第40話 乱戦

 地上部隊は敵と認識した第二小隊及びラン率いる東和軍機に攻撃を仕掛けた。しかし、ろくな対空装備を持たない反政府軍の地上部隊は次々とかなめの精密射撃で潰されていった。


『駄目だこいつ等、話にならねえよ。それにしてもこんなのに遼の正規軍が降伏したって本当か?』

 

 かなめは一通り火力のありそうな反政府軍の攻撃拠点を潰すと誠機が降下しようとしている地点へと向かう。


『遼帝国軍だからな。あそこは逃げるのと降伏するのは十八番だ』 


 そう言いながらカウラはアメリアから送られた最新の近隣の地図を誠機とかなめ機に送信する。


『現在敵対勢力の集中している地点は想定された状況とほぼ一致している。これからは地上だ。行けるな?』

 

 カウラがかなめと誠に淡々と語りかけてくる。かなめと誠は大きくうなづいた。そして深夜の山岳地帯、敵の車両の残骸が散見される開けた土地に着陸を果たした。深夜の闇の中、草木一つ無い荒れた山肌が続く。三機の司法局実働部隊第一小隊の05式が並んで進軍していた。


 着陸阻止に動いた反政府軍には追撃の様子は今のところ無い。機動兵器の貴重さと彼等の練度を考えれば反政府軍が戦力の温存を図っていることは明確だった。だが、誠には一つの疑問が頭に浮かんだ。


「カウラさん。こんなに通信つかっちゃって大丈夫なんですか?」 


 突然の質問にカウラは口を開いたまま固まった。かなめにいたっては笑い始めている。


『それは……』 


『私から説明するわ』 


 ためらうカウラに管制任務を遂行しているアメリアが口を挟んだ。


『誠ちゃんの法術能力に依存したアストラル通信システムを使用しているのよ。つまり誠ちゃんがターミナルになって各通信の制御を行っているわけ。まあそれほど強い力を必要とするわけじゃないから安心してね。当然思念系通話だから敵にそれなりの力のある法術師でもいない限り傍受は不可能よ』 


 モニターの中で笑うアメリア。カウラは進撃の指示を出す。


「つまりこの作戦は僕がすべてを決めるんですね」 


『硬くなるなよ。アタシ等がついているんだから』 


 かなめの言葉に誠は現実に引き戻された。目の前の川に沿って比較的整備された道が続いている。


『この道路を破壊する余裕はなかったようだな。とりあえず最有力候補のルートを通る』 


 カウラはそう言うと機体のパルスエンジンに火を入れる。震えるような一号機の動きに合わせて誠もエンジンの出力を上げていく。


「では僕も!」 


 そう言うと誠はすべるように道路を南に進攻して行く。


『まだレーダーに反応なしか。つまらねえな』 


 かなめの言葉にアメリアは急に不機嫌になる。


『こちらは何とかめどは立ったが……しかし撃墜せずにお帰り頂くってーのは面倒だな』 


 上空で停戦監視の西モスレム軍ともめていた心強いランの言葉に誠は安心していた。西モスレム軍との接触が最小限で済んだことは作戦終了時の始末書の数と直結することが頭に浮かんでいただけに大きなため息が自然と漏れた。


『まあちび姐御も役に立つんだな』 


『でけー口叩くじゃねえか!口に似合う仕事はしてくれよ。そうでなければあとでちゃんと落とし前つけてもらうからな』 


 ランはかなめの言葉に向けて笑いながら叫ぶ。誠はレーダーをチェックする。このレーダーも法術系の技術が導入されていることは誠も聞かされていた。微弱な反応が続いているのは孤立しながら街道沿いの拠点を警備する政府軍部隊が展開していることを意味するが、彼らはアサルト・モジュールと戦える兵器を保有していないようでじっと動かずにいた。


『反政府軍への援軍が先か、アタシ等の到着が先か。こりゃあ見ものだ』 


 かなめがいつもの不謹慎な笑みを浮かべていた。


『もうそろそろ東和陸軍の先遣部隊から非破壊兵器射程範囲からの脱出を告げる通信が入るはずだがな』 


 カウラの言葉にかなめが表情を緩める。


『なんだ、ったく……面倒なこと押し付けられて……ご愁傷様』 


『それも仕事よ。誠ちゃんの使用する法術兵器の範囲指定ビーコンが頼りなんだから……一時間前に全ビーコンの設置が終了したって話よ。さすがランちゃんの口利きのおかげね』 


