13話

 電車に揺られること数十分。今にもぷつんと切れてしまいそうな理性の糸をなんとか保って、僕たちは目的の駅に辿り着いていた。

 電車から降りてからというものの、山川はだんまりを決め込んでいる。うつむいて、なかなか表情を見せない。もしかしたら人に酔ってしまったのかもしれなかった。僕は近くの自動販売機で冷たいお茶を一本買って、ベンチに避難させた山川に手渡す。


「お茶、飲んでおけよ」

「……え? ああ、ごめん。ありがと」


 心ここにあらずと言った様子の山川。彼女は僕からペットボトルを受け取ると開封して口をつけた。どうやら思っている以上に体調が悪いのかもしれない。心なしか顔も赤い気もする。


「大丈夫か? 体調が悪いんだったら、今日はもう……」

「大丈夫。ちょっと休めば問題ないよ」

「ならいいけどさ。落ち着いたら中に行こう。冷房も効いてるだろうし」

「そうだね」と山川は頷いて、ペットボトルキャップを閉めた。

「お茶いくらだった?」

「いいよ、別に。大した額じゃない」

「あら、守銭奴が珍しい。その調子で夕飯も奢ってよ」

「調子に乗るな。はぁ……心配して損した」


 山川がキョトンと目を丸くして僕を見た。なんだよその態度は。


「……心配してくれるんだ」

「僕をなんだと思っているんだよ。お前は」

「うーん、冷酷無比なアルバイト指揮官?」

「よし、休憩はもういらないな」


 立ち上がって、一足先にショッピングモールへ向かうと山川も慌ててその後ろに続いた。自動ドアをくぐって、冷えた風を浴びる。しばらく歩くと山川は本調子に戻ったようで、声のトーンに落ち着きが無くなっていく。


「何を買おうかな~。シズちゃんもカズちゃんも楽しみにしてたからな~。リーダーはどうするつもりなの?」

「僕は別に女物に詳しいわけじゃないし、下手に選んでも『いらない』って捨てられそうだからな。策を弄するつもりはないんだ」

「つまり王道を行くというわけですか?」

「ああ、消耗品の制汗スプレーが切れそうって言ってたから、それにしようかな」

「リーダー、それ、絶対にないから止めて」


 山川が腕をがっちりと掴んで首を振った。ドラッグストアに行こうとしていた僕の行動を封じる。え? ダメ? 絶対に使うし、捨てられることもない。無駄にならない完璧な選択じゃん。


「いくら妹とは言え、それはない。誕生日だよ? 年に一度のスペシャルデーだよ? 消耗品は普通に補充してあげといて」

「……そっか、そうだな」

「というかまず、誕生日プレゼントに制汗スプレーは無い。キショイ」

「そ、そこまで言う?」

「うん。私は絶対に嫌。兄妹でも絶縁する」


 めちゃ嫌いになるじゃん。

 山川は眼鏡を外して、疲れ目のサラリーマンと同じように目元をマッサージする。それからゆっくりと諭すような口調で僕に問う。


「……気になったんだけど、リーダーは去年、何をあげたの?」

「去年は確か大袋の駄菓子セット。安かったんだ」

「……それもないね。今日は付いてきて良かった」


 山川がふー、と一息つくと僕の肩に手を置いた。


「今年は、ちゃんと選ぼうね。人間味のあるプレゼント」

「それ、僕に人間味がないって言ってる?」

「聞き返してる時点で人間の資格は取り上げかな」

「人間って、資格制なのか……」


 その調子だと妹たちも資格を取り上げられそうな気もする。あいつら僕に色々と容赦がないし、他の人間にだってそこまで優しくはない。まあ最近は山川に影響されてなのか、徐々に軟化している気がしないでもないが。そういう意味では僕は山川に頭が上がらないな。

