フェイク・アルコール・ドリンク

刻堂元記

第1話 フェイク・アルコール・ストーリー

 ファドは、商店が多く立ち並ぶ大通りの先にある、馴染みのバーに久しぶりに行くことにした。大通りに入って間もなく、とある店の周りに多くの人だかりができているのを見つけた。どんなものが売られているのか、のぞこうとしたが、店の周りに群がる人々が邪魔で何も見えなかった。そのため、のぞくことを諦めたファドは、その場から立ち去り、バーへと向かった。


 バーに到着すると、いつものように、マスターと呼ばれる白髪交じりの男性が笑顔で出迎えてくれた。この時間帯にしては、珍しく客がほとんどいない。そう思いながら、隅の席に座った。


「マスター、いつもの」

「かしこまりました。少々、お待ちください」


 そう言うと、マスターは、慣れた手つきで調合したカクテルのマンハッタンを、こちらに差し出してきた。ファドは、甘く、そして適度に苦みもあるマンハッタンを一気に飲み干し、


「今日は、やけに空いていますね」


 と話しかけた。そしたら、マスターは、


「噂なんですがね、どこで作られたか分からない密造酒が、この近辺で通常の値段よりもはるかに安く売られているみたいなんです。もしかしたら、それと関係があるのかもしれません」


 と返してくれた。ファドは、異常に混雑していた商店のことを一瞬、頭に思い浮かべたが、すぐに頭から消した。


「それで、その密造酒っていうのは、いつから流通しているんです?」

「詳しいことは分かりませんが、1週間くらい前じゃないでしょうかねえ」


 そう言うと、マスターは大きな溜め息をついた。客が来てくれないことに対して、相当、落ち込んでいるらしい。ファドは、そんなマスターを気遣って、普段より多くのお酒を注文していった。カシスオレンジ(カクテル)、ギネスビール(黒ビール)、ブランデー(蒸留酒)……。どれも、有名且つ定番と言えるお酒ばかりだ。ファドは、それらのお酒を全て飲んだ後も、マスターと会話を続け、酔いが醒め始めた頃に、会計を済ませて、バーを出た。


 この時のファドは、まだ知らなかった。製造元不明の密造酒が、死を招くほどの危険な飲み物であることに。

 

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