第6話 リュオの想い



 リュオ・コーリは4歳になる頃にビッツ村に来た。そして義父のロールド・マイズミンと義母のミーミアに大切に育てられることになる。


 6歳になるとミーミアの手伝いで羊の世話をすようになる。この頃から村の子供たちと話すようになった。


 協調性があり明るいリュオは初めは子供たちと楽しく遊ぶことができていたが、次第にその耳と尻尾のせいでいじめられるようになった。


 時には水を掛けられたり、泥を投げられたり、女友達には罵られたこともあったし、4、5歳年上の男子達に殴られたこともあった。


 9歳になる頃には村の子供達とは全く関わらなくなった。

 週に一度の教会のお祈りも時間をずらして一人で行った。


 そしてその頃、貧しい格好をした長身で赤髪の男が村に訪れるようになる。男は行商人だった。

 村の倉庫で交易を担当していたマイズミンはこの男を気に入ると、村に滞在中は自分の家に泊まるように勧めた。


 初めて男が家に来た日、リュオはなるべく関わらないようにしよと距離をおいていた。


 しかし人懐っこくお喋りが好きな男は何かに付けてリュオに構ってくる。それは村の子供達とは違い彼女を気遣ったものだった。

 リュオが男の優しさに気付くのに時間はかからなかった。


 彼女は知らないが彼はマイズミンから家でふさぎ込んでいる娘の事を頼まれていて、初めてできた得意先の娘さんということもあって男は気合いを入れて取り繕っていたのだ。


 月に2、3度、男は泊まりに来る。


 男はリュオの話しをたくさん聞いてくれて、笑ってくれて誉めてくれた。

 それに彼が商売で経験した面白い話しを聞かせてくれた。リュオが怒って拗ねても、悪戯をしても男はそれを優しく抱擁してくれた。


 リュオは彼に会うの楽しみで待ち遠しくて、会えない時間も彼の事を考えるようになっていった。


 男はいつもフルリュハイト大森林を抜ける道から現れる。だから森の入り口で羊の世話をするようになった。


 そして彼に会うと甘える。

 時にはふざけて結婚したいと言ってみたり、わざと怒ってみたり、悲しいふりをして抱きついてみたり。その時の感情を全てぶつけて彼に甘えた。


 依存していたと表現してもよいだろう。




 月日は流れ13歳になる頃には村の子供達からいじめられなくなっていた。


 同年代の子供達が成長したからだ。中には結婚をする者も現れる。リュオを殴った4、5歳年上の男子達だ。村人はだいたい10代後半で結婚をする。それが当たり前だった。


 同年代の女友達は色恋や結婚を楽しそうに語る。

 村の中で誰がかっこいいとか、広い土地を持っているとか、そんな会話で盛り上がる。

 そんなやり取りをリュオは冷めた目で見ていた。



 ある日家族3人で食卓を囲っていると思いがけない事からリュオの結婚の話しになってしまった。

 その時の父は少し気まずそうな態度を取り話しを変えようと必死だった。

 何故ならこの村にリュオと結婚してもよいと思っている家族がいなかったからだ。リュオが人族ではなかったことが原因である。


 獣人はこの村にリュオ一人。


 リュオもそのことを分かっていた。獣族と人族の結婚は非常識なことだったから。


 しかしその席でリュオは言った。「アタシはイグと結婚したい!」と。


 獣人という負い目があり自信がなかった。10歳も年下で子供扱いされていた。


 だがリュオは、ずっと彼の事が好きだったのだ。


 村の女友達が男達を値踏みする会話になんて興味がなかった。リュオはずっと前からイグと結婚できたらよいと夢見ていた。


 父と母は大いに賛成してくれた。



 楽しいことに集中していると、終わりの鐘は急に鳴る。


 リュオがあと少しで14歳の誕生日を向かえる頃、その日泊まりに来ていた男が言った。


 あと数回この村を訪れたら、その後は別の土地へ行くと。もうここへは来ないかもしれないと言ったのだ。


 それは彼が夢を叶えるの為だった。

 男には夢があることは知っていた。自分の店を持ちたいという夢。


 いじめで水を掛けられても、泥を投げられても、殴られても決して泣かなかったリュオがその晩泣いた。

 もう男に会えないと思い一人ベッドに顔を埋めて嗚咽を漏らし涙を流した。



 田舎の農家で四男に生まれた彼は親から土地を相続できない。この時代、次男、三男に生まれた男子は自分の道は自分で切り開かなければならなかった。


 金が無く結婚ができない者も多かったし、仕事をせず実家に寄生してフラフラしている者もいた。酷い者は野盗になる。


 そんな時勢で四男に生まれた彼は、他と比べて真面(まとも)だった。

