第25話 再びジャングルを進みます

「わあ、すっかり夜になってる……」


 たっぷりクマ親子と遊び、洞穴を出てきた時にはすでにジャングルは夜だった。

 月明りの密林は、なかなかに迫力がある。


「レンちゃんずっと抱き着いたままだったね」


 最初こそメイとツバメが子グマと夢中で遊んでいたものの、最後まで離れられなかったのはむしろレンだった。


「あの安心感、心地のよさ……最高だったわ……」


 そう言って、誰より名残惜しそうなレンが夜空を見上げる。


「さて、クエストは無事にクリアできたけど、これからどうしようかしら」


 これでまた、次の目標を探して進むことになる。

 そして、これといって当てはない。


「夜のジャングルを当てもなく進むっていうのも、悪くないけど」


 気にした風でもなく、レンがそう口にすると――。


「あ! あっちに火が見えるよ」


 メイが暗闇の先を指さした。


「……火?」


 当然【遠視】を持たないツバメやレンには見えていない。

 何度目を凝らしても見つけられない火に、ツバメは首を傾げる。


「やっぱりメイといれば、行き先に困ることはなさそうね」

「行ってみようよ!」


 さっそく歩き出すメイに、レンも楽しそうに続く。


「ほらっ、ツバメちゃんも!」

「もう夜だし、どこか目当てになる場所があった方がいいでしょ?」

「……わかりました」


 メイを先頭に、夜の密林を進む三人。

 やがてメイの言葉通り、夜闇の中に揺れる炎が見えて来た。

 燃えるかがり火。

 進んだ先にあったのは、村だった。


「前にいた村を思い出すなぁ」


 目に付くのは、白いかやぶきの屋根に鮮やかな花飾り。


「ようこそ、冒険者さん」

「はじめまして!」


 快活な村人に、7年前と変わらない笑顔で応えるメイ。

 イベント中だからなのか、夜でも村の人たちは普通に活動しているようだ。


「今夜は物見やぐらから見える星がきれいだよ」

「本当ですか!? 行ってみようよ!」


 さっそく三人、やぐらの上に向かう。


「わーすごいね! 星がきれいだよー!」

「本当……これはすごいわ」


 思わず二人、夜空を見上げたまま感動の声をあげる。


「……お二人は、ポイントはあまり狙っていないのですか?」


 すると、ツバメが不意につぶやいた。


「んー、私はメイと一緒にイベントを楽しむのが目的だから。もちろん、ふざけたりなんかはしないけどね」


 レンは夜空を見上げたまま言う。


「だから楽しんだ結果、ポイントが取れてれば最高みたいな感じかしら」

「そうなのですか。メイさんは?」

「めいっぱいこの世界を楽しむことが目的です!」


 そう尻尾を大きく振りながら答えた。


「ツバメは忙しいパーティにいたりしたの?」

「いえ、ずっと一人でした」

「そうなの?」

「はい。私、昔からすごく存在感が薄いみたいで。誰かと一緒に戦ったのは、さっきのが初めてです」

「…………ん?」


 なんだかおかしな話になってきて、レンはあらためて視線をツバメに向ける。


「姿を消すスキルも、誰ともコミュニケーションを取らなかったことで覚えたもの」

「ちょっと待って、どういうこと?」


 レンがたずねると、ツバメは自身のスキル欄を確認する。


「ええと……のべ1万回の接触機会があったにもかかわらず、一度の会話すら行わなかった影のような者に与えられるスキルとあります」

「……な、なにそれ。イベントには参加してるのよね?」

「はい」

「イベント中の町にも行ってる?」

「はい」

「プレイ期間は?」

「約2年です。プレイヤーに声をかけられたのは、メイさんの『おねがいしますっ!』が初めてでした」

「2年遊んでて、最初の会話が今日なの!?」

「はい。今日までNPCとしか話したことがありませんでした」

「こ、これはまた……メイとは違う形の逸材ね……」


 2年間のプレイ歴で、1万回の機会があったのに一度の会話もなし。

 商人プレイヤーに「いらっしゃい」と言われただけで取得できなくであろうスキルに、さすがにレンは愕然とする。


「逸材……? メイさんも何か変わった経歴があるのですか?」

「わたしは勘違いで、普通のクエストを受け続けてたんだよー」

「そうなのですか」

「7年よ」

「……はい?」


 レンの言葉の意味が分からず、今度はツバメが眉をひそめる。


「メイは勘違いで7年間、ジャングルにこもって同じクエストを受け続けたの」

「そしたらいつか、モンスターがいなくなって村が平和になるって思ってたんだよー」


 メイは「てへへ」と、苦笑いしながら語る。


「な、7年……?」


 表情の薄いツバメも、これにはさすがに驚きを隠せない。


「……で、でも、なんだかメイさんらしくていいと思います」

「そうなのよねぇ。そこが私との大きな違いなのよ……」

「もしかして、レンさんも……?」

「うっ、頭がっ!」


 レンは白目をむきながら、頭を抱えだす。


「や、やっぱりメイの『村を守るために7年の勘違い』は、純粋がゆえの勘違いでなんか心温まる感じがある……でも『自分は特別なんだと勘違い』してた不純な私の話になると急に落差が……落差があ……っ」

「レンちゃんは、闇の使徒だったんだよ」

「闇の……使徒?」

「中二病って言うんだって」

「そういうことですか……」

「あ、ああ、私は4年も孤高を気取って何てムダな時間を……っ! 闇の使徒だった自分を憎むあまり、新たな闇が産まれそうだわ……っ!」


 羞恥でやぐらの上をゴロゴロしていたレンは、やがてため息とともにフラフラと起き上がった。


「……と、とにかくそういうわけで、これからはメイと一緒にそんな時間も取り戻すくらい楽しもうって思ってるの」

「うんっ!」


 メイもうれしそうにほほ笑む。


「せっかくだし、村の探索でもしてみましょうか」

「そうだね! ツバメちゃんも一緒に行こうよ!」

「……そうですね」


 そんなメイの屈託のない笑顔に、ツバメも思わず背中を押されてしまうのだった。

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