魔王パーティー選挙

鏡銀鉢

第1話 毎朝勇者を倒そう。


「つうわけで、どうやってメルを魔王にするかを考えるぞ」


 南の魔王城内部、第一王女メルの私室で東の魔王オルファがキャスター付きの移動黒板の前に立ってメンバーに告げる。


「だれか意見のある奴は?」

「うむ、とりあえず邪魔ものを全員始末すればよいだろう、その役はこの我が」

「「「それはだめぇー!!!」」」


 東の魔王と西の魔王アルムと南の魔王候補のメルが一斉に怒鳴って、北の魔王レアは眉根を寄せる。


「なにか勘違いしておらぬか? 我は誰にもバレないようコッソリとやるつもりで」

「「「カンケーない!!!」」」

「やれやれ、面倒な事このうえないな」


 自慢の長い銀髪をかきあげて、レアはイスの背もたれに体重を預ける。

 と、同時に豊満な胸がたぷんと揺れた。


「……」

「今オルファくんレアさんの胸見てなかった?」

「ばばば、ばきゃろい! そんなわけねぇじゃないですかアルム様」

「どうだか」


 ジト目を刺されてオルファはアホみたいにうろたえて声が上ずっている。

 東の魔王オルファと西の魔王アルムの夫婦漫才に南の魔王候補のメルはにやにやが止まらない。

 自分の為の会議だというのに気楽なものだ。


「と、とにかくだ、メルが南の魔王にならなきゃ戦争は終わらねえ」

「オルファくん、後で尋問するからね」

「(ガクガクブルブル)な、なんとかして打開策を見つけないとな」

「しかし弟バトラとの選挙では四天王三人以上の票が必要なのだろう? 四天王が四人とも敵方についている以上、メルが魔王になるのは不可能だ」


 レアのもっともな指摘には当事者のメルも頷くしかない。


「そうだねぇ、ボクってば穏健派だし、基本反人間派の四天王がボクを次期魔王に推してくれるなんて夢のまた夢だねぇ」


 テーブルに乗ったケーキを食べながら、夢も希望も無い事を呑気に言うメル、彼女は本当に魔王になる気があるのだろうか?


「だからよ、どうやってその四天王を取り込むかだよ、マジでなんとかしねぇと、だってメルが魔王になってくれないと」

 頭を掻きながら、オルファはやや語気を強める。


「邪神が復活しちまうんだぞ」









 とある朝、魔王城の一室で一人の美青年が目を空ける。

 一〇代後半の若者にしか見えないが、彼こそは東の魔王オルファ・イスタンスその人である。


 一国の王である魔王の朝は優雅である。

 カーテン越しに暖かな陽光に包まれながらメイドの優しい声とともに天蓋付きベッドの上で優雅に目を覚ます。

 そして優雅にアーリーモーニングティーを飲み……


「魔王覚悟ぉおおおおお!!」


 優雅にアーリーモーニング勇者をブチのめしてから黒い魔王装束に着替える。


「くそ! 勇者の仇だ秘儀、魔族斬り!」

「メガフレイム!」

「ホーリーブレイク!」


 アーリーモーニング剣士。

 アーリーモーニング魔法使い。

 アーリーモーニング僧侶。


 これらをそれぞれ優雅にぶっ飛ばし、若き魔王オルファの右手はティーカップを持ち、左拳はアイテムで復活した勇者の顔面を優雅に殴り飛ばして勇者は仲間達同様窓を突き破り城の庭に落ちて行く。


 庭に用意されていた荷台の上に綺麗に乗った勇者様一行はメイド達の手により人間領へと運ばれ行くのだ。


「おい、今明らかに優雅でないものがあったぞ」

「まあまあ、それより魔王様、これで勇者も五〇〇人斬り達成ですよ♪」


 何十人というメイド達がクラッカーを鳴らして拍手喝采、ニコニコ笑顔で魔王様起床のベルを鳴らしながら歌を歌う。


 顔を洗い、歯を磨けば朝食用のブレイクファストルームへ行き馬鹿みたいに長いテーブルにオルファ一人分の朝食……ではなく何十人分もの朝食が並んで城内に住みこむ各幹部魔族達が座り、メイド長が音頭を取る。


