第50話 エピローグ1



「あの無能共めっ! 許し難いにも程がある!」


 黒門会所有のビルの社長室で、割腹のいい初老の男性が葛西(かさい)の目の前で怒りに任せてパソコンのキーボードを何度も叩き、口角に泡を飛ばしながら吐き散らしている。


 一個大隊に殺戮者(カイン)五人を保持しておきながらみすみす部隊を壊滅させられ、機密情報まで持ち出されるなど断じて許されるものではない、まして報告では五人中三人はたった一人の殺戮者(カイン)に倒されたとなっている。


 殺戮者(カイン)部門は何人かの幹部が分けて統括しているが、結局は一つの部門、連帯責任のような状態は暗黙のうちに出来上がっているし、何よりも一夜にして会社一つを落とされるなど、彼自身が所属している黒門会という組織そのものの力を弱めることに直結する。


 昨晩は自宅のベッドで気持ちよく寝ていたのを突然電話で起こされ、Eビルでの出来事の隠蔽工作に徹夜をしいられた。ついさきほど、仮眠室から起きて来て若き副社長である葛西(かさい)正治(せいじ)をわざわざ怒鳴る相手として呼び出したのが現状である。


「社長、あまりキーボードを壊さないでください」

「だまれッ!」


 葛西の冷静な声に社長は怒喝する。


 やがてブツブツと愚痴をこぼし続ける器の小さい男の目にあるものがとまる。


「んっ、葛西、なんだそれは?」


 社長が見つけたのは葛西の右側の腰に挿さっている一振りの日本刀だった。


「これは技術開発局に作らせた高周波ブレードです」


 高周波ブレードとは刃を形成する高振動粒子が対象物を分子レベルで分離させる武器で戦車の装甲すら貫通し、理論上は殺戮者(カイン)の肉体にも有効なダメージを与えるものだ。


「ふんっ、そんなもの、当たればの話だろう? 悪いが私は君のそういう武人ぶったところが嫌いでね、悔しかったらその刀で殺戮者(カイン)を殺してみろ、高校剣道の全国大会で優勝しただかなんだか知らないが、自分の趣味で殺戮者(カイン)対策を練るなど愚かとしか言いようがない」


 葛西の武器を鼻で笑う社長に、葛西はやはり感情のない声で返した。


「構いません、これは殺戮者(カイン)を倒すために作らせたわけではないので……」


 部下の返答に違和感を覚えて社長は聞きなおす。


「んん? 新型の武器をわしに見せるためでないなら何故持ってきた? それで芸でも見せてくれるのかね?」


 大きな口を開けて汚らしい笑い声を上げる社長を見る葛西の目に侮蔑(ぶべつ)の色が浮かぶ。


「そんなことだから貴方には人望が無いのだ」


 皮肉と見下した質をたっぷりと込めた声に社長はキーボードを今度こそ粉々に叩き割って叫ぼうとしたが、彼にその自由は許されなかった。


 刹那に左手で抜刀された刃が、社長の鼻から上を宙に舞わせる。


 血飛沫を上げて力を失う胴体を確認して葛西が「入れ」と言うと社長室のドアが開いて数人の黒い服に身を包んだ男達が入り、社長だったモノを運び出した。


「葛西社長、元社長の死の報告が完了致しました。明日の会議終了まで貴方が社長代理となることを上も認めました」


 高周波ブレードの血を拭い、鞘に収めて葛西は嘯(うそぶ)いた。


「良くやった。これで私も大幹部というわけだな……」


 不敵な笑みを浮かべる葛西を、黒服の一人は社長と呼んだ。


 そう、黒門会の支社の一つであるこの会社の社員は一人残らず、すでに葛西の手中にあったのだ。


 死ぬ瞬間まで、結局その片鱗にすら気付かなかった元社長の死を、まだ部屋に残っている黒服の男達はマスクの下で喜び、葛西は窓に近づいて眼下に広がる街を見下ろした。

 その間、彼が何を思っているのか、それを知る者は誰一人としていなかった。

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 角川スニーカー文庫から【スクール下克上第1巻】発売しました。

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