第8話 男の買い物
硬直する俺。
目撃される脇に抱えた箱。
眉ひとつ動かさず、こちらに歩み寄るエリック。
「……それ、隊長だったのかい? 僕らにヒミツで何を?」
「おぁ……」
頭の血が抜け落ちるほどの寒気を感じながら、俺は意味不明の呻き声を漏らす。
俺は瞬時にエリックの性格、この場の状況から、最適の言い訳をひねりだした。
「お、男の買い物?」
最適じゃねぇし……なんだよ男の買い物って。いや剣だからある意味男の買い物だけど。
俺は足下に大穴が空いて、まっさかさまに落ちる感覚に襲われるのだった。
終わった……
「ああなるほど。男の買い物か、じゃあね隊長」
「へ?」
意外にも、エリックは深く追求することなく、踵を返して立ち去った。
エリックがどう解釈したかは知らないが、とにかくこれで危機は去った。
俺は自室へ逃げ込むと、すぐドアの鍵をかけ、窓をも閉めた。
仕事机の上に箱を置き、箱を引き裂かんばかりの勢いで俺は開封した。
するとそこには、青と金を基調とした鞘、そこからのびるグリップ部分。
俺は息を吞んでソレを手にした。
間違いない。
撮影魔法で撮られ印刷された、エクスカリバーの写真。それとうりふたつだ。
おしむらくは、本物のエクスカリバーと偽った詐欺事件が起きないよう、柄頭と刀身の根元の両面、計三か所に、デパートのマークが彫り込まれているところだ。
だが、これでも十分だ。
材質はダマスカス。軍から支給されている鋼の剣と打ち合えば、鋼の剣はあっさり折れるだろう。
そこにこの俺の、この俺の超絶剣技が加われば、勇者級の強さと言ってもいい。
世の中には一部、オリハルコンやミスリルなどでできた『伝説の武器』『聖剣』『神剣』を持つ連中がいる。
アーサーを含めて、ああいう連中は、武器の強さに頼り切っている軟弱者に違いない。
対する俺は、何年も鋼の剣で戦い続けた、いわゆる叩き上げの、本物の戦士だ。
その俺がダマスカス製の武器を持てば……伝説の金属じゃなくて普通に流通している金属だけど……それでも金属としては希少な最高級金属ダマスカス製だ。もも、もしかするとアーサーより強くなっちゃったりして♪
おもむろにレプリカソードのグリップを握ると、俺は恐る恐る持ちあげた。
「すげぇ……」
絵本の挿絵。あるいは新聞の写真。あるいはポスター。
いままで何度も見て、何度も憧れてきたエクスカリバーそっくり、うりふたつ、気分だけならもうエクスカリバーそのもの。
この吸いつくような手触り、握り心地、重さといい長さといい、まるで俺のためにあつらえたようじゃあないか。
素晴らしい。
胸が躍って心が震える。
笑みが吹きこぼれて目が垂れる。
俺の部屋には、身だしなみチェック用、という名目で姿身の大きな鏡がある。
そこに自分の姿を映せば、ほれぼれとするような勇者様がそこにいた。
うん、いい。
俺ってば世界一エクスカリバーが似合う男なんじゃないのか?
調子に乗って、俺はその場でキリリとした表情を作って構えを作る。エクスカリバー(偽)を上段に構えて、声をひきしめる。
「喰らえ魔王。必殺!」
ドアのノックが俺の白昼夢をブチ壊す。
心臓が口から飛び出る感覚を吞みこんだ。
俺は慌てて口を閉じると、レプリカソードを箱にしまって仕事机の下に隠した。
「だだ、誰だ?」
俺は、つとめて冷静に振る舞った。
「わ、わたしだよレオン。ちょっと、いい?」
エルの声だった。けれど、妙にたどたどしい。
どうしたのだろうかと、俺はドアを開けた。
そこには、なんだか色っぽいエルが佇んでいた。
頬を桃色に染めて、伏し目がちながらも俺を見上げ、両手をうしろにまわしてもじもじしている。
「よおエル。どうかしたんか?」
「うん、その、ね、入っていい?」
「え?」
俺は眼を剥いて固まった。
仕事机の下に隠しているとはいえ、俺の部屋にはレプリカソードがある。
できれば部屋には入れたくなかったが、断るのも不自然だろう。
「だ、だめ?」
「そんなことないぞ、どうぞどうぞ」
俺は精一杯の作り笑顔で、エルを部屋に招き入れた。
エルは、何か探し物をするように、俺の部屋を見回した。
なんだ? エルは何を探しているんだ?
俺の心臓はバックバクのドッキドキ。勇者の武勇伝をまとめた本を購入した日よりも心臓は暴れまわった。
「あ、あのねレオン」
「な、なんだ?」
俺は両手に、汗をじっとりかいた。
エルはためらいがちに、可愛らしくくちびるを動かした。
「レオンが、い、いやらしい本を買ったって、エリックから聞いたんだけど」
「!!!!!!!!!!!!!!!!?」
あんのゲスメンがぁあああああああああああああああああああああああ!
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