第146話 鮭弁の恨み

午前の部を無事に終わって一行は控え室に戻ってきた。


「疲れたー」


部屋に戻るやいなや莉奈はソファに飛び込んだ。


「ソファが動くから辞めてくれ」


「だって疲れたんだもーん」


いつも通り莉奈を宥める六条だったが、いつものような覇気はなかった。


「皆さんお疲れ様です。もうお弁当来ていますよ」


両手にお弁当を下げて柊も控え室に入ってきた。柊もかなりの仕事量をこなしていたはずなのに、息一つ上げていない。


「あ、柊さんもお疲れ様です~」


「ゆうき君もお疲れ様です」


「ボクよりもいっぱい仕事していたのに大丈夫ですか?」


「いえいえ、表でイベントに出演している皆さんをサポートするだけの裏方なんで楽なものですよ」


出演していたメンバーが疲れをあらわにしている中、きびきびと働いてる柊をゆうきは心配するが、柊は爽やかな笑みを浮かべながら大丈夫と答えた。


「柊さん、お弁当は何があります?」


「幕ノ内と鮭、ハンバーグですね」


「あ、じゃあ私は鮭~」


「俺は幕ノ内を頂こう」


「私も幕ノ内を」


「僕は鮭をもらおうかな」


「...玄と同じのをお願いします」


「んじゃ俺は鮭」


「ボクはハンバーグでお願いします」


「私もゆうきくんと同じものをー」


柊さんがメニューを読み上げるとメンバーは次々と手を挙げてお弁当を選ぶ。


「そんないきなり言ったら柊さん分からないんじゃ...」


「あ、大丈夫ですよ?莉奈さんと社長、真白さん・玄さんが鮭、六条さん桐山さんが幕ノ内。ゆうき君と草薙さんがハンバーグですよね?」


メンバーが一気に注文をするのでラムネが制止するが、どうやらその必要はなかったようだ。


「優秀な後輩が入ってくれて私は嬉しいよ」


「三日くらいしか変わらないのにそんなこと言わないでください。というよりも最近仕事ほとんどこっちに振ってきているじゃないですか!もう少し自分の仕事をしてください」


「優秀な柊さんなら私の3倍の速度で終わらせられるので」


「そういうことじゃないんですよ...」


午前の仕事よりも今の会話の方が疲れたらしく、柊はあからさまに肩を落していた。


「あ、この鮭弁当おいしい」


「幕ノ内もおいしいですよ!」


「このお弁当屋さん覚えておかなきゃ」


マネージャーズの会話をよそにお弁当を受け取ったメンバーは早速それを頬張っている。


「俺もそろそろ...ってなんてタイミングで.....悪い、少し外出てくるわ」


お弁当を前にして電話が掛かってきてしまった社長はその件名を見るや眉を若干歪ませて控え室を出た。どうやらどうしても出なければならないものみたいだ。


「僕たちも早く食べようか」


「う、うん」


その場面を見ることに集中していたゆうきに玄が肩を叩いて食事に誘う。


 そして5分ほどで社長は戻ってきた。


「さーてと食うか」


「ごちそうさま~」


まるで社長の言葉に重ねるように莉奈は言った。


「お前早いな」


「社長が遅すぎるだけだよ~」


「しょうがないだろ、電話してたんだから...ま、俺も食べますかね」


「私お手洗い言ってくる~」

「まて」


いつものテンションのままトイレに行こうとする莉奈だったが、社長が行く手を阻む。


「ちょっとどいてよ~」


「俺の弁当どこやった?」


莉奈が社長の陰にすっぽり収まるほど近づいて問いただす。


「そこにあるよ?」


「ああ、空箱がな」


「...」


「お前、俺の弁当食べたろ」


「...た、食べてないよ?」


「正直に」


徐々に強くなる圧に負けたのか莉奈は開き直った。


「だって...おなか減ってたもん」


「このやろー!」


こうしていつも通りの言い合いになったが、社長の語気が少し荒々しく聞こえるのは食べ物の恨みの表れなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る