贅沢な水
電柱工房
第1話 プロローグ
男はボート置き場の
柵に置いた手が震えて、両足を踏ん張った。随分小さい頃から想像していた事だったが、ついに実行した時には、あまりにも呆気ないほど簡単なものだと驚いた。
男は腕時計で時間を確認した。この時計は男にとって必ず着けているお守りのような物だった。
夜中だというのに公園には人出が多く、デート中のアベックだけでは無く、黙々とマラソンをしている人も一人や二人ではない。それでも暗い所で佇んでいる自分を気にする人はいないだろうと思った。
男は上着の内ポケットから携帯を出すと、電話をかけた。ちょうど水面に漂うボートの中で、電子音が鳴っているだろうが、男の所までは届かなかった。言う言葉はもう何年も前から決めていた。
ボートの浮浪者がやっと気が付き携帯を取ったようだ。呻き声と共に答える声がした。頭は混濁して理解できないようだった。
男はそれはそれでいいさと思った。男の叩きつけるような言葉に、やっと反応したようだ。男はゆっくりと言葉を切って、低い声で話した。
浮浪者は叫び声を上げた。獣のような叫び声を上げると、ボートの中で立ち上がろうとした。でもバランスが取れないようだった。ボートが大きく揺れるのが見えた。そして浮浪者は池に落ちた。
目を凝らさないと気がつかないような水しぶきが上がった。それでも向こう岸の方で誰かが気がついたようだった。叫び声が上がるのが聞こえた。
男はしばらく湖面を見つめていたが、あとは無我夢中でその場所を離れた。本当は冷静にその場に残って、その後の騒ぎを確認すべきだと思ったが、男にはとてもそんな勇気はなかった。明日また出直して様子を見ようと男は考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます