時空管理局東京支部

緒出塚きえか

プロローグ


 顔を真っ赤にした姉が、俺を睨みつけている。


 凛として、芯が一本通っていて、美人。近所でも有名な美人の姉は俺の自慢だった。他の人間を魅了して止まない可憐な姉は、もう、この世界のどこにもいない。


「……、天童悟てんどうさとる! お前と東堂楓とうどうかえでを、地獄に落としてやるからな!!!」

 

 真っ赤な唇で、大口を開いて出た罵声。三年前の出来事でも、鮮明に覚えている。脳裏に焼き付いて離れてはくれない。こうして夢にまで出てくるなんて、酷い姉だ。

 私の可愛いさーちゃん、と長年愛でていた弟にしっかりトラウマを植え付けて逝った。

 

 地獄がどんなものかは知らないが、今が天国ではないことは判りきっている。

 今、この瞬間。自由を得たはずなのに、いつまでも姉の最後の言葉に縛られている。開放されたからといって、自由になれる訳ではないらしい。

 それは俺だけじゃなく、楓さんもだろう。

 俺は俺を失って、東堂楓は天童繭てんどうまゆという親友と、笑顔を失った。


 もしも時を戻せるのなら、僕はどこまで戻すのだろう。

 何度も考えて、結局どこまで戻したって意味はないことを知る。考えたって無駄なんだ。姉がいる限り、僕は姉に縛られ続ける。

 せめて楓さんだけは巻き込まない選択ができるのかもしれない。そうだったとして、残った僕に生きる意味なんてあるんだろうか。

 心を殺して、愛する人の笑顔を守る。そんな大人な考えができるのなら苦労なんてしない。

 この先何を失ってでも、何も手に入れられなかったとしても、楓さんを想う気持ちだけは譲れないと思うから。


 血塗れの赤黒い顔でニンマリと笑った姉は、最後に口を動かす。読唇術なんて心得ていない俺には解読不可能だ。

 これから先もずっと、知らなくていい。


 さようなら、姉ちゃん。

 許してくれなんて思わないから。恨むなら、俺だけにしてよ。

 願わくば、今日を最後に――。


 目を覚まして、額の脂汗を拭う。

 時刻は午前三時。怨みつらみにもってこいの時刻だった。

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