるメイとレン。

 ツバメも名残惜しそうに、何度も猫たちの方を振り返りながら走り出す。

 銀猫は民家の塀に登り、そのまま屋根へと上がる。

 そこから連続ジャンプで屋根から屋根へと跳んで行く。

 もちろん三人もその後に続く。

 少し進んだ先に現れたのは、一本のやや広い通り道。

 当然、家と家の隙間は大きくなる。

 そんな谷間のような箇所を、猫は大きなジャンプで越えていく。


「【ラビットジャンプ】!」

「【跳躍】」


 これくらいなら、二人にはまるで問題なし。

 余裕の跳躍で後に続く。


「【浮遊】」


 一方レンは少し高い屋根から、滑空する形で追いかける。

 すると銀猫は軽やかに屋根から飛び降りた。

 そこは漁港と停船場の合間にある町の一角。

 銀猫はそのまま、レンガ造りの倉庫へと駆け込んで行く。

 中は暗く、見通しが利かない。


「痛っ」


 突然現れた木箱に、ツバメが足をぶつけた。

 障害物が無数に置かれた暗い倉庫内は、どうしても足取りが慎重になる。

 突破には少々時間がかかりそうだ。


「よっと!」


 しかし、それもメイには関係ない。

【夜目】の効果で、明るい外を走っている時と何ら変わりなし。


「【バンビステップ】!」


 積まれた箱を問題なく飛び越え、ゆうゆう回避。

 この倉庫内で、逆に距離をつめてみせた。

 倉庫を抜けた銀猫は、そのまま通りの方へと駆けていく。

 そこには明らかに追走プレイヤーを妨害するための、通行人NPCが行き交っていた。

 銀猫はその足もとをすり抜けるようにして駆けていく。

 プレイヤーにとってはやっかいな状況だ。

 だが幸運にもこの場所には、街路樹が立ち並んでいた。


「逃がさないよーっ! 【モンキークライム】!」


 わずか一歩で樹に登ったメイは、上から銀猫を追いかける。

 新スキル【密林の巫女】が、待ってましたとばかりに発動。

 次々に足場を作ってくれる木々のおかげで、道行くNPCは一切邪魔にならない。

 逆に通行人NPCを避けなくてはならない銀猫の方が、一方的に速度を下げることになる。

 さらに距離をつめられた状態で大通りを抜けた銀猫は、再び路地裏へ。

 その走りも速さを増し、いよいよ勝負の気配が漂い始める。

 タルを避け木箱をかわし、さらに置き去りの荷車を飛び越えていく銀猫。


「……ここなら、誰にも見られてないよね? 【裸足の女神】!」


【百花のブーツ】が消え、メイもさらに速度を上げる。

 壁を飛び越え塀を駆け、さらに屋根に上がっていくところで――。


「【バンビステップ】からの【ラビットジャンプ】!」


 早い足の運びから大きな跳躍。

【裸足の女神】によって強化されたスキルのコンビネーションで、一気に銀猫を追いつき――――追い越した。


「……あれっ?」


 追走プレイヤーに追い越される。

 想定されていない事態が起きたことで、銀猫の足が止まる。


「「…………」」


 両者の間に流れる、微妙な空気。

 メイは「かっこよく『ついて来な』って言ってたのに、追い越しちゃうのはダメだったよね……」と、ちょっと申し訳なさそうに銀猫の後ろに回る。


「あ、ど、どうぞ」


 すると想定の展開に戻ったことで、銀猫は思い出したかのように走り出した。

 追跡クエストで逃亡者を追い越すという奇跡を見せたメイ。

 どうやら今の箇所が最後の関門だったらしく、銀猫は人気のない裏路地に降りたところで速度を下げ、やがて足を止めた。


「……危うく見失うところでした」


 遅れて、ツバメもメイのところにたどり着いた。

 途中から猫を追うよりも、メイの背中を見失わない事だけに集中したのが功を奏したようだ。


「何とか追いついたわね」


 レンはもう走って追いかけるのではなく、跳び回るメイを上空から【浮遊】で探すというやり方でやって来た。


「雰囲気に反して難易度の高いクエストね」

「本当です」


 苦笑いのレンとツバメ。

 一度メイに追い越されてしまったため、若干威厳に欠ける銀猫がゆっくりと振り返る。

 そして再び『ついて来い』とばかりに歩き出した。

 マップにも載っていない、猫だけが知る小道。

 銀猫の後に続いて狭い路地を歩いていくと、そこは長らく空きっぱなしになっている家々の隙間にある空き地。

 そして無数の猫たちが集まる、猫の住処だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る