第47話 女神狩り
時間にして、僅か数分の回想は、何故かとても長く感じた。
全ては昔の話、今は自分の作ったシナリオの主人公で遊ぶため、こうして屋上で待っている自分の状況を確認して、エバは天を仰ぎ見た。
何をしても満たされぬ、決して消えない喪失感に思わず溜息をつきそうになると、屋上の入り口に龍斗達の気配が近づいているのを感じた。
ドアが開くと、驚くほど静謐な空間に彼女の一言が染み渡る。
「来たわね」
「ああ、来たぞ」
白銀の女神と漆黒の武神は再び対峙し、視線を絡ませる。
「あなたの拳じゃ私に傷は付けられない、それでもやるのね?」
「当然だ」
さきほどの戦いで龍斗はほんの少しもエバにダメージを与えられなかった。
それでも、龍斗はエバの前に立つ。
「いい子ね、一対一なら、また貴方の領分でやってあげるわ」
変わらず、余裕に満ちた女神は眼を細め、慈しむような目で龍斗を見つめる。
すると一輝と由加里が前へ進み出て龍斗の横に並んだ。
「そんなの知るかよ、三体一でタコ殴りだ」
「フルボッコだよー」
エバが指を鳴らした瞬間、彼女の背後、一輝達の視界に移っている東京の街が地平線のさらに果てまで爆破炎上した。
耳をつんざく轟音に心臓が一瞬止まる。
数秒後、紅い世界の後に残されたのは、ミサイルの集中投下でもあったような土地である。
人工の星が死に、Eビルの北方面は全て真正の闇に覆われる。
今の一撃で何万の命が散ったことか……
「三人で来るなら異能を使うけど、どうする?」
一輝と由加里はエバよりも華麗なバックステップで下がってから。
「がんばれ龍斗ぉー!」
「応援はまかせてねぇー!」
「お前らなぁ……」
呆れた様に嘆息を漏らすが、龍斗はすぐに顔を戦闘時のソレへと変える。
「今のでまた数え切れない人が死んだ。言う事はあるか?」
「無いわ、それよりも早く始めましょう」
あくまで余裕を崩さないエバに、龍斗は言い放つ。
「安心しろ、一瞬で終わる」
今の言葉に、ハッタリの気配は無かった。
誰もが確信した。龍斗は本当に一瞬でエバを仕留めるつもりだ。
だが、その方法までは分からない。
「可愛い事を言うのね、そんなに便利な方法があるならさっきはなんで使わなかったの?」
「この技は集中しないと成功しない、さっきは確実にやれる隙がなかった」
確かな自信の込もった声、大山が如く威圧感をまとうエバを相手に揺ぎ無い心を保つ。
「そう、なら……」
龍斗の目の前まで歩み寄り、エバは鷹揚(おうよう)に右手を振り上げる。たおやかな手腕は闇を切り裂く一筋の白い光のようにも見えた。
「貴方の攻撃に合わせて、私はこの腕を振り下ろすわ、私の予想では、貴方の拳は効かず私の腕は貴方の左半身を潰すはずなのだけれど、貴方の予想は違うのでしょう?」
「そうだ」
「龍斗君」
その時、後ろからの呼びかけに龍斗が振り向くと、紗月が泣きそうな顔で唇を噛み締めていた口を開いた。
「勝って……」
「……! …………任せろ」
大切な家族に白い歯を見せて笑ってから龍斗はエバに向き直り、バラ手のままで構える。
紗月の言葉に体が熱くなる、力なら胸のうちからいくらでも湧いてきた。
龍斗の全神経が体の筋肉、関節、そしてエバと靴底に触れる床、これら全てに隅々まで行き渡り、無限にも思える静寂は数秒程度に、次の瞬間に、それは嵐の前の静けさへと変換される。
刹那の時の間に、龍斗の体が爆発した。
筋肉が吼え、骨は軋み、掌は神速を以ってエバとの間に存在する空間を貫き、彼女の体に触れる直前に指を固め、強靭な拳を形成する。
だが、後出しにも関わらずエバの手腕は天を裂き大地を焦土に変える神雷よろしく光速の速さにて振り下ろされ、龍斗の半身を潰したのは龍斗の拳がエバの水月に当たるのと同時だった。
潰れた肉塊は床に落ち、血飛沫は紗月達の一歩手前まで届いた。
エバの予想通りの光景に、だが紗月たちは落胆無く見入った。
「えっ……?」声を発した人物の口から赤い筋が延びる。声を発したのはエバである。
「カハッ……!」それを引き金にエバの口から大量の血液が龍斗に浴びせられた。
エバの足元がふらつき、目から光が失われていく。
「そっか、裏当てだっ!」真弥がぱしんと手を鳴らした。
「裏当て? 何ですかそれ?」紗月が首を傾げる。
「アジア拳法の秘儀で力の爆発点をずらす技だよ」
頭上に?マークを浮かべる紗月と由加里に一輝が説明を付け足すことにした。
「普通、物を殴ったら殴った場所で力が爆発するんだ。だから岩を殴れば拳が触れた場所が粉々で、ヒビは打突点から離れるほど小さくなる。でも裏当ては違う、力は対象物の中まで浸透して中で爆発する。これを使えば重ねた瓦や並べた瓶の五つ目だけを壊すなんて手品みたいなマネができる、これを人体に打ち込めば、皮膚や筋肉を傷付けずに内臓だけをダイレクトに破壊できるってわけだ、でも……」
漆黒の武神(りゅうと)を呆れた表情で眺めて溜息を漏らす。
「あれは硬くて動かない瓦や瓶だからできることで、体のほとんどが水でできている生物相手に成功した奴はいないってのに……ホント、ハンパねえのな」
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