第26話 古い知り合い
リブル共和国、中央軍の基地へは徒歩で二〇分もかからずに着いた。
彼女ならば身分証明書を見せれば通してもらえるが、門で偶然出くわした人のおかげでそんなことをせずに、今はその人と一緒に基地内部を散歩できた。
「大佐、いえ、今は准将でしたね、将軍は此度の戦に参戦なされるのですか?」
カイが明らかにへりくだった態度を取る人物は、リブル共和国軍の数少ない女将軍、それも絶世の美女であるマーベル・ストラードである。
一八〇センチ近い身長と鍛え抜かれた姿態は隻眼でありながら男を体術で圧倒するほどの戦闘力を秘めている。
重火器から大剣、はては小刀から長物まで使いこなす女傑である。
「ああ、最初は留守番組みにされそうだったが上層部のバカ共を脅して無理矢理な……それよりも……」
右目に眼帯をしたマーベルが横目でカイを一瞥した。
「やはり、まだ軍に戻る気はないのか?」
マーベルの言葉に、カイはしばし沈黙してから静かに答える。
「はい、私はまだ、仲間を守れるほど強くなっていません……今、軍に戻っても、また同じ隊の仲間を死なせるのではと……」
「そうか、だがカイ、確かにあの時お前以外の者は皆死んだ、だが、あれは小隊長であった私の責任であったと今でも思っている」
だが、カイは被りを振って顔を伏せる。
「いえ、皆は私を守ろうとして死にました、なれば全ては私の責任でしょう」
「…………」
「そういえば、ボルナード大佐にも軍に戻るよう言われましたが、あれは将軍殿の指示ですか?」
なんと言えばよいのかと思案していたマーベルの顔が、不意にピクピクと痙攣し、それに合わせて彼女の長い赤毛のポーテールと豊満すぎる胸も小刻みに揺れる。
「ほほう、ライナにスカウトされたか……あのクソガキ、人の部下に手を出すとはいい度胸だ……」
ライナをクソガキ呼ばわりして頭を煮えさせるマーベル、ちなみに、歳はライナが二五歳、マーベルが二六である。
「あ、あの……マーベル将軍?」
全身から漏れ出す怒気に過去の悲しみを飛ばされたカイが恐る恐る声をかけると、マーベルは引きつった笑顔で拳を作る。
「あいつは今度、私と同じ准将になる、そうしたらあの小僧『これでマーちゃんとタメ口きけるね』などとぬかしおった。元からタメ口の分際で……そのうえ此度の戦で手柄を挙げれば少将職は間違いないだろうな……」
カイがこのままではマズイと慌てて話をそらそうと周囲を見渡し、そして一つのルームプレートに目が止った。
「あっ、マーベル将軍、兵器庫を拝見させてもらっていいでしょうか?」
「兵器庫か? そうだな、お前が脱退してから我が軍の装備もだいぶ変わったぞ」
言いながら兵器庫の扉を開く将軍から怒気は消えており、カイは溜飲の流れる思いで息を吐き出した。
機械油の匂いが漂う兵器庫の中では幾人かの技術者が戦車の整備に勤しんでいた。
自分の姿に気付いたものから順にマーベルは挨拶を交わし、周囲を眺めながら横のカイに呼びかける。
「カイ、久しぶりの兵器庫の感想はどうだ?」
「はい、随分と戦車が増えたようですね」
「ああ、お前のいた頃はまだ五台、それも試験品だったからな、あの後すぐに巨神に対抗する最新兵器として認可され、今では五〇台にまで増えた。
此度の作戦のおりには三〇台ほど持って行くつもりだ」
「そうですか、でも本当は全て配備するべきでは……」
言葉を途切り、カイとマーベルは視線だけで合図を送り、自然な歩調で出口へと向かう、言葉を交わさなくとも意思疎通ができるのは、過去に同じ小隊を組んでいた仲間ならではのものだ。
出口までの距離までは僅かに二〇歩という辺りまで近づいて、こちらの意図に気付いたのだろう。
出口付近の戦車の陰から一人の男が飛び出した。
運の悪いことに技術者の一人が入室し、扉が開いたのを見計らったのだ、技術者を突き飛ばして疾風が如く瞬速で部屋の外に飛び出した。
カイとマーベルもそれに続いて兵器庫を出て男を追いかけた。
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