第6話 マズイよマズイよ

 マズイですよ。


 それはマズイですよジュリア。


 それは、隊長(おれ)のウィークポイントですよ。


 ていうかなんで今日に限ってこんなに早く荷物が届くんだよ。


 念のため、宛名を匿名にしておいて正解だったな。


 俺は一瞬で、いつもの百倍脳味噌をフル回転させた。


 考えろ。


 いまこそ兵士としての冷静な分析力と判断力が問われているぞレオン!


「うちの隊宛てだけど、とりあえずあたしのじゃないよ」

「私でもないわよ」


 ジュリアとアリッサ、それにジャンたちも続く。


「おれもこんなの頼んでないっすよ」

「僕でもないねぇ」

「自分でもないな」


 ジュリアが、形の良い眉根をよせて腕を組む。


「う~ん、あたしたちじゃないとすると、あとはエル、ルーチェ、エリス、トモエだけど。あっ、それともこれレオンのだった?」


 ジュリアが大きな瞳に俺を映し、快活な声でたずねてくる。

 俺は背中に嫌な汗をびっしょりかきながら、努めて冷静に振る舞う。


「ボ、ボクは何も知りましぇん……」


 ジャン、エリック、スタンが頭を悩ませる。


「隊長じゃないなら誰のでしょう」

「誰のだろうねぇ」

「誰の荷物なのであろうか」


 ジュリアは俺の顔を覗き込んでくる。


「う~ん。ねぇねぇレオン、あたしたちにな~んか隠してない?」

「しょ、しょんなことないよ、レオン嘘つかない……」


 綺麗な顔を傾けるジュリア。その向こう側で、アリッサが邪悪な笑みを浮かべている。まるで獲物を求めててぐすねを引いている魔女が美味しそうな子供を見つけたような顔だ。


 アリッサ、まさかアリッサ。お前気づいているのか!?


 不整脈を起こす心臓のせいで胸が苦しくなってくると、背後から行水上がりのエルが、少しいい匂いをさせながら入室してくる。


 シャンプーとか石鹸の匂いではない。


 体温が上がるせいだろう。運動をしたあとのエルは、元からまとっている女の子の匂いが、やや甘さを増す傾向がある。


 でもねエル。いまの俺はエルの魅力によこしまな感情を抱く余裕もないんだ。行水直前とはうってかわっちゃっているんだ。


 幼馴染のアリッサとジュリアが、エルにことの次第を説明してあげている。


 その様子を眺めるあいだも、俺の焦燥感は募っていった。


「と、とりあえずそのまま置いとけよ」


 俺は心臓の鼓動をおさえながら、平静を装う。


「エリスのかルーチェのかトモエのか知らねぇけど、勝手に持ち主が持って行くだろ。他人の荷物をいじるなんて品がないぜ。そんなことするヒマがあるなら、素振りのひとつもしないと」


 アリッサが、クールな瞳を光らせる。


「へぇ、レオンは真面目なのね」

「流石隊長。達人は道具を選ばないだけじゃなくて、日々の鍛錬も欠かさないんすね」


 ジャンが感動の声を漏らす。


「聞いてくださいよアリッサさん。さっきみんなでアーサーについて喋っていたんですけどね、隊長ってばアーサーの聖剣に言及して『達人は道具を選ばない』とか言うんですよ。自分のノーマルソードを磨きながら」


 やめろぉおおおおおおおお! 荷物の持ち主がバレたときの傷口を増やすなぁああ!


「ふっ、自分は鋼の剣で十分だぜって、なんか職人ぽくてカッコよかったよ」


 脚色するなエリック!


「強さを装備に求めるなど、軽薄であります」


 なんでお前まで加わってんだよスタン。チームワークよすぎるだろお前ら。


 うわぁぁぁぁ~。だめだぁ~。


 うちの男子はバカ・キザ・マジメの三タイプなのに全員根底は真正の馬鹿だったぁ~。


「ウフフ、そう、レオンはそんなことを言っていたの、カッコイイわねぇ」


 確信してるぅ! アリッサもう完全に持ち主どころか荷物の中身まで看破しているよ!


 流石はうちの参謀様! でも能ある鷹は爪を隠してくれ!


 俺が吐血せんばかりに苦しんでいると、ジュリアが心配そうな声で唸る。


「う~、でもでもレオン。このまま置きっぱなしにしていたら、誰かに盗られちゃうかもしれないよ。せめて拾得物室に届けてあげようよ」


 一〇〇分の一秒後。俺はジュリアの両肩に手を置いていた。むしろわしづかんでいた。


「何を言っているんだジュリア! この寮に盗みを働く不埒者がいるわけないじゃないか。確かに他の分隊の連中もいるけど、あまりこの談話室は使われないし、そう、俺は信じているんだ! うちの隊にそんな奴は、ジュリアたちはそんなことをしないって!」


 拾得物室へ落し物を受け取るには、落とし主がサインをしなくてはならない。そんなことになれば、俺が聖剣のレプリカソードを買ったという記録が、軍に残ることになる。


 レプリカソードは、誰もいない時間帯を見計らい、なんとか奪取せねば。


 俺が熱い眼差しで熱弁を振るうと、ジュリアの頬に赤味がさした。


「レオン、そんなにあたしたちのこと信頼してくれているんだ。なんか嬉しい♪ そうだレオン。もうお昼の時間だよね。あたしとエルちゃんは自炊するけど、今日も一緒に食べる?」


 俺は焦った。

 まずい。一緒に昼飯なんか食っていたら行動に制限がかかる。


「いや、俺はいいよ」


 アリッサは俺の袖をつかみ、ドス黒い表情を浮かべる。


「あらレオン。せっかくエルが愛情たっぷりの昼食を作ってくれるのに、幼馴染の好意を無下にするつもり?」


 黙れこの確信犯がぁあああ!


「愛情たっぷりだなんてそんな、変なこと言わないでよアリッサ……レオンが嫌なら、無理に食べなくても……」


 ああエルが、エルが悲しそうな顔をこっちを見ている。


 やめてくれ。そんな顔で俺を見ないでくれエル。


 なけなしの良心が、石臼でゴリゴリとすりつぶされる感触に、俺は頭のなかで悲鳴をあげた。


「そ、そんなことないよエル。いまのはちょっと遠慮しちゃっただけだから。今日もエルのご飯た食べたいな」


 エルの表情に、ぱっと花が咲いた。


「うん、じゃあ頑張るから待っててね」


 わぁ、可愛い笑顔。

   

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