「はいじゃあみなさんそろって」

『いただきます!』


 魔王城の朝食は明るく楽しく、おいしいご飯を食べながら談笑し、王族貴族の彼らに混ざって一人一人に付き従うメイド達も当たり前のように話に入ってくる。


「オルファちゃーん!」


 部屋の扉が勢いよく開いて、赤いドレス姿の女性がオルファに跳びかかる。

 四天王の一人でオルファ親衛隊隊長のルヴィーだ。


「ル、ルヴィー、帰ってたんだ……」

「ああ一日ぶりのオルファちゃんやっぱ抱き心地最高だよぉ、お姉ちゃんオルファちゃんエネルギーが尽きかけて死にそうだったんだから!」


 食事中のオルファをぎゅーっと抱き締めて、ルヴィーは恍惚の表情を浮かべる。


「今食事中なんだから静かにしてくれよ」

「ガーン! オルファちゃん反抗期!? うぅ『ルヴィーおねえちゃん』て言いながら後ろからトコトコついてきた頃がなつかしいよぉ!」


 床に崩れ落ち、よよよと泣くルヴィー。


 ていうか自分でガーンとか言うあたりこの人のお気楽さがうかがえる。


「まぁまぁルヴィー、魔王様もルヴィーの胸が当たると困った事になるお年頃なんだから」


 そしてこのメイド長こそがもう一人の四天王である。


「やぁんオルファちゃんのエッチぃ♪ でもそうだよね、オルファちゃんも大きなおっぱいにトキメいちゃうお年頃だよね♪」


 両手を頬にあててはにかむルヴィー、足はステップを踏んで踊っている。


「皆の者! 魔王様が性に目覚めたぞ! 各員バストを強調!」


 言動は常に確信犯、もう一人の四天王執事長がパンパンと手を叩いて下ネタ命令。

 だが耳の尖った魔族メイド達はノリよく腕で胸をむぎゅっと持ち上げてバストを強調、思わずオルファが噴いた。


「執事長! お前なんつう命令してんだよ!」

「すいません、そういえば魔王様が性に目覚められたのは確か」

「言わんでいい!」

「そんなご無体な、これから魔王様がバストとヒップとウエストとフトモモにそれぞれいつ目覚めたかをこれから詳しく語ろうと思いましたのに」


 こいつのニヒルな笑みは危険だ。

 そうオルファはあらためて思う。


「それよりオルファちゃん、お姉ちゃん親衛隊長なのにオルファちゃんから離れて国境防衛軍の援軍に行くのやっぱり間違いだと思うの!」

「だって執事長とメイド長がいないと城の仕事回らないし、だったら元々俺の護衛なんて他の親衛隊でもできるんだから出撃できる四天王ルヴィーしか」

「ルヴィーお姉ちゃんて呼びなさい!」


 四天王筆頭ルヴィー、細かいところにこだわる女性である。


「ル、ルヴィ姉(ねえ)しか頼れないし」

「だってだってオルファちゃんこれからあの計画でしばらく城空けるんでしょ!? なのにお姉ちゃんついてっちゃダメなんでしょ!? 今は一秒でも多くオルファちゃんエネルギー溜めなきゃいけないのに援軍なんてぇーー!」


 赤い絨毯の上をごろごろと転がりながらじたばたして、壁に激突してルヴィーはようやく止まる。


 ちなみにこれは魔王城の日常風景である。


「魔王様ー!」


 ガチャガチャと重装鎧を鳴らしながら第二の訪問者、最後の四天王で将軍のゴルドンだ。

 二メートル半にもなる巨体で一番働くが一番発言権が無い可哀相な武人である。


「どうしたゴルドン?」

「はい、実は魔王様のお耳にいれたい事がぶほぉ!」


 ルヴィーに蹴り飛ばされた巨体がカッ飛んでレンガ造りの壁にめり込んだ。


「来たな諸悪の根源! そもそもあんたが援軍要請なんかしなけりゃあたしは丸一日オルファちゃんに触れないなんていう地獄の日々を送らずに済んだんだからね、これ以上オルファちゃんとのハッピータイムを取らないでよ!」


 両目を吊り上げて理不尽を言うルヴィーだが残念な事に彼女が四天王筆頭、この国で二番目に偉い魔族である。


「ぐ、ぐむぅ……ですが魔王様、また国境付近に人間の軍が……」

「どこだ」


 流石に素早く聞き返すオルファ、やはり彼も一国の王である。

 王の問いに、ゴルドンは壁にめり込んだままくぐもった声で続けた。


「漆黒の森の西、アルドラ平原です。すでに我が軍二千が向かっております」


 ぼこっ

 壁から剥がれてゴルドンが仰向けに倒れる。


 この姿を見て、これが東の魔王軍を束ねる将軍と思う人間はいないだろう。


「じゃあちょっと俺が行ってくるよ」


 まだ食事中だが、皿の上のローストビーフの塊を口に詰め込むとオルファは指を鳴らしながらバルコニーに出る。



 グォオオオオン!



 庭からこの五階まで青い一頭のドラゴンが浮上し、主(あるじ)に背中を差し出す。


「それじゃ」

「あぁん待ってオルファちゃんお姉ちゃんも行くぅー!」


 今にも飛び立とうとするスカイドラゴンの背に飛び乗りオルファに抱き突くルヴィー。

 そしてオルファの指示でスカイドラゴンはその雄大な翼を羽ばたかせた。


『魔王様頑張ってー!』

『L、O、V、E! GOFIGHT(ゴーファイ)魔王様!!』


 可愛いメイド達はオルファの姿が見えなくなるまで応援をやめなかった。

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