第41話 決戦

「大丈夫ですよね」 


 誠は自分の言葉に懇願するような響きが混ざっていることに気づいた。だが、カウラは首を左右に振ると誠を先導するように通信の地点へ機体を進める。


『まずいわね。回り込んだのがいるわよ。5両。動きが早いから西モスレムからの義勇兵でも乗ってるかもしれないわ』 


 画面の中で珍しく神妙な顔をしたアメリアが親指の爪を噛んでいるのが目に入った。


『仕方ないわ。クバルカ中佐!』 


『わあってるよ!まあベルルカン内戦がらみの条約だとかは嵯峨の隊長に任せることにしてこっちはアタシがひきつける!カウラと誠はそのまま進撃しろ!』 


 誠の機体のレーダーで輸送機の護衛に回っていたランがすさまじいスピードで降下していた。


「凄い……05式ってあんな速度出ましたっけ……」 


『感心している場合じゃないぞ!』 


 カウラの声と目の前が爆炎に包まれるのはほぼ同時だった。そして誠の頭にズキンと突き刺さるような痛みを感じる。


「法術兵器?炎熱系です!」 


 カウラの機体も炎に包まれていた。誠はすぐさま干渉空間を展開しようとする。


『力は使うな!たかだかテロリスト風情に私が遅れをとるわけがないだろ!』 


「でも!」 


 誠はそれ以上話すことができなかった。モニターの中のカウラのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。


『行け!神前!』 


 ランが敵の遊撃部隊と接触しながら叫んでいる。


「じゃあ!行きますから!」 


 誠はそう叫ぶと警備部の派遣部隊から出されている信号に向けて機体を加速させた。


「やっぱり付いてくる……二両」 


 誠は自分の機体の武装を確認する。両腕が法術兵器でふさがっている以上、本体の固有武装に頼るしかなかった。旧式のM5ならどうにか対抗できるが、05式と一つ世代の違うだけのM7に出くわせば目くらまし程度の効果しか期待できない。


「逃げおおせればいいんだ」 


 自分に言い聞かせる誠だが、明らかに全身の筋肉が硬直していくのを感じている。そして視線はレーダーの中で接近を続ける二両の敵飛行戦車の信号に吸いつけられた。恐怖。心はその言葉で満たされて振り回される。


「やっぱり無理ですよ……僕には……」 


 アメリアに聞かれているにもかかわらず誠は自然にそうつぶやいていた。


『そうね、そんなに心が弱いようじゃこれから生きていくのも難しいかも知れないわよ』 


 いつもと違う冷たいアメリアの言葉に誠の頭の中で言葉がはじけた。それは通信システムを通して発せられたものではなかった。


「アメリアさん!」 


 誠は叫んでいた。


『言いすぎだぞ!アメリア。神前!アタシは信じてるからな!お前の根性見せてみろよ!』 


 次に響いたのはかなめの声だった。誠は我に返り、モニターでも捉えられるようになった二両のM5の姿に視線を移す。


『やれるはずだ。お前は私達の希望だからな』 


 カウラの声に誠は口元をぎゅっと引き締めた。


「格下相手ならこれで十分!」 


 三人の言葉に誠の心に火がつけられた。むやみにレールガンを乱射するM5の弾道はすべて誠が無意識に形成していた干渉空間にはじかれる。


「こっちも丸腰じゃないんだ!」 


 雄たけびと同時に誠は全ミサイルを先頭に立つM5に向けて発射した。


 非誘導型ミサイルは一斉にM5を捉えてまっすぐ突き進んでいく。方向を変えようとしたM5の砲身に降り注いだミサイルの雨に形も残さないほどに砕け去る。僚車を失って残りのM5はひるんでいるのが誠の目にもわかった。レーダーに映る少し離れた敵影はかなめ、カウラ、ランの活躍により次第に数を減らしていく。


『誠ちゃん!早くして。予定時刻より1分以上遅れているわよ!そして目を見上げてみて!』 


 誠が爆炎の中から視線を持ち上げると漆黒の荒涼とした山並みの中に光のサインが見える。


「一気に行きますよ!」 


 そう言うと誠は法術非破壊砲のバレルを展開させながら一気に山を一つ飛び越え、ビーコンを出して着陸地点を確保している部隊に合流を果たした。


 誠は山並みに機体を無事に着陸させる。いつもの危なっかしい着陸ばかりの誠の見せた見事な着地に東和陸軍の面々は賞賛の拍手を送った。タクティカルベストに小銃のマガジンを巻きつけた兵士達の笑顔も誠の機体のコックピットの中のモニターに映っている。すぐさま誠はコックピット座席の後部からキーボードを引き出し、模擬戦で何度と無く叩いたコードを入力していく。


