第17話 ゴンゴンガンガン

 ゴンゴンガンガン


「大佐殿、リアが落ちた先は本当にこちらであっているのですか?」

「うん、さっきの部屋の地図は全部覚えたからね、この会談で地下三階まで降りたら右に曲がって、それからと……」


 ゴンゴンガンガン


 記憶の棚から施設内の地図を何度も思い返しながらライナはカイを引きつれて階段を下りていく。


 背後からはカイの足音とは別にゴンゴンガンガンという音が耳を刺激してくる。


「まさかとは思いますが、焼却炉じゃないですよね?」


 もしそうであるならライナがこんなに落ち着いているはずもないのだが、一応と念を押すカイにライナは笑う。


「まっさかー、あのダストシュートの先は単なるゴミ箱、そこからさらに人か機械が焼却炉まで運ぶんだよ、とは言っても、今はほとんど無人みたいだし、ゴミなんて出ないだろうから焼却炉が動いているとは思えないね」


 ゴンゴンガンガン


「そうですか、それを聞いて安心しました」


 ゴンゴンガンガン


「…………」


 ライナとカイが踊り場に入り、右へ曲がってまた階段を下りる。


 ゴンゴンガンガズルズルズルゴンゴン


「……ねえ、カイちゃん」

「何でしょうか?」


 青ざめながらライナは真顔で言うカイの背後へと視線を移す。


「それ以上引きずるとさすがに……」

「いえ、廃棄物を背負う必要はないかと……」

「…………」


 ライナの目線の先、頭から流血させながらカイに左足首をつかまれ、引きずられる人型は必然的に階段の全段に後頭部を打ち付け、赤い軌跡を残しながら運ばれる元ロイ・サーベストのボコボコに晴れた顔は白目を剥いたままピクリとも動く気配がなかった。