 それから僕たちは二人で色々な売り場を回った。洋服に雑貨、日用品は山川に止められて、断念した。最終的に僕はスポーツ用品店でリストバンドを手に取った。

 二人お揃いで、自分で買うかと言われると微妙なだけど、あるとまあ嬉しいみたいなラインを見極めたつもりだった。山川には妥協点を頂いたので、レジにて購入。その後、休憩と昼食を兼ねてフードコートへ。お手軽にファストフードで注文を済ませて、席に陣取った。

 コーラで喉を潤してから山川に語りかける。


「悪いな、今日は付き合わせて」

「いいよ、私もシズちゃんとカズちゃんにはお世話になってるし」

「世話をしているの間違いだろ」

「そんなことないよ。可愛い妹ができたみたいでさ。嬉しい」


 黛も以前そんなことを言っていた気がする。一人っ子は妹を欲する性質でもあるのだろうか。法律が許すのならば売却するんだけどな、そうはできない。残念ながら。


「思ったよりも早く終わったし、飯食ったらさっさと帰るか」

「え? リーダーそれはないでしょ。本当になんというか、こう……気配りに欠ける」


 目の前でわかりやすくため息をつくなよ。失礼な奴だな。


「そうか? 店長には褒められたぞ」

「それは仕事の話。私が言ってるのは女の子の扱いの話。本当に女の子が住んでいる家にいるの?」

「あの妹たちを見て女の子と言えるなら、そういうことになる」

「そういうところ。……二人にチクるよ?」

「それは、どうか勘弁してください」


 頭を下げて許しを請う。「よろしい」と彼女が同意したタイミングで頭を上げた。山川がポテトを一本黙々と食べて、それから僕に「ねぇ」と声をかける。


「リーダーの用事に付き合ったんだし、今度は私の用事に付き合ってよ。時間はあるんでしょ?」

「まあ、あるけど」


 僕は頷くと山川は言葉に詰まりながら、眼を右往左往させた。なんだ、やけにもったいぶるな。言いたいことがあるなら早く言ってくれよ。


「だったら、その……浴衣、見に行こうよ」

「浴衣? これまたどうして?」

「夏祭り、近いでしょ? あのポスター見て思い出してさ」


 山川が近くの柱に張り付けられたポスターを指す。一度、黛に誘われて断った夏祭り。そういえば山川も当日はオフだった。誰かを誘って行くのかもしれない。

 僕もオフになったことだし、黛にどうにかして約束を取り付けたいところだ。空回りしてしまうかもしれないけれど、僕も浴衣を買って、気合を入れて望むのも悪くないかもしれない。そういう意味では山川の誘いは僕にとっても悪くない提案だった。


「わかったよ。僕も恩知らずってわけじゃない。今日は付き合うよ」

「おし、じゃあ存分に恩を返してもらうとしますかね」


 山川はバーガーの包み紙を綺麗に三角に折り畳みながら言った。それから食事を終えて、さっきはスルーした限定の浴衣コーナーへ足を運ぶ。その途中で「え?」と間抜けな声が出てしまった。だって、ここにはいるはずがない人がそこにいたから。


 腰まで届く長い黒髪、自分より少し小柄な後姿を僕が見間違えるはずもない。

 

 黛玲子がなぜだか目的地にいた。


 今朝の静香の言葉がフラッシュバックする。


『というか、兄さんもデートで失敗しないように気を付けて』


 僕と山川はデートしているように見える……ことがあるらしい。サンプル数が少なすぎて実際のところはわからない。けど、危機的な状況であることには変わりはない。山川と二人でいるところを見られることは何としても避けたかった。


 どうすべきか考える間もなく、柱の陰から彼女の隣に一人姿を現した。体格差からして間違いなく男。それでいて筋肉質の長身で、丸刈りの頭……その特徴を持ち合わせている人物が自動的に頭に出力された。


 僕のクラスメイトで数少ない友人、五十嵐涼介。


 二人の接点はわからない。仲が良いなんて、聞いたことも、見たこともなかった。けれど、浴衣を指をさしながら談笑する姿はまるで……デートしているように、見えた。

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