3章 何事もチラリと見えるぐらいが良い。
6話
朝日が差し込むカーテンに苛立ちながらも立ち上がり、眠い目をこすって弁当箱に冷凍食品と残り物を詰め込んでいく。中学生組はまだ給食があるからいいが、高校に入ってからは自分だけはこの作業に囚われてしまっていた。
ベーコンを焼いてその上に卵を乗せた。片手間にトースターに入れていた食パンが焼き上がった匂いがする。それにつられてやかましいのがドタドタと足音を立ててやってきた。
「おはよう兄ちゃん!」
「おはよう、和己。卵まだ焼いてるから、その間に寝癖治してこい。すっげえぞ」
「ホント? わかった。治してくる」
その足音が遠ざかると今度はペタペタと静かな足音を立てて二人目がやってくる。彼女は瞼をこすって、あくびを噛み殺しながら登場する。いつになっても寝起きは悪い。けれど寝方がいいのか、寝癖はあまりつかない。
「……おはようお兄ちゃん」
「おはよう静香。洗面所はまだ和己がいるから先にコーンスープでも飲んでろ」
「ん」
電気ケトルを手に取ってお湯を入れてからパッケージの封を切って投入。逆だ。逆。しかも混ぜてないし。まだ寝ぼけてんなこいつ。粉っぽいスープでむせる静香は少し笑えた。
「お兄ちゃん何これ、粉っぽいんだけど!」
「また寝ぼけながらやってたぞ。治んないな」
「わかってるなら先に入れておいてよ! 馬鹿!」
「だったらお前が夜のうちに入れておけよ。わかってるんだから」
そう言い返すと彼女は納得がいかないようだったけど黙った。スプーンを持ってかき混ぜる。おい、睨んでもスープは復元しないぞ。
「またやったの静香ちゃん」なんて笑いながら和己が戻ってくる。トースターから焼きあがったトーストを取り出してテーブルに並べていく。僕もフライパンを持ってテーブルへと向かった。ベーコンエッグをそれぞれの皿へ盛り付けていく。「いただきます」とそれぞれが言って、バターをトーストに塗ってからかじった。
「兄ちゃん、兄ちゃん! 今年はさ、一緒に夏祭りに行こうよ」
「嫌に決まってんだろ」
「何でだよ~。可愛い妹の誘いを一発で断るなんてどうかしているぜ」
そのセリフ鏡見ても同じこと言えんのかよ、和己。あ、でもこいつなら可愛いって言いそうだな。口に出すのは止めておこう。蛇が出てくることが確定している藪を突きたくない。
「お前らと一緒に行くと金づるにされるのが目に見えてるからな」
「いけないの?」
「静香、まだ寝ぼけてんのか? いけねぇに決まってんだろ」
そんなことを平然と言えてしまうお前が心配になる。本当にカツアゲはしていないんだろうか。
「だって兄ちゃん私たちの綿菓子食べたもん。それぐらい当然の代償でしょ?」
『ねー』と口を揃えて見つめ合う二人。声も綺麗にピッタリだ。こういう時は本当に息が合うな、こいつらは。
「そのネタいつまで引きずってんだよ。ちゃんと次の年に返しただろ」
「甘いよ、兄ちゃん。食べ物の恨みには利子が発生してすごいことになるんだから」
「じゃあその利子がいくらになっているか計算して出してみろよ」
「それは企業秘密だよ。お兄ちゃん」
たじろぐ和己に静香が助け船を出した。多分計算はしていないだろうが、もし仮に計算するならトイチとかで計算しているだろう。ヤクザかよ。
「何か言いたそうだね」
「……別に。それより朝練あるんだろ? 早く行けよ。時間、押してるぞ」
「そうだった。危ない、危ない」
テレビの左上を見て、彼女らに忠告する。朝食を素早くかき込むと、「ご馳走様」と席を立った。自室で素早く着替えて、鞄を掴むと『行ってきまーす』と仲良く玄関を飛び出していった。
さて、当面の危機は去った。しかしながら僕も妹達を心配しているほど余裕はない。朝食を済ませて弁当箱を鞄に入れる。僕はブレザーを羽織って家を出た。
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