 哀れなる子羊の冥福を祈りつつ、ライナはダストボックスのプレートに目を止める。


「あそこだ、おーいリアちゃーん」


 ライナはすぐに巨大なゴミ箱に走り寄るがその顔はすぐに凍りつく。


 ゴミ箱の中にリアの姿はなく、代わりにチビ神兵とリアがいつもベルトに挿している工具であるスパナやドライバーが散らばっている。


「これは……」

「大佐殿、リアがどうかしたんですか?」


 ズルズルズルズルズルズルズルズルズル


 廊下を汚しながら全力で走ってきたカイもゴミ箱の中にリアがいないのを確認して顔に緊張が走った。


 そこでようやくロイが何もなかったようにむくりと起き上がり舌打ちをした。


「大佐、まさかリアの奴マジで焼却炉に持っていかれたんじゃねえだろうな?」

「(相変わらず回復早いな)いや、それだとチビ神兵と工具も一緒に捨てられているはずだし、ゴミ捨ては箱ごと運ぶからリアちゃんはすぐに逃げられるはずだよ」

「じゃあリアの奴一人でふらふらしている……わけねえか」

「その通りだ、リアが自分の工具やお気に入りの機械を残していくとは考えにくい」

「じゃあなんで……」


 ロイが悩みながら工具とチビ神兵を掴みあげると……


『■■■■』


 突然チビ神兵が手足をバタつかせる。


「おわっ、なんだこいつ」


 驚いてロイが仰け反るとチビ神兵の点のような目が点滅し始め、そして。


『わっ、ちょっ、何あんたら、機甲兵? ちょっと離してよ、どこ行こうってのさ、お兄ちゃん、お兄ちゃーん』

「ロイ、まさかこれは……」

「リア、の声だよな」


 チビ神兵の中から聞こえてきたややノイズ交じりの声は聞き間違えるはずもなくロイの妹、リア・ストラームのものに間違いなかった。


 機甲兵達の足音、リアが工具とチビ神兵を落とす音、二つの金属音も収録されており、ここで何があったのかは誰もが想像できた。


「つまり、機甲兵はチビ神兵とゴミ箱は無視してリアだけを連れて行ったと、そういうことか?」

「だろうな、しっかしこの大福野郎にまさか録音機能がついていたとはな、大佐、リアがどこに連れていかれたかわかるか?」


 後頭部の出血が止まったロイに、ライナは嫌な結論しか返せないことから冷や汗を流すことになった。


「もしかしたら、事態は最悪の方向に流れているかもしれないよ」

「どういことだよ?」


 完全に腫れのひいた顔で問うロイにライナは告げる。


「ほら、ここって食べ物を燃料にする研究しているって言ったよね?」

「ええ、でもそれは成功しなかったと大佐殿が……」

「いや、あくまで実戦投入まで行かなかっただけで開発事態は成功していたんだ。そして食べ物っていうのはつまるところ、生物の細胞だ……」


 ロイの顔に戦慄が走る。


「まさか!?」

「そのまさかだよ、これで今回の連続失踪事件の謎も解けた。

なんで乗り物は完全に破壊されていないのか、死体が見つからないのか、理由は単純、ここの機甲兵達は研究所の電力を維持するためにこのエリアに入った人間だけを片っ端からさらっていたんだ、全ては燃料にするために」


 新たに開発された発電システムの試験をするのには、実際にその発電システムを起動させ、発電させてみればいい、当然、その試験データを上層部に提出し、それが認められれば研究者達の努力は報われる。


 では、どうしたら上層部が納得するだけの成果を出せるだろうかと考えれば、実際に研究所の電力をその発電システムで補ってしまえば、安全性は勿論のこと、発電効率に関してもこれほど確かなデータはないだろう。


 当然ながら、自分達の働く研究所に使っているのだから、研究者達の自信の強さもアピールできる。


「発電ルームはこっちだよ!」


 ライナに続いて、カイ、特にロイはかつてない俊敏さで廊下を駆け抜けた。


 普段はリアのことを鬱陶しそうに扱ってはいるが、ロイは本当にリアのことが鬱陶しいわけではない、女好きのロイだが、リアだけは自分の大切な妹であると割り切っているのだ。


 リアの猛アタックを邪険にしているのはひとえに、妹に本気になってはいけない、妹のリアをそういう対象にしてはいけないという兄心からくるものである。


「あれが発電ルームだよ!」

「わかった!」


 ライナが指差す先の巨大な鉄扉を確認するとロイはライナを抜かして前に飛び出し、蹴りの一発で分厚い扉は吹き飛び、ひしゃげた状態で室内に転がった。


 発電ルームは驚くほどに広く、天井まではゆうに一〇メートルはあった。


 天井にはこの巨大な空間を支えるためか、太い骨組みが幾重にも張り巡らされている。


「リアッ!」


 叫んだ先には円柱状の金属カプセルが何本も並べられ、その一つからリアの泣き声と内側からカプセルを叩く音がする。


「お兄ちゃん、早く出してよー!」

「待ってろ、すぐに出してや……」


 言い切らぬうちにロイの視界に別のヒトガタが飛び込んできた。


『■■■■――』


 よほどこの部屋が大事らしい、周囲の階段や扉から続々ロイと同程度の身長の機甲兵が現れ、何十機という群れで金属音を鳴らしながらロイ達に襲い掛かってくる。


 多勢に無勢とはこのことだが、ロイは慌てることなく、そして怒気の込もった声で両腰のチェーンソーに手を掛けた。


「人の妹さらったうえにこの歓迎か、いいぜ、一体残らず解体してやるよッ!」


 激昂してチェーンソーを抜き駆けるロイに、機甲兵達も両手に装備された武器を唸らせ対抗する。


 剣、斧、爪、電気ノコギリや芝刈り機のように回転する刃からサブマシンガンやショットガンのような銃火器まで、様々な殺人機械が迫るがロイは構わず突貫し得物を振るう。


 さしものロイも今回ばかりは楽しんで戦ってはいない。


 煮え滾る怒りを全身に充溢させ、鬼神が如き様で容赦なく機械仕掛けの兵士を斬り倒し続ける姿にライナは口笛を吹いて賞賛した。


「さすがだねえ」

「ああなると手がつけられませんから、では、我々も」


 ライナとカイは横目で自分達に近づく機甲兵を見据えると、武器を構える。


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