第5話 リュオの秘密
「わかった。聞かせてくれ」
イグはヤレヤレといった感じであまり興味が無さそうだった。
「14歳の誕生日がきて……。それから急に死ぬ前の記憶が分かるようになったの。……最初はこの煙の様にフワフワしていて、それが前世の記憶だってわからなかった」
リュオは焚火の煙を手で煽ぐ。煙はその手をすり抜けて空へと吸い込まれていった。
それから腰を下ろして元の位置に座った。
「だけど……、日に日に鮮明になって。これが前世で起きた事だってわかったの」
「何でそう決め付けるんだ?言い方は悪いがお前の妄想とか思い付きかもしれないじゃないか?」
俯いた少女に男は落ち着た優しい声で問いかける。
辺りは完全に日が落ち、木々の隙間からは満点の星空が見えていた。風は無く静寂が二人を包み、暫し沈黙があると焚火のパチッという音だけがこの空間に響く。
「その……上手く説明ができないんだけど、この記憶は絶対に妄想なんかじゃない」
「……」
「前のアタシにも、前世の記憶があって、……それからさらに前の、もっともっと前の記憶を持っていて。 ……日が立つに連れて古い記憶がどんどん分かるようになっていくみたいで」
イグは真剣にリュオの話しを聞いている。
「ふむ、なるほど。それでお前はまず最初に前世の記憶をぼんやりと思い出したのか?」
「……うん。たぶん、……そう」
俯いた少女は暫く沈黙してからまた話し始める。
「それで分かったのは……」
リュオは顔を上げてイグを見詰めた。
「アタシは18歳になると死ぬ定めにあるということ」
「……本当なのか?」
イグにはリュオの話しを疑っている様子はない。ただそんなことはあって欲しくないという意味での質問だった。
「前世の死ぬ瞬間はまだ思い出していないんだけど……、その前もその前も18歳になると死んでいたみたいで」
「……」
「けど、とある神がその運命を変えることができる。……アタシは何度も生まれ変わってその神を探していて」
「神か……。まさかエルターを探すってことか?あれは流石に実在するのかも怪しい空想の神だと思うが」
「ううん。違うの。アタシが探している神は、……ベルダン」
その名前を聞いて、イグの体がピクリと動いた。
「ベルダン……か」
イグは無精髭を撫でながら昔を思い出す。
「俺もそれと同じ名前の神を知っている」
「えっ!知ってるの?」
それまで大人しくしていたリュオは身を乗り出した。
「ああ。魔創神ベルダン。四大精霊と人族を配合した神だと聞いた。それで生れたのが火族、風族、地族だ。教会で説くところの異教の神だな」
「そうだったの?……前世ではガルガドラというところにいることは分かっていたみたいだけど……。それが何処にあるのかは……」
呟くように話す少女を見詰めイグは話し始める。
「お前が前世の記憶を持っているという話しは本当なのかもな。……俺がベルダンの話しを聞いたのは、火族の女性からだ。そしてその女性も言っていた。……浮遊島ガルガドラ。そこにベルダンがいると」
嘗(かつ)てイグが話しをした火族の女性ステラ・ヴィヴィトレアは火族の国ヴィヴィトレア王国の王女だった。
ベルダンやガルガドラというのは火族王家に伝わる御伽噺の中の登場人物だった。そのことをイグは知っている。それはあくまでもお伽噺で、だからそんなものは存在しないと思っていた。
そしてベルダンやガルガドラという名前を知っている人族はいない。
教会はベルダンのことを異教の神や邪神と表現する。そこに名前はない。だからその名がリュオから出てきただけで、それは不思議なことだった。
「こんなこと誰も信じてくれないと思って。……イグは信じてくれるの?」
「商人とは水の心と鋼の心を同時に持たなければならない」
不安そうに見詰めるリュオにイグは目を閉じて人差し指を立て得意げに振る舞う。
「どういうこと?」
「まぁこれは親方の受け売りなんだけどな。商売とは魔法のような信じられないことが当たり前のように起きるんだ。だから頭を固くして決め付けいては商機を逃してしまう。逆に柔軟な対応だけでは時に訪れる窮地は乗り切れない。強固な意志も必要なんだ」
「ふーん。商人って凄いんだね」
「ああ、俺もまだまだ修行中だ。だから、お前の話しを嘘だと決めつけしまうようなことは俺はしない」
イグは「ふー」と息を付き苦笑する。
「ふっ、えへへへ。信じてくれてありがとう」
イグ笑みを見てリュオも嬉しそうに笑った。
「つまり、お前は行商人になりたい訳ではなくて、俺の旅に付いてきてベルダンの手掛かりを探したいと言うことなんだな?だから弟子になりたいと」
「……う、うん。そうだよっ!」
身を乗り出し尋ねるイグにリュオは決意を秘めた表情で答える。
「ああ。くっそ」
イグは頭を掻いた。
「ねぇ、連れて行って。イグ」
「長い旅になる。旅先で怪我や病気にかかることだってあるだろう。運が悪ければもうビッツ村に帰れなくなる可能性だってある。お前はそれでもいいのか?」
いつもの優しい口調だったが、その目はリュオを睨んでした。『本当に良いのか?』と。
しかしリュオはその視線を小さな体で受け止る。
「うん。覚悟している。それでもアタシはイグと一緒に旅に出たい。後悔はしない」
静かで落ち着いた口調。しかし力が込められていた。
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