 アメリアの言葉に納得したと言うようにかなめはうなづく。


「でも敵の主力が集まってる地点なんてどうやって割り出したんですか?……反政府軍の機動兵器の所有が判明したのは三日前……!」 


 誠は自分で言いながら気がついた。反政府軍が機動兵器を所有するに至った経緯もその侵攻作戦でどの侵攻ルートが使用されるかも、そして政府軍がどこで反政府勢力を迎え撃つかもすべて分かった上で嵯峨は甲武へ旅立ったと言うこと。


 これは嵯峨の茶番だ。誠はそう確信した。この混乱は嵯峨の描いたある結果の為の準備段階にしか過ぎない。そう確信すると誠は絶句した。


『なに難しい顔をしてるんだ?』 


 かなめが口元だけ見えるサイボーグ用ヘルメットの下で笑っている。


「西園寺さんはいつごろ気づいたんですか?隊長がこの混乱の発生を知っていたってこと」 


『まあ叔父貴が甲武の殿上会に出るなんて言い出したころからはある程度何かがあるとは思ってたな。まあうちは『近藤事件』については実績があるから。出口の近藤を叩けば当然入り口のカントを叩くってのは当然だろ?これで本当の意味で『近藤事件』は解決するわけだ、アタシ等にとってはな』 


 闇の中に吸い込まれそうになるのを感じながらかなめの言葉をかみ締めるようにして誠は前方を見つめていた。


『運がいいというべきかそれとも何かの意図があるのか、それは私も分からないが自分の手でけりをつけるのは悪くないな』 


 先頭を行くカウラの言葉に誠もうなづいた。


『おい、神前!アタシだとなんだか腑に落ちない顔してカウラだと納得か?ひでえ奴だなオメエは』 


「そんなつもりは無いですよ!西園寺さんの言うことももっともだと思いますよ!」 


『西園寺さんの言うこと『も』?やっぱりアタシはついでかよ……!』 


 かなめが急に表情を変える。そして誠の全周囲モニターに飛翔するかなめの機体の姿が飛び込んできた。


『敵機か?』 


 闇は瞬時に火に覆われた。パルスエンジンの衝撃波を利用してミサイルを誘爆させる防衛機構であるリアクティブパルスシステムで未確認機から発射された誘導ミサイルが炸裂していた。


『各機!状況を報告』 


 落ち着いたカウラの言葉に火に包まれた誠は正気を取り戻した。


「アルファー・スリー……異常なし!」 


『アルファー・ツーオールグリーン!ってレーダーに機影が無いってことは車両か……それとも自爆覚悟の防御陣地か?』 


 ライフルを構えながら先頭に着地してかなめは周囲を見回す。誠も全周囲モニターに映る小さな熱源が動き回っている有様である。小型の車両の荷台に不釣合いに大きな荷物見える。それがおそらく小型地対地ミサイルであることはすぐに分かった。


『まずいぞこれは反政府軍の時間稼ぎだ!アルファー・ツー、先頭を頼む!』 


 カウラはそう言うと後詰に回った。


『はなからアタシに任せりゃ良かったんだ。とっとと片付けて酒でも飲もうや』 


 そう言うとかなめはパルスエンジンの出力を上げていく。誠も遅れまいと機体を軽く浮かせた状態でかなめ機の後ろを疾走した。


 悪寒がした。誠はレーダーに目をやった。映ったのは小さな反応ではなかった。一瞬では数を把握できない明らかに飛行戦車と分かる機影が低高度で接近を続けている。


「敵影多数!こちらに!」 


『馬鹿野郎!多数なんざ見りゃわかる!数言え!』 


 わざとらしく誠を罵るとかなめは一気に加速をかける。


『誠ちゃん。非破壊兵器発射地点を転送するからすぐに向かって!』 


「そんな!西園寺さんが突撃して……」 


『神前曹長!これは命令です!すぐに向かいなさい!』 


 厳しい表情のアメリアに誠は何も言えずに転送された地図を見て南西へと急いだ。


『大丈夫だ神前。私もいるんだ!』 


 カウラはそう言いながら誠機を守るように進軍する。視界から消えたかなめの機体と敵の部隊が接触したことがレーダーで分かった。

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