第35話 クロッフィルン最後の夜
クロッフィルンでの最後の夜。
二人は寝仕度をし別々のベッドに寝そべっていた。
「なんだか寂しいな」
枕を顔の前で抱きしめ、うつ伏せになったリュオが呟く。
「何がだ?」
イグは片肘を付いて手のひらに顔を乗せリュオを見ながら横向きに寝ていた。
「お金があると借りる部屋が広くなるでしょ?」
「ああ、かなり余裕ができたからな」
リュオは枕を抱いたままベットの上を転がりイグのベットの方へ頭を向ける。それから顔と上半身を起こしてイグを見る。
「……別々に寝ないといけない」
「俺はその方がベッドを……」
今のリュオはビッツ村から持ってきたワンピースを着ている。この服は胸元が開けている。それでイグに向けてうつ伏せで上半身を起こしているから、開けた胸元から盛大に谷間が見えていた。蝋燭の灯りで濃い影ができて全ては見えないが非常に際どい角度。
イグはこれはまずいと視線を逸らした。
「広々と使えていいけどな」
「むっ、イグはアタシと一緒に寝たくないの?」
「まぁ別に嫌じゃないけど」
ここ最近リュオと一緒に寝ることが多かった。リュオは温かくて柔らかくて落ち着く臭いがする。だからイグは一緒に寝るのも悪くないと思っていた。
リュオは枕を持ってイグのベッドへ移動する。
「なっ、来るなよ」
「えへへへへっ」
そして枕を隣りに置いてぴったりイグに身を寄せる。
イグは仰向けになり「はぁー」と溜め息を吐く。リュオはイグの肩に額を押し当ててにっこりする。
暫しの沈黙の後、イグがポツリと呟く。
「お前と旅をしてから凄いことばかりだ」
「ん?」
イグは話しを続ける。
「5年かけてかなり節約して頑張って貯めた俺の資産は銀貨300枚程だった。それが僅か数日で1750枚になった。今までのやり方だったら、これだけ貯めるに20年はかかっただろうな」
この世界の通貨を日本円に換算することはできない。だが、ざっくり例えるならウルマーク銀貨1枚が2万円程ではないだろうか。600万円あった資産が数日で3500万円。イグが驚くのは当然だった。
「お金のことはよく分からないけど……。そうだ、アタシのお金もイグが使ってね」
「いや、さすがにお前の金は使えないだろ」
「ならそのお金で一緒に稼ごう」
リュオはお金なんてどうでもいいと思っていた。イグと一緒に居られればそれでいいと思っている。
「そう言うことなら使わせてもらうが……」
「うん」
また二人の間に沈黙が訪れた。
部屋は蝋燭の灯りだけで薄暗い。仰向けで横になるイグの腕にリュオは自分の腕を絡ませて身を寄せている。
「ねぇ、イグ……」
「ん?」
リュオはイグの腕を強く抱き締めた。
「キス……、してみたい」
「……えっ?」
いきなりの発言にイグは間抜けな顔をした。リュオはイグの腕を放しイグの上に這い寄る。
「いや、ちょっと待て。ダメだろ。マイズミンさんに足を向けて寝れなくなる」
「お父さんは関係ないでしょ!」
「だが……お前はまだ子供だ」
口では拒否しているが、リュオに上に乗られてもイグは避けたり逃げようとしない。
リュオはイグの鼻に自分の鼻を当てる。
二人は至近距離で目を合わせた。
「お、俺が……ロリコンみたいじゃないか」
「さっきアタシの胸元、見てたでしょ?」
「うっ」
図星だった。
「この……ロリコン」
「ぐぬ」
大きな取引が成功してイグは高揚していた。舞い上がっていた。そしてその取引を成功させてくれたのリュオだ。それから……リュオは可愛い。
そういった様々な要素が重なってリュオが目を閉じると、イグは彼女の唇に自分の唇を重ねた。
それから両手で彼女を抱きしめ細い背中に腕を這わせる。
その時、リュオの耳がピクっと動き目がパッと開く。
「イグ、何かおかしい」
イグから顔を離したリュオは窓の外に視線を向ける。
「どうした?」
それに答えずイグの腕をすり抜け窓際まで移動すると、外に耳を向けた。
その横顔は鬼気迫る様子だった。
「大変なことが起きてるかもしれない。外見てくるね」
リュオは魔力を纏う。獣族は魔力を纏うと常人の数倍の力が出せる。
宿屋の3階の窓から外に出ると、壁伝いに上へ登って行った。
建物は煉瓦造りで手や足を引っ掛け易いが、落ちたらただでは済まない。心配したイグは窓から顔を出す。
「おい、リュオ。危ないぞ」
「大丈夫っ、少し待ってて」
イグは壁を登っていくリュオを見詰める。
リュオは裸足で屋根の上に登ると北を見詰める。
その方角には城門がある。ビッツ村やオロイツに方面に向かう街道がある場所だ。
城門周辺の建物が燃えていた。そして城門が開き剣で斬り合う男達の姿も見える。
(テンウィル騎士団が攻めてくるのはまだ先のはずじゃ……)
「だけど間違いない。テンウィル騎士団に城門が突破されたんだ」
リュオは呟く。
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