 誠実で努力家なのは誰の目から見ても明らかだった。


 暫くふさぎ込んだ後、リュオは決心する。彼に付いて行こうと。

 まだ13歳の少女が親元を離れ好きな男と生きていくと自分自身で決断する。それは壮絶なことだ。

 そのことを父と母に相談すると、二人は協力は惜しまないと言ってくれた。





 リュオが14歳の誕生日を向かえると突然それは起きた。


 5年前のことを鮮明に覚えているだろうか?殆どの人がそれなりに覚えているはずだ。なら10年前は?……そして15年前ならどうだろうか?はっきりとは覚えていないかもしれない。


 14歳の誕生日過ぎるとリュオは生前の記憶を薄っすらと思い出すようになった。


 最初に思い出したのは自分は女性で女の人と二人で旅をしていること。それから旅の途中で、怪我をしたことや初めて船に乗ったことなんかを思い出した。

 何故こんな旅をしているのかを思い出し、すると自分が18歳で死ぬことが分かった。それを回避するためにベルダンという名の神を探していたのだ。


 リュオの人格は14歳までにしっかりと形成されている。それが無くなったり壊れた訳ではない。単純に昔の記憶を思い出すように生前の記憶を思い出したにすぎない。それも大部分が欠けていて断片的だった。


 その断片的な部分は日に日に増えていく。その全てに18歳で死ぬことへの恐怖とベルダンを見付けたいという願いがあった。

 生前の自分は何故18歳で死ぬと確信していたのだろうか?その疑問は日を追うごとに分かってきた。生前の自分にも前世の記憶があったのだ。そして記憶の連鎖はさらに続いていた。だが、そこまでを思い出すことはまだできなかった。



 故に現在の彼女は18歳で死ぬいうことについてはまだ半信半疑だった。


 そんなことはなってみなきゃ分からないと思っていた。だから前世のようにベルダンを探した方がよいとは思っていたが、それはそこまで強い気持ちではなかったのだ。


 イグに付いていきたと話した時に言ったベルダンを探すというのは口実で、彼女の本心は『イグのことが大大大好きだから付いて行きたい』だった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



 イグはリュオの瞳を見詰め話しを続ける。


「マイズミンさんには旅に出ることを伝えたのか?」


「ちゃんと連れて行ってもらえよって言われた」


「くっ。あの人は知ってたんだな。一本取られたよ」


 イグは頭を押さえながら首を振って微笑んだ。



「……イグ」


「……」



 暫しの沈黙が二人を包み、イグは諦めたように口を開く。


「御車台の上は意外に退屈なんだ。オルに話し掛けてしまう程にな」


「ぷっ、倉庫の馬屋でもたまに話し掛けてたよ」


 思い出し笑いをするリュオにイグは目を丸くて顔を赤らめる。


「お、お前聞いてたのか?」


「えへへへ、聞こえちゃった。イグって可愛いな~って思ったよっ」


 イグの反応見て可笑しそうにリュオは顔をほころばせる。

 イグは『可愛い』という言葉に狼狽え、少し拗ねた表情を浮かべた。


「くっ、とにかくだ!連れて行ってやる!だがその代り仕事はしっかりとやってもらうからな」


 リュオは目を輝かせた。


「ありがとうイグ!アタシ頑張るっ!」



 イグは独立してからずっと一人で商売を続けてきた。

 御車台の上は孤独だ。旅の道中、人恋しくなり話し相手が欲しいと何度も思った。


 リュオから弟子入りの申し出があった時、本心を言えば『誰かと旅をするのも楽しそうだ』と思ってしまったのだ。

 それが理由できっぱり断りきれず、答えを固められなくて悩んでいた。

 そこに先程の話。


 イグはリュオの話しを全て信じてはいない。だが少しでも可能性があるのなら、それは彼の背中を押すには十分だった。



「そう言えばお前、そのカバンには何が入ってるんだ?」


 リュオは牛革のカバンを持ってきていた。

 足元に置いているそれを指差しイグは尋ねる。何かごつごつした重そうな物が入っていそうだった。


「これはね。ほらっ!」


 リュオがカバンを開けると中には大量の人参が入っていた。


「オルトハーゲンにあげるの。商人は約束を必ず守るものなんでしょ?」


「ぷっ、……よくできた弟子だよ。お前は。あははははっ」


「えへへへへ」


 二人は焚火に照らされながら笑った。それは焚火の炎のように温かい笑顔だった。


 こうして男は少女と共に旅をすることになった。




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