「効果範囲ビーコン接続作業開始!法術系システムを主砲に充填開始!必要時間……2分!」 


 同じく警備部の誘導でカウラの機体が着陸する。


 法術兵器の出力ゲージが臨界点に近づいていく。だが、これで三度目と言う射撃の効果範囲は最大300kmと言う範囲である。演習場での範囲が30kmだったところから考えればそれは明らかに広すぎる範囲だった。


「ひよこちゃんも認めてくれたんだ。行ける!いや、やるんだ!」 


 誠は静かにつぶやく。足元では警備部の見慣れた隊員達が向かい側の稜線に向けて射撃を開始していた。


『すまない神前。また渓谷沿いに待機していた敵アサルト・モジュールが起動したとの連絡だ……』 


「大丈夫ですよ、カウラさん。僕は一人でやれますから」 


 レーダーを見る余裕も誠にはなかった。それどころか次第に全身から力が吸い取られていく感じに誠は戸惑っていた。それは目の前で赤く輝き始めた法術兵器の銃身に命が吸い取られていくような感覚だった。


 カウラは警備部が射撃を続けている山並みから現れたアサルト・モジュールに向かってエンジンをふかす。


『やばいわよ、あれは遼帝国軍の機体!おそらく反政府軍に寝返った機体よ!まったく本当に役に立たないどころか邪魔以外の何者でもないわね、遼は!』 


『そんなことははじめから分かってたことだろ?アメリア!降伏した遼軍のデータをよこせ!』 


 アメリアとかなめのやり取りも、今の誠には他人事のように感じられた。遼軍の弱さは誠も知っている遼州ジョークのひとつだった。だがそんなことを考える余裕は誠には無かった。


 目の前の制圧兵器の砲身が赤く輝き始める。そこから発射される思念介入粒子にすべてをかける。誠に今できるのはそれだけのことだった。


「エーテル波正常。アストラルリンク、第四段階までクリアー!」 


 誠はただ何も見えない空間に伸びる銃身だけに神経を集中する。カウラの表情が誠のモニターの中で歪んでいるのがわかる。彼女を苦戦させる敵に誠は一瞬レーダーに目をやった。そこに光るのは遼軍のアサルト・モジュールの識別信号を出している敵機だった。


『パルチザン化か!まったく遼軍にはプライドが無いのか?』 


『いまさら何を言っても仕方が無い!あと少し……』 


 カウラの刺のある言葉、かなめが祈るようにつぶやく。誠の視線は臨界点に近づきつつある法力ゲージに視線を移した。


「カウント!テン!ナイン!エイト!セブン!……」 


 誠はカウントを開始する。機体と自分が一体になっていることを感じていた。砲身は血を思わせる暗い赤色から次第に灼熱の鋼のようなまぶしい赤に色を変えつつあった。もう止められない。誠はそう思いながら精神を集中する。


『範囲指定は完璧よ!行け!』 


 アメリアの言葉に誠は目の前の地図に浮かぶビーコンの位置に精神をさらに高揚させる。次第に目の前の空間が桃色に光り始め、そこからあわ立つように金色に光る粒が地面からあふれ出てくる。


 そこに突然光りだす地表から生えてきたとでも言うように黒いアサルト・モジュールが姿を現したのに誠は叫びを上げるところだった。先ほど起動したと言う遼から反政府軍に寝返った機体。法術対応型の証の様に干渉空間を展開しながら一気に誠の機体に距離を詰めていく。司法局実働部隊の05式と同じようなフォルム。そして動きは明らかに最新世代のアサルト・モジュールの動きだった。


 さらに近づくたびに肉眼でも見える干渉空間を展開している敵は、『近藤事件』で遭遇した火龍などを改造した取ってつけた法術対応型のなどではなく遼正規軍配備の最新の機体であることを示していた。


『なんだと!新型?07式?聞いてないぞ』 


 通信機からかなめの声が響く。だが、誠はすでに法術非破壊兵器の発射体勢に入っていた。


『神前!』 


 かなめが叫ぶ。


『誠ちゃん!』 


 アメリアの悲鳴。


『神前』 


 カウラは言葉を飲み込んだ。


『間に合え!』 


 遊撃隊の撃退に成功したランは一気に機体を誠達めがけて降下させていた。


 誠の目の前で07式がサーベルを振り上げて向かってくるのが分かった。


 だが、誠は操縦棹の先の法術兵器の起動ボタンを押すこと以外何もできなかった。


「行けー!」 


 誠の叫びと共に目の前の赤く光る空間を炎が飲み込むように周囲を真っ赤に染める。進んでくる敵機も、足元の警備部の兵士達もすべてが赤く染まる。それだけではなかった。逆流するように誠の機体の後ろにも赤い炎は広がり、旧式のM5やM7の動きが引きつったように大きく跳ね上がった直後に力なく地面に墜ちて行った。


 だが、目の前の07式は一瞬ひるんだだけで赤い炎の中を誠に向けて突き進んできている。サーベルが振り上げられ、誠はただ砲身を抱えたままでそれを受けるしかないように思った。


 だが、不意にその07式がコントロールを失ったように足をもつれさせた。次の瞬間、コックピットの中から破裂するように装甲版がめくれあがり、そのまま誠の機体を避けるように倒れこんで動きを止めた。


『炎熱系の法術で内部から撃破したのか?何者?』


 07式にたどり着いたかなめがつぶやく。


 誠はそのようなことを無視してひたすら指定範囲に効力が発生するように機体のバランスを保った。そして地図上の効果範囲は次第に赤く染まり、それがすべてを多い尽くした時、次第に法術兵器の砲身はその赤いきれいな光を弱めて行った。


 闇夜が赤く染まる。全周囲コックピットの大半を赤いやわらかい光が多い尽くした。


『これが……』


 カウラはそれだけ言うと口を一文字にかみ締める。モニターの中のかなめもアメリアも驚いたように口を開けていた。


「ふう……」 


 ようやく終わった。そう言うように誠はシートに体を預けてため息をついた。そして同時に着陸して敵機の07式の隣でライフルを構えているランの愛機『紅兎・弱×54』に目をやった。


「クバルカ中佐……」 


『言いてーことは分かるよ。07式を仕留めた法術師がどこかで見てるってはなしだろ?だがそれは今はアタシ等の仕事じゃねーんだ』 


 ランも気づいていた。誠が目の前に07式を見つめた時、明らかにその機体を捕捉している法術師の気配を感じていた。その力の感覚は先日アメリアと喫茶店でお茶を飲んだ時に感じた法術師の雰囲気と似すぎていた。


『そんな悠長なこと言ってられるのかよ!普通じゃねえぞ!こんなところでわざわざ法術を使うなんて全うな市民のすることじゃねえ!テロリストかなんだろ。すぐに追っ手をかけてだなあ』 


『西園寺大尉!とりあえず目の前の仕事に集中!速やかに当該地域の敵勢力の排除しなさい』 


 アメリアの声が高らかに響いた。かなめは画面の中でサイボーグ用のゴーグルを無理やりはがして頬を膨らましている。誠もかなめの気持ちが痛いほど良くわかった。


『指揮官殿の命令だ。抵抗する勢力の排除と敵の07式を回収が私達の任務だ』 


 淡々とした調子でカウラがかなめに命じる。


『カウラちゃんは甘いわね。まあいいわ。すでに『ふさ』はこの空域に進行中よ。積荷は食料と医薬品など、これから法術兵器の効果で倒れたあらゆる人命の救助を担当することになるわ。法術兵器の効果についてはすべての観測地点で十分なアストラルダメージ値を観測しているから私達の仕事はこれで終わり。そのデータの調査はひよこちゃんのお仕事だもの』 


 アメリアはそう言うとそれまでの緊張した面持ちから変わって、柔らかい視線を誠に向ける。


『本当にこれで終わり?なんだかあっけないな。それに実際の効果が出てるかどうかは見てみないと分からねえんじゃねえのか?』 


 すでにタバコをくわえているかなめを見ながら誠もうなづいていた。


『ああ、それなら大丈夫よ。サラが一目でわかるデータを送ってくれたわ。見る?』 


 アメリアはそう言うと画像を一枚転送してきた。


 そこに写っていたのは地面に大の字になり失神する技術部整備班長島田正人准尉の姿だった。周りの部下達は倒れて泡を吹く上官の顔に落書きをしている。


『あの馬鹿、実験してみるとか言って干渉空間遮断シェルターから出てモロに誠ちゃんの攻撃を受けてみたみたいなのよ』 


 アメリアが呆れたように笑う。かなめは二枚目の画像で真正面から捕らえた島田の表情がつぼに入ったのかタバコを吐き出して笑い始めた。誠もあとで確実に告げ口されるだろうとは思いながら、先輩の島田の間抜けな失神した顔に声を上げて笑い始めていた。


『任務完了!第一小隊撤収!』 


 安堵したような笑顔を浮かべているカウラの一言に誠は敬